ガン完全克服マニュアル

当ブログはガンを克服するための最新治療法を全て掲載しています。
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2009年1月28日より、新しく掲示板と、病院評価ランキングを追加しました。 どんどん活用して下さい。


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2011年04月29日 (19:58)

放射性物質放出、甲状腺への影響長期的な調査を 

東日本大震災をテーマに、日本内分泌学会による緊急特別企画の講演会が、神戸市中央区の神戸国際展示場で開かれた。福島第1原発事故による放射性物質放出について専門家は、25年前の旧ソ連チェルノブイリ原発事故で子どもの甲状腺がんが増加したことを踏まえ、「放出量はチェルノブイリより大幅に少ないが、50年くらいの長期にわたり甲状腺への影響を調べる必要がある」などと指摘した。(金井恒幸)


 同学会は、ホルモンの分泌調整や生理作用などの異常による内分泌疾患の研究者、専門医らで構成される。講演会は、同会場での学術総会に合わせて22、23日にあり、計4人が被災地の支援活動などを報告した。

【効果は24時間】

 内閣官房の政策調査員として政府に原子力災害対策を助言する遠藤啓吾・京都医療科学大学長は、放射性ヨウ素が甲状腺に集まることによる影響について説明。チェルノブイリでは、原発周辺の5歳以下の子どもを中心に事故の約4年後から甲状腺がんが増加したというデータを示し、「今回も長期にわたり甲状腺がんや甲状腺機能を調べる必要がある」とした。

 ただし今回はチェルノブイリのような一度に大量の放射性物質の放出があった場合と比べると、長期間に少量ずつ放出されていることに加え、汚染された食品などが規制されて住民が摂取していないことなどから、影響が小さくなる可能性にも触れた。

 甲状腺に放射性ヨウ素を取り込むことを抑える安定ヨウ素剤の服用については「効果の持続は約24時間しかなく、日本人はヨウ素を多く含む昆布をよく食べていることなどから、現時点では不要だ」と強調。一方で、土壌を汚染する放射性セシウムは半減期が30年と長いことなどから影響が長期化するとし、「この土壌やがれきの除去をどうするかが問題で、アイデアがあれば提供してほしい」と、会場の専門家らに訴えた。

【母乳の休止】

 また、日本小児内分泌学会の横谷進理事長は子どもの被ばくの影響を調べるため、「震災小児甲状腺プロジェクトチームを立ち上げた」と報告。事故後に一部の地域で安定ヨウ素剤が配布・服用されたことから、「学会では授乳中の女性が服用した場合、母乳の休止が必要となることを定めた管理指針を作った」とした。さらに、検査機関が被災するなどして新生児への甲状腺や副腎皮質の検査が十分にできなかった時期があるため、「その空白を埋める対策を考えたい」と述べた。

 このほか、島津章・国立病院機構京都医療センター臨床研究センター長は、内分泌疾患の患者が震災時でもホルモン補充治療の服薬を続けられるよう、治療内容に対する患者自身の理解と、患者と医療機関との連絡体制を充実させることの重要性を指摘。岡本新悟・岡本内科こどもクリニック(奈良県)院長は、内分泌疾患の患者向けに、ボランティアと協力して医薬品を被災地に届けた支援活動を振り返った。

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2011年04月29日 (17:24)

内視鏡手術支援ロボット導入/弘大病院

弘前大学医学部附属病院(花田勝美院長)は28日、東北・北海道で初めて導入した前立腺がんなどの内視鏡手術で活用される手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を公開した。従来は平面だった患部の画像が立体で見えるようになり、可動範囲の広いロボットアームを遠隔操作することで、より精密で患者の負担が少ない内視鏡手術が可能になる。同病院では7月中旬からの本格運用に向け、研修を開始している。
 同病院は19日にロボットを導入した。導入は国内18例目、東北・北海道では初めて、国立大学としては9例目となる。導入費は約3億円。
 ロボットには立体画像を撮影する1本、手術器具を取り付ける3本の合わせて4本のアームがあり、医師が離れた場所に置かれた操作機器の画面に映し出される立体画像をのぞき込みながら、手元の機器でアームを操作する。
 ロボットは前立腺や子宮の摘出手術、胃や食道切除手術などで使用されている。日本地区総代理店のアダチの担当者によると、国内で1000件を超える手術例があるという。
 公開には遠藤正彦弘大学長、花田院長、病院関係者らが参加。
 導入を働き掛けた泌尿器科の大山力教授が、従来の内視鏡手術に比べ患部が立体画像で鮮明に確認できる点や、アームの先が360度全方位に可動することでより繊細な手術が行いやすい点などを説明し、遠藤学長らが操作を体験した。
 大山教授は「従来の手術よりも傷が小さくなり、出血量も少なくなることで患者の負担も極めて軽くなる」と利点を強調。また操作機器の画面以外にも立体画像を見ることができるモニターや研究用のシミュレーション機器が併せて設置されたことで、「若手の研修者も術者と同じ画面を共有でき、教育効果も高い」と期待した。

2011年04月29日 (11:52)

末期がん比嘉富子さん 聴衆うならす命の太鼓

末期がんと闘う太鼓奏者・比嘉富子さん(49)と、車いすの三線奏者・我如古盛健さん(55)がつくる民謡デュオ「ケントミ」は24日、市民会館大ホールでコンサート「だいじょうぶよ~」を開いた。強い吐き気やめまいに苦しみながらも、比嘉さんは命の鼓動を太鼓に刻み、1000人以上の聴衆をうならせた。

 コンサートは実行委員会(新里八十秀実行委員長)が企画。「病魔と真正面から向き合う二人の音楽を、もっと多くの人に伝えたい」との思いから、「ケントミ」初の大ホール公演を実現させた。

 2002年に乳がんを摘出した比嘉さんは今年の検査で、全身に転移していることが判明。「がんがのどにも転移しているので、調子が悪い」と前置きしながら、3人の娘へ遺言のつもりで作った「マブイの子守唄(うた)」を笑顔で歌い切った。

 歌い終えると、舞台には娘の亜沙乃さん、のどかさん、涼香さんらがサプライズで登場。のどかさんが「お母さんが最初に発病した時、私は反抗期で一番迷惑を掛けた。楽しいことが最後にやってくるよう、今を精いっぱい生きよう」と、母につづった手紙を読み上げた。

 「私はみなさんに生かされていると実感した。感謝を忘れず、仕え合わせる『仕合わせ』を願いたい」と、観客やスタッフに感謝の気持ちを伝えた比嘉さん。最後は二人のオリジナル「だいじょうぶよ~」を友情出演のメンバーらと披露し、大盛況のまま幕を閉じた。

2011年04月28日 (13:30)

35年間で10人労災認定 原発労働者のがん

厚生労働省は27日、がんになった原子力発電所の労働者のうち、過去35年で10人が累積被ばく線量などに基づき労災認定されていたことを明らかにした。福島第1原発の事故を受け、初めて労災の認定状況を公表した。

 1976年度以降、労災認定された10人のうち白血病が6人。累積被ばく線量は129・8~5・2ミリシーベルトだった。このほか多発性骨髄腫が2人で、それぞれ70・0、65・0ミリシーベルト。悪性リンパ腫も2人で、それぞれ99・8、78・9ミリシーベルトだった。

 厚労省によると、がんに対する100ミリシーベルト以下の低線量被ばくの影響は科学的に証明されていないが、線量が増えれば比例して発がん可能性も増すとの仮説があり、同省は「100ミリシーベルト以下での労災認定もあり得る」としている。

2011年04月27日 (17:19)

乳がんを克服したカイリー・ミノーグが20年ぶりの来日!

セレブウォッチャー・よしひろまさみちさんの人気連載。今回は、ライブに足を運び感涙にむせんだという、カイリー・ミノーグ。

「アフロディーテ・ツアー2011」で約20年ぶりの来日コンサートを東京・大阪で成功させ、東日本大震災チャリティソング「We Are One」を置き土産にしていったカイリー・ミノーグ! コンサート前夜にはオーストラリア大使館主催のチャリティー晩餐会に出席し、ライブは3日連続(しかも東京~大阪の移動もその間にしちゃう)ハードスケジュールだったのに、完璧なパフォーマンスで日本のファンを魅了したわ。ありがとう、カイリー(マジ泣き)。

そんな彼女は2007年に乳がんを克服して以来、着実に健康体に戻してきているわ。じつは彼女が乳がんを宣告されたときに予定されていたツアーには、日本がエントリーされていたんだけど、そのときのキャンセルが心残りだったんだとか。ファンにとっても本人にとっても万感の思いをつのらせたといえるわね。

ライブではなんと生足ホットパンツ姿も披露。永遠のアイドル~。それでも、ほとんどエクササイズはしていないというんだから、持って生まれたものが素晴らしいってことよね~。


2011年04月27日 (15:47)

乳がん情報交換へ患者会発足/青森

乳がんの体験者やその家族らの交流の場にしようと青森市の乳がん患者会「スマイルあっぷるの会」が発足した。23日には設立記念講演会が青森市内で開かれ、乳がん体験者や家族、一般市民ら約100人が乳がんに関する知識を深めたほか、互いの不安や悩みを語り合った。
 同会は会長の熊谷美奈子さん(39)ら11人が発起人となり、患者同士や家族との情報交換の場をつくることや、検診の必要性を訴えることなどを目的に設立。NPO法人あおもり男女共同参画をすすめる会の呼び掛けなどを受け、昨年6月末から設立を望む声が高まり、弘前市の乳がん患者の会「ほほえみネットワーク」の協力で発足に至った。
 記念講演では、青森市民病院外科部長の川嶋啓明医師が「手術後の生活と最近の医療事情」と題し、治療方法の決め方、術後のリハビリ、生活習慣などについて解説。不安への対処法について「一人で抱え込まず、医療者や家族などに話してみましょう」と呼び掛けた。
 この後、参加者は病気に関する不安や悩みなどについて話し合いながら交流を深めた。
 熊谷会長は「若い人たちに乳がんについて知ってほしい。患者の交流の場になり、明るく人生を生きるきっかけとなるような会を目指したい」と語った。

2011年04月27日 (14:00)

エックス・レイ・スペックスのポリー、乳がんのため死去

1970年代後半に活動した英国のパンク・バンド、エックス・レイ・スペックスの元ヴォーカリスト、ポリー・スタイリンが乳がんのため亡くなった。53歳だった。

スタイリンは18歳の誕生日に見たセックス・ピストルズのライヴに影響を受け、バンドを結成。活動期間は1976~1979年と短く、5枚のシングルと1枚のアルバム(『Germ Free Adolescents』)しかリリースしていないが、1stシングル「Oh Bondage, Up Yours!」は現在でもパンクの代表曲の1つであり、スタイリンも女性パンク・ロッカーのアイコンの1人と見られていた。

セックス・ピストルズのグレン・マトロック(B)は「彼女に最後に会ったのは、それほど前のことじゃない。だから、悲しいよ。またもやパンク・ロック・シーンで若くして亡くなる奴が出た。大きな損失だ」との追悼の言葉を発している。

ビリー・ブラッグは「ロック・ミュージック
では女性はいつも大変だ。でも特に70年代は大変だった。彼女はそれを切り抜けた。彼女のやったこと、作ったものはいつだってオリジナルのパンク魂に忠実だった」と話した。

スタイリンは、エックス・レイ・スパックス解散後、ソロ・アルバム『Translucence』(1980年)『Flower, Aeroplane』(2004年)を発表したほか、2011年3月にはニュー・シングル「Virtual Boyfriend」をリリースしたばかりだった。遺作となってしまったニュー・アルバム『Generation Indigo』は、Amazonによると4月28日の発売が予定されている。

2011年04月27日 (10:20)

スーちゃん、「揖保乃糸」永久CMキャラ

21日に乳がんのため死去したアイドル3人組、キャンディーズの元メンバーで女優、田中好子さん(享年55)が19年間CM出演したそうめん「揖保乃糸」が、田中さんを永久CMキャラクターとして起用することが26日、分かった。
 田中さんは乳がんを発症した1992年から出演。同商品を製造、販売する兵庫県手延素麺協同組合(本社・たつの市)は、公式HPでCM継続を望む声が相次いだことを明かし、「田中好子さんには永遠に『揖保乃糸』を見守っていただきたい」と発表。「今後は『揖保乃糸』と『田中好子さん』の19年間を振り返りたい」とし、HP上で過去のCMや撮影風景を紹介していく。

 また、全国のレコード店には田中さん死去翌日の22日からキャンディーズのアルバムに注文が殺到。特に2002年発売のベスト盤「GOLDEN☆BEST」は品切れ状態で、28日1万枚が追加出荷される予定。

 6月8日には、全シングルA面18曲を収録した「GOLDEN☆BESTキャンディーズ コンプリート・シングルコレクション」(ソニーミュージック、2000円)が発売される。

 また、各局では追悼番組が続々と決定。5月1日深夜2時からTBS系「筆談ホステス」(昨年1月放送)、8日午後1時5分からNHK総合「鳥帰る」(96年)、同日午後4時半からNHKBSプレミアム「わが愛しのキャンディーズ」(06年)、28日午後5時40分からTBS系「ひまわり~夏目雅子、27年の生涯と母の愛~」(07年)が放送される。

2011年04月26日 (18:17)

田中好子さんら女性タレント襲った病魔「乳がん」との闘いと克服

乳がんの発症以来、がんの再発を繰り返し、年に2~3回の検査も欠かさなかったという田中好子さん。病魔を恨むしかないが、芸能界で乳がんと闘い克服した女性は多い。(夕刊フジ)

 タレントの山田邦子は40代後半になり、たまたま出演した特番をきっかけに、早期の乳がんを3つも発見。乳房温存手術で治癒する運の良さで、今はがん撲滅に奔走する。

 2007年、乳がん手術後の心境をブログで明かしたのは歌手のアグネス・チャン。「手術は無事に成功して、今は家に戻り、歩く練習や、手の動きの練習、体力作りをしています」と報告した。

 女優では倍賞千恵子がBS朝日スペシャル「鳥越俊太郎の遺言~ガンと共に生きる~」の中で、自らの乳がんを告白。宮崎ますみは、乳がんの摘出手術を行った後、早期発見の運動のために乳がんマンモグラフィー検診のテレビCMに出演した。術後のホルモン治療や放射線治療がきつく、漢方やハリ治療も取り入れているという。

 シンガー・ソングライターの平松愛理はコンサートで乳がんの手術を行ったことを告白、子宮内膜症など度重なる闘いの苦しみがファンの涙を誘った。

 演歌歌手、島倉千代子は、温存療法を取り入れて左脇の下を切開。抗がん剤の副作用を明かしている。

 命を奪われたタレントもいる。

 ロック歌手の川村カオリさんは、04年に乳がんが見つかり、左乳房の切除手術と抗がん剤治療を開始、翌年芸能活動を再開した。しかし再発してからの進行が早く、リンパ節・骨・肺の3カ所に転移して、抗がん剤治療を続け、09年7月、38歳の若さで帰らぬ人となった。

 また歌手のしばたはつみさんは昨年3月、乳がんが原因の急性心筋梗塞のため亡くなった。57歳だった。左乳房を全摘出、抗がん剤治療を受けていたという。

 乳がんは、触ることによって異常に気づき受診するケースが多い。夕刊フジ女医ドルコラムの連載で、内科医の愛松直子医師は、ダンナ様の“ひともみ”が肝心として、乳がんチェック法を次の通り紹介している。

 立位で両腕を下げ自然な状態で準備した上で、次の3点に注目する。

 (1)左右両方の乳房の大きさ、形に変化はないか

 (2)皮膚のくぼみ、ひきつれ、赤み、腫れは?

 (3)乳首・乳房に湿疹やただれはないか

 続いて、あおむけに寝た状態でチェックする

 〔1〕片方の腕は挙げて伸ばした状態でそちら側の乳房の内側半分を触ってチェック。指の腹で触れるようにする

 〔2〕挙げていた腕をもどし、乳房の外側半分を触ってチェック。外側上半分は特に好発部位なので入念に 

 〔3〕最後に両脇下のリンパ節が腫れていないかどうかも確認する

 夫にとっても、決して他人事ではない。

2011年04月26日 (16:00)

トランスジェニック、がんマーカーの共同研究契約の締結を材料視

25日、トランスジェニック <2342> と免疫生物研究所 <4570> との間で、トランスジェニックの新規膵臓がんマーカーに関して、診断応用に向けた共同研究契約を締結したと発表した。これが買い材料視されているようだ。

  このたびの共同研究は、2011年3月11日締結の同社と免疫生物研究所との包括的な業務提携の一環として、同社が独自技術であるGANPマウス技術により作製した、新規膵臓がんマーカー候補タンパク質に対する高親和性抗体の診断応用に向けた検討を行うものであるという。(編集担当:山田一)

2011年04月26日 (15:41)

被災の地から 肺がん:上 手術台の上で激しい揺れ

「騒がしいな」

 左を下にして手術台に寝かされた佐々木潤也(ささき・じゅんや)さん(78)は、麻酔が覚めかけのもうろうとした頭で思った。しばらく前には何となく揺れも感じていた。医師や看護師の緊迫した声で、大地震が起きたのだと悟った。

 3月11日午後2時46分。

 宮城県石巻市の石巻赤十字病院2階の手術室で、呼吸器外科の鈴木聡(すずき・さとし)医師(51)は佐々木さんの右肺にできた腫瘍(しゅよう)をとる手術を始めようとしていた。

 麻酔医が全身麻酔をかけ、鈴木医師が両手を消毒したそのとき、地震に見舞われた。手術台から振り落とされないよう、麻酔医や看護師とともに必死に佐々木さんの体を押さえた。

 鈴木医師は最初、ジャンプしているような小刻みな揺れを感じた。それが、立っていられないほど激しい揺れに変わった。

 「麻酔を覚ましてから、病室に戻そう」。鈴木医師らは手術を中止した。

 佐々木さんはそれまでの検査で、転移性の肺がんが疑われていた。大腸がんと前立腺がんを患った経験もある。今回の手術では、右肺にできた1センチほどの腫瘍を取るはずだった。切り取った病変を調べて、前立腺と大腸のどちらから転移したのかを確かめ、今後の治療方針を決めるための手術だった。

 地震でエレベーターが止まった。佐々木さんを担架に乗せ、看護師や事務員ら8人がかりで階段を上り、5階の病室まで運んだ。

 5階の病室では、妻の松子(まつこ)さん(81)と長男の妻の房子(ふさこ)さん(49)が待っていた。

 2人は、佐々木さんが戻る前に病室を訪ねてきた鈴木医師から、「麻酔をかけたけれど、この揺れで手術はできませんでした」と説明を受けていた。房子さんは「メスを入れる前でよかった」と胸をなでおろした。

 房子さんと松子さんは、車で長男と房子さんたちの家に向かおうとしたものの、道路ががれきで埋まり、車は水に浮いていた。病院に戻って佐々木さんと一緒に寝泊まりし、退院したのは15日。そのころ病院は、入院患者に十分な食事を出せず、医薬品も足りなくなっていた。

 佐々木さんのやり直しの手術は、予定が立ちそうになかった。(沼田千賀子)

2011年04月26日 (14:19)

がん:免疫栄養療法、治療のスタンダードに 専門施設を開設--伊賀 /三重

 ◇市健診センター内
 がん患者に栄養剤を投与して効果的な治療につなげる「がんサポート・免疫栄養療法センター」が25日、伊賀市四十九町の市健診センター内にオープンした。外来患者を対象に、がん免疫栄養療法を行う施設となる。

 同療法は、患者にEPA(エイコサペンタエン酸)など数種類の栄養剤を投与することで患者の筋肉量などの栄養状態を改善し、手術や抗がん剤治療などにつなげたり、生活の質の維持を目指すのが目的。

 センターは、市健診センター4階(約530平方メートル)を約500万円かけ改装。診察室に筋肉量などを測れる体組成計を導入し、5人分の治療スペースを設けた。医師や看護師のほか、栄養士や理学療法士などスタッフが最大約20人参加するという。

 開設した市立上野総合市民病院の三木誓雄院長は「従来別のものと考えられていた化学療法と緩和療法をつなぐ役割を果たせるし、患者の栄養状態を正確に把握して個人に最適な医療も提供できる。がん治療のスタンダードになることを目指す」と話した。【伝田賢史】

〔伊賀版〕

2011年04月26日 (12:08)

「好子は47人すべての子を愛していました」

21日に乳がんで亡くなった元キャンディーズで女優の田中好子さん(享年55)の葬儀・告別式が25日、東京・青山葬儀所で営まれた。

 夫の小達一雄さん(56)は喪主あいさつで、田中さんの生い立ちから亡くなる直前までを語った。田中さんは幼少のころ、バレエを習いたがっていたが、祖母に「足などあげるものではない」と反対され、代わりに民謡を習った。それが歌との出会いだったという。キャンディーズ解散、芸能界引退後、闘病していた弟から「お姉ちゃんが活躍する姿を見たい」と言われ、復帰を決意。子宝には恵まれなかったが、女優業の中で“子だくさん”になった。94年日本テレビ系「家なき子」の安達祐実をはじめ、田中さんの子供役は22男25女で計47人。小達さんは「好子はすべての子供さんを心の底から愛してました」と振り返った。

2011年04月26日 (11:35)

乳がんと闘う女性「残念です」告別式参列

 21日に乳がんで亡くなった元キャンディーズで女優の田中好子さん(享年55)の葬儀・告別式が25日、東京・青山葬儀所で営まれた。

 集まったファンの中には、田中さんと同じ乳がんと闘っている女性もいた。横浜市から来た主婦(52)は「人ごとではないですね。私も4年間治療しています。スーちゃんは痩せたと思っていたんですが。残念です」としみじみと話した。東京・福生市の男性(47)は喪失感にさいなまれていた。「30年以上のファンで心の支えでした。これで終わっちゃうと思うと悲しい。私が病気をしたときに知人を通してスーちゃんの色紙をもらったんです」。色紙は今でも宝物だという。

2011年04月26日 (10:22)

スーちゃん告別式、病床から肉声で遺言

21日に乳がんのため亡くなったアイドルグループ、キャンディーズの元メンバーで女優、田中好子さん(享年55)の葬儀・告別式が25日、東京・青山葬儀所で営まれ、1カ月ほど前に録音した田中さんの肉声テープが公開された。「幸せな人生でした」「心から感謝しています」という“声の遺書”に、約2200人の参列者からすすり泣きがもれた。
常にファンと仲間を気遣い、愛した田中さんらしい別れだった。

 喪主あいさつのしめくくり。夫の小達一雄さん(56)が「好子さん行きますよ。第2章、シーン1、テイク1。よーい」と声をあげた。カチン。映画の撮影で使われるカチンコを思い切り鳴らすと、田中さんの声がスピーカーを通し会場に流れ始めた。

 録音されたのは先月29日。入院先のベッドの上だった。約3分20秒のテープは、まず、3月11日に発生した東日本大震災の被災者への言葉から始まった。

 「天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、私の務めだと思っています」

 葬儀の途中で降り出したにわか雨がピタリとやみ、代わって参列者の目から涙があふれた。昨年10月に十二指腸潰瘍で入院して以来、2月の一時退院を挟み、半年近く病床にあった田中さんの声はかすれ、ときおり消え入りそう。口調はゆっくりだ。

 2月にはがんが肝臓や肺など多臓器に転移していることが分かり、告知を受けていた。死を覚悟し、自分との別れの場で公表して欲しいと夫に頼んでいた。遺言だった。「もっともっと女優を続けたかった」と悔しさを吐露し、「お礼の言葉をいつまでも、いつまでも皆さんに伝えたいのですが、息苦しくなってきました」と声を振り絞った。義妹の女優、夏目雅子さんが白血病で亡くなった後、骨髄移植の啓発を目的に基金が設立されたことを意識してか、「社会に恩返しできるよう復活したい。カズさん…、ヨロシクね」と夫に遺志を託した。

 「幸せな、幸せな人生でした」。テープの声に耳を傾け、必死に涙をこらえる小達さんの後で、田中さんの遺影が、微笑みを返していた。

2011年04月26日 (09:11)

待望の夏季リンク 1日にオープン

 七味唐辛子製造販売の八幡屋礒五郎(長野市)が長野市桐原に整備してきた夏季営業のスケートリンクが完成、5月1日オープンする。冬季営業するエムウェーブなどと合わせて、同市で初めて通年の滑走が可能になる。前日の30日には記念セレモニーも予定しており、営業に向けて製氷作業が進んでいる。運送会社の倉庫を改造したリンクの名称は「AC長野パルセイロアイスリンク」。


2011年04月24日 (21:47)

乳がん患者会設立/青森

青森市の乳がん患者会「スマイルあっぷるの会」(熊谷美奈子会長)が23日、アウガ5階研修室で設立記念講演会を開き、活動をスタートした。会は11人での出発だが、「ひとりで悩まず乳がんを明るく生きよう」との趣旨に賛同した患者や家族ら100人が会場を埋め、悩みを打ち明け合い情報交換した。

2011年04月24日 (19:26)

キャンディーズ 33年ぶり悲しき集結へ

 21日に乳がんのために55歳で亡くなった人気アイドルグループ・キャンディーズの元メンバーで女優の田中好子さんの通夜が24日に東京・港区の青山葬儀所で営まれる。他のメンバーで女優の伊藤蘭(56)と、83年に芸能界を引退した藤村美樹さん(55)も通夜か25日の葬儀・告別式には参列する予定で、78年の解散後、一度も公の場ではそろわなかった3人が悲しい形でそろうことになる。

 ラン、スー、ミキ。ファンが待ち望んでいたはずの3ショット。

 立場は変わっても友情は変わらず、交流は続いていたが、解散後は3人が表舞台で同時に姿を見せることは一度もなかった。33年ぶりのキャンディーズそろい踏みが、田中さんとの最後の別れの場で実現するという痛ましい結果になってしまった。

 23日は、スーちゃんと親しまれた田中さんの早すぎる死を悲しむように時折激しい雨。同葬儀所では急ピッチで祭壇が設置された。

2011年04月24日 (17:15)

今週の本棚・新刊:『がんの練習帳』=中川恵一・著

(新潮新書・735円)

 日本人の2人に1人が経験する「がん」。だが、多くの人は、がんのことをよく知らない。「がんと告知されたら」「治療に迷ったら」「転移したら」「最期の時間の過ごし方は」など、場面ごとの予行演習ができる「がんのハウツー本」だ。

 がんと告知されたら、頭が真っ白になる。そのとき、医師の話をメモしておけば、後で冷静になってから考えることができる。治療法に迷ったらセカンドオピニオンを求め、副作用についても聞く。「余命」はあくまでも平均値だから、個人差が大きい。そんな治療のノウハウ、職場復帰の注意点、治療費の払い方などを、物語仕立てで説いていく。

 がんの「常識」を知っておけば、自分や家族が、がんになったとき、慌てずにすみそうだ。(悦)

毎日新聞 2011年4月24日 東京朝刊

2011年04月24日 (15:21)

スーちゃん死後キャンディーズ名曲急上昇

21日に乳がんで死去した元キャンディーズで女優の田中好子さん(享年55)の通夜が今日24日、東京・青山葬儀所で営まれる。同じキャンディーズの伊藤蘭、藤村美樹さんをはじめ、多くの芸能人が参列する予定だ。

 一方、田中さんの死去後、キャンディーズの楽曲が再び注目されている。死去翌日の22日付レコチョク着信メロディーランキングトップ100に、70年代にヒットした3曲が圏外からランクイン。28位に「微笑がえし」(78年)36位に「春一番」(76年)81位に「年下の男の子」(75年)が入った。キャンディーズは73年にレコードデビュー。「普通の女の子になりたい」との名文句を残し、わずか活動4年半の78年4月に解散した。

2011年04月24日 (13:00)

スーちゃん「同窓会葬」ランとミキが告別式でメッセージ…24日・田中好子さん通夜

21日に乳がんのため亡くなった人気アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで、女優の田中好子(本名・小達好子)さん(享年55歳)の通夜が24日、東京・南青山の青山葬儀所で営まれる。芸能界でも早すぎる死を惜しむ声が相次いでいるが、関係者は「当時のアイドルたちの同窓会葬のような形になるのでは」と話しており、ピンク・レディーら1970年代の芸能界を引っ張ったスターたちがスーちゃんに直接、別れを告げる光景が見られそうだ。

 田中さんの突然の悲報に接し、別れを惜しむ声が後を絶たない。キャンディーズの残ったメンバー、伊藤蘭(56)、すでに芸能界を引退している藤村美樹さん(55)が参列することは決まっているが、同時期に芸能界で活躍したスターもそろって姿を見せそうだ。

 この日、通夜と25日の告別式会場となる東京・港区の青山葬儀所では、音響の設置など設営が進められた。当日はキャンディーズ時代の楽曲を流して、故人をしのぶ予定だという。ある関係者は「(最後の別れには)当時、人気を二分していたピンク・レディーも来るでしょうし、アイドルの同窓会葬のような感じになるのではないでしょうか」と説明。多くのスターが弔問することを想定している。

 キャンディーズがレコードデビューしたのは1973年。同期には芸能界を引退した山口(現・三浦)百恵さん、桜田淳子さんをはじめ、浅田美代子、あべ静江、フィンガー5らがいる。70年代はアイドル全盛期であったが、キャンディーズの最大のライバルといわれたのが76年にデビューしたピンク・レディーだ。メンバーのミーこと未唯mieは22日に会見を開き、訃報にショックを受けたことを明かしているが、当時、テレビのバラエティー、歌番組などで共演した多くの旧友が直接、別れを告げに足を運ぶ可能性が高い。

 残ったメンバーの伊藤、藤村さんは告別式で故人に思いを込めたメッセージを伝える予定。一世を風靡(ふうび)したアイドルの最後にふさわしい、しめやかながらも、絢爛(けんらん)な葬儀になりそうだ。

 ◆葬儀日程
▼通夜 24日午後6時
▼葬儀・告別式 25日午前11時

 いずれも東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は夫・小達一雄(おだて・かずお)さん

2011年04月24日 (11:21)

大腸がん早期発見を 治療の最前線紹介

ヤクルト市民公開講座「大腸がん予防から治療まで」(ヤクルト本社医薬営業部、北國新聞社主催)は23日、金沢市のホテル金沢で開かれた。医師と研究者、栄養士、患者の5人が講演し、来場者は検診による早期発見の大切さや手術と抗がん剤治療の最前線に理解を深めた。
 「食生活からの予防」と題して講演した金大附属病院の河野貴子管理栄養士は「食事では油の量に気を使って野菜をしっかり取り、間食や飲酒を控えめにしよう」と勧めた。

 県予防医学協会理事で予防医学クリニックの魚谷知佳院長はデータを示しながら、自覚症状があって見つかった大腸がんの8割が進行がんであると指摘。一方、症状が無い段階で検診を受けて発見されたがんは6割が初期がんであると解説し、検診の重要性を訴えた。

 さらに「検診の第1段階である便潜血検査は安くて安心、簡単」と紹介した上で、がんがあっても出血しない場合などがあるため、40歳を過ぎたら毎年受診してほしいと話した。

 県立中央病院一般消化器外科の伴登宏行部長は、腹部に小さな穴を数カ所開けてカメラを入れて行う腹腔鏡(ふくくうきょう)下手術の様子をビデオで示し、早期であればあるほど体に負担の少ない手術が可能であるとした。

 抗がん剤治療を解説した金大附属病院胃腸外科の藤田秀人助教は「近年は国内で使用できる薬の種類が豊富になり、副作用対策も進んでいる」と強調。服薬前に遺伝子検査で薬の効き具合を予測できることなどを紹介した。

 前津幡町長の村隆一氏は大腸がん手術を受けた患者として、健康に関心を持ち検診を受けることの大切さを説いた。金沢赤十字病院の西村元一副院長兼第一外科部長が進行役を務めた。

 いしかわブレイブサークルプロジェクトによる啓発イベント「もっと大腸がんを知ろう」(本社共催)は24日、JR金沢駅もてなしドーム地下広場で行われる。

 午後1時から女優生田智子さんのトークショー、同2時からはデュオユニット「カズン」のライブが開かれる。大腸がんの無料相談会やクイズラリーなども企画されている。

2011年04月23日 (22:10)

【追悼特別番組】田中好子さん主演『二つの嘘』

今月21日、女優の田中好子さんが乳がんのため亡くなった。テレビ東京では追悼特別番組がオンエアされることになったようだ。

2011年4月24日(日)夜7時54分から同局より放送予定の日曜ビッグバラエティ『二つの嘘』は、新津きよみさんの『二重証言』(ハルキ文庫)を原作とした田中好子さん主演のドラマだ。

2011年04月23日 (21:44)

北川景子、「嘘だと信じたい」 悲痛な想いを語る

女優の北川景子が22日、乳がんのため亡くなった元「キャンディーズ」メンバーの田中好子さんへの想いをオフィシャルブログでつづった。

昨年1月に放送されたスペシャルドラマ「筆談ホステス~母と娘、愛と感動の25年。届け!わたしの心~」(TBS系)にて、田中好子さんと母子役で共演した北川景子。

ブログでは「突然の訃報を聞いて、眠れぬ夜を過ごしました」と書き出し、ドラマ撮影当時の田中好子さんの印象を「いつも笑顔でいらして、周りを優しく温かく見守り、気遣っていらっしゃる方」とつづった。

また、北川景子自身全く病気のことに気付くことができなかったことを告白。田中好子さんが「こうやって、芸能界にどんどん息子や娘が増えていくの。とってもにぎやかでしょう!」と、笑って言っていたという思い出も振り返っている。

さらに、共演からわずか1年と数ヶ月での別れに「悲しすぎて嘘だと信じたいです」と現在の心境を吐露。「最期まで日本中から愛され、人生を全うされた田中さんのご冥福を心よりお祈り申し上たいと思います」と、ブログを締めくくった。(モデルプレス)

2011年04月23日 (19:23)

スーちゃん死去で「全キャン連」はどうなるか?

 キャンディーズの元メンバーで「スーちゃん」の愛称で親しまれた女優の田中好子さんが21日、乳がんのため亡くなった。55才の若さだった。あの健康的なキャンディーズの中でも、特に元気なイメージのあったスーちゃんだけにその「死」を受け入れるのはあまりに辛く、厳しいものがある。

 さて、キャンディーズで忘れてはならない存在が、一時期5万とも10万とも言われる会員数を擁した「全国キャンディーズ連盟」こと「全キャン連」である。キャンディーズは1978年に解散してから、一度も復活をしなかったため、全キャン連ももちろん活動することはなかった。

 しかし、キャンディーズが解散してから30年目の2008年、東京ドームシティで行われた「全国キャンディーズ連盟2008大同窓会」で全キャン連は見事に復活していたのだ。

 この「大同窓会」は当時からのファン、新たなファンを含めて2000人余りが集まり大盛況に終わり、それから1年後の2009年、全キャン連は「日本キャンディーズ協会」に名前を変え、新宿ロフトプラスワンなどで「キャンディーズナイト」の名前でイベントを開催していた。

 4月3日にも「解散33周年イベント」をアミューズミュージアムで開催したばかりで「日本キャンディーズ協会」は連帯感を強めていただけに、スーちゃん急逝のショックは計り知れないものがあるだろう。22日付の日本キャンディーズ協会のブログでは副会長氏が「とにかく言葉がありません」と記事を出し、供花を添えるためのカンパを募集している。

 全キャン連の名はキャンディーズファン全体の総称であり、誰でも名乗ることが出来る。公式HPの冒頭には「現役時代を知っていようが関係なく自分が全キャン連の一員だと 思えば、誰でも全キャン連です」と書かれており、ファンになったその瞬間から会員になれる。今回の訃報をきっかけにファンになった人でも大丈夫なのだ。

 全員揃ったキャンディーズはもう見られないが、ファンがいる限り全キャン連は「永遠に不滅」だろう。(蟹山)

2011年04月23日 (18:28)

子ども役から悲しみの声続々 田中好子さん 急死

「本当の母親のような存在」「手の温かみを忘れられない」-。21日に乳がんのため55歳で亡くなった女優田中好子さんは、数々のドラマや映画で母親役を演じた。制作スタッフからの信頼は絶大で、親子役の間では演技を超えたきずなが生まれることもあった。優しく、時には厳しい“良き母”へ、子供役の俳優たちから22日、続々と追悼と感謝のコメントが寄せられた。

◆山田優 「ママが大好き」
 山田優(26)と志田未来(17)が姉妹役で出演した日本テレビドラマ「正義の味方」。母親役を務めた田中さんへの思いを、山田はこう語った。

 「普段からママと呼ばせていただき、本当の母親のような存在でした。いつも明るくて優しさいっぱいのママが大好きでした。ママの笑顔に癒やされ、いつもいつも笑いの絶えない現場でした。訃報を聞いた今もまだ信じられない思いです」

 94年の日本テレビ系「家なき子」での母親役が注目され、その後もさまざまな母親を演じた。日本テレビの次屋尚プロデューサーは「これまで何度も母親役をお願いした。優しさと強さを持ち合わせたお芝居がとても魅力的だった」と語る。「一緒にいると安心感があって誰からも慕われていました」

 サービス精神も旺盛だった。「打ち上げで山田さん、志田さんと3人で『新生キャンディーズ』といって、振り付けつきで『年下の男の子』と『春一番』を歌ってくださった。いつも明るくて、まさか闘病していたなんて信じられません」

◆志田未来 言葉が出ない
 志田未来の所属事務所によると、志田は驚きを隠せない状態で、悲しみを言葉にできないという。

 TBS系の「筆談ホステス」では、聴覚障害があるホステス役・北川景子(24)と衝突しながらも理解し合っていく難しい母親役を演じた。30年来の親友でもあるプロデューサーの志村彰氏は「まず、ものすごく芝居がうまい。スーちゃんがいれば安心できるので、いつも大船に乗った気持ちでした」と前置きしてから、「北川さんに厳しく当たるところで、嫌な人に見えると困る。でもスーちゃんなら絶対にそうならない。親子げんかも愛情として表現できる」と説明した。

 私生活では子供はいなかったが、なぜこんなに母親役として求められたのか。志村氏は語った。「スーちゃんは人を好きになる天才なんです。人の悪口を言うのを聞いたことがない。キャストやスタッフのことが大好きだから、自然に周りからも好かれる。誰に対しても愛情を持ち、人を嫌いにならないことが『お母さん』に向いていたんだと思います」

◆北川景子 ブログで「眠れぬ夜過ごした」
 「筆談ホステス」で娘役を務めた北川景子(24)は22日、ブログで田中さんへの思いを次のようにつづった。

 「突然の訃報を聞いて、眠れぬ夜を過ごしました。『こうやって、芸能界にどんどん息子や娘が増えていくの。とってもにぎやかでしょう!』と田中さんが笑っていらしたのがたった一年と数カ月前のことでしたから、今はまだ、あまりに突然すぎる、そして悲しすぎる訃報にただただぼうぜんとするばかりです」

 「私にとっての田中さんは、いつも笑顔でいらして周りを優しく暖かく見守り、気遣っていらっしゃる方という印象でした」

◆深田恭子 「手の温かみ忘れない」
 フジテレビ系ドラマ「神様、もう少しだけ」(98年放送)で、女優深田恭子(28)が演じた女子高生の母親役を演じた田中さん。当時まだ無名だった深田にとっての出世作となり、田中さんがお母さん役として定着するきっかけとなった。

 深田は、田中さんの急逝に大変なショックを受けており、所属事務所を通じて「いつも撮影現場で私の手をギュッと握ってくださいました。何度も何度も励ましていただいた田中さんの、あの手の温かみをいまだに忘れることができません。もうお会いできないなんて、もうお母さんを演じてもらえないなんて、とても悲しいです。心よりご冥福をお祈りします」とコメントした。

◆小栗旬 「明るく優しいお姿思い出す」
 刑事もののコメディー「東京DOGS」(フジテレビ系)では、田中さんは主演した小栗旬(28)の母親役。とぼけたマイペースなキャラクターで新境地を開いた。

 プロデューサーの鹿内植(しかない・つぎ)さんは「かっ飛んでいる母親だけど、ただの変な人じゃない。田中さんが演じれば、子供を思っているからこそ…という部分を表現できる」と起用理由を語り、早すぎる死を惜しんだ。

 小栗は「突然の悲報に何と言っていいかわかりません。田中さんはとっぴな設定の僕の母親役を、本当にかわいらしいお母さんにしてくれました。ご病気をみじんも感じさせない、明るく優しいお姿だけが思い出されます。心からご冥福をお祈りいたします」とコメントした。

◆ランちゃん あす悲しみの対面
 キャンディーズのメンバーだった伊藤蘭(56)は、所属事務所の関係者によると田中さんの訃報に大きなショックを受けており、現在はコメントを出せる状態ではないという。24日の通夜に出席し、悲しみの対面を果たす。

 また、NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」のヒロインとして、田中さんと親子役で共演した国仲涼子(31)も同様に、現在は精神的ショックが大きいため、通夜の際に取材陣に応対する見込みという。

◆ゴリ 無念「心締め付けられる」
 NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」に田中さんの息子役として出演したお笑いコンビ「ガレッジセール」のゴリ(38)は、「しゃべり口調がゆっくりな方で、優しい気持ちにさせてくれる東京のお母さんみたいな存在でした」と振り返った。私生活でも何度か食事をしたそうで「何年たってもドラマでの役名『ケイショウ』で僕を呼び、本当の息子のようにいつも心配してくれました」。その上で「僕ももっと遠慮せずにお会いしておけばよかった。優しい人だから、周りに心配かけまいと、苦しい闘病生活も隠していたんですね。もう会えないんですね。心が締め付けられます」と無念さをにじませた。

◆上地雄輔 「使命まっとうします」
 TBS系の「彗星物語」(07年)で親子役だった上地雄輔(32)も、22日のブログで「田中好子ママ。オイラが唯一この世界で『ママ』と呼ぶ人です」と、深い交流をつづった。仕事をやめたいという悩みを打ち明けた際に「それはね、ゆーすけの使命なのよ」と励まされたことを明かし、「今のオイラを生んでくれて。ありがとう。ママが言う使命ってやつをまっとうします」とあらためて誓った。

◆杉浦太陽(30)
 07年の映画「0(ゼロ)からの風」で親子役。「当時(タレント辻希美と)結婚直後だったんですが、自分のことのように喜んで祝福してくれました。一緒にいると大先輩なのにすごく落ち着くというか、包み込んでくれるような、お母さんのオーラが出ていた。現場では闘病のことはみじんも見せず、いつも優しい笑顔とやわらかい空気を振りまいていた。亡くなったなんて信じられません。子供役で共演した人は、みな同じ気持ちだと思います」

      ◇

 田中好子さんの通夜は24日午後6時から、葬儀・告別式は25日午前11時から、いずれも東京都港区南青山2-33-20、青山葬儀所で。喪主は夫小達一雄(おだて・かずお)氏。

2011年04月23日 (17:00)

田中好子さん死去 女優として存在感 演技派として活躍

一九七〇年代に一世を風靡(ふうび)したアイドルグループ「キャンディーズ」。美形ぞろいの三人のメンバーの中で、「最も素朴な女の子」のイメージが強かったのが、“スーちゃん”の愛称で親しまれた田中好子さん(21日死去、享年55)だった。

 人気絶頂期の七八年、グループを解散して五年間の活動を終え、希望通り、「普通の女の子」に戻る。芸能界への復帰を決意したのは、六つ違いの弟が骨肉腫を患ったことが契機となった。「そばで付ききりで看病してくれるのはうれしい。でも、お姉ちゃんがテレビに出ている姿を見る方がもっと勇気づけられるよ」。幼いころから弟がかわいくて仕方がなかった“優しいお姉さん”の胸に響く一言だった。

 八〇年にバラエティー番組「欽ちゃんのどこまでやるの!」に出演して復帰を果たし、八二年に弟が亡くなってからも、その「遺志」を背に女優としての歩みを続け、独特の存在感を示した。

 八九年、アイドル「スーちゃん」から女優「田中好子」への決定的な転機となる映画に出合う。今村昌平監督の「黒い雨」である。原爆症と世間の冷たい目に苦しめられながらも、輝きを失わずに凛(りん)とした生き方を貫くヒロインを熱演。日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ各賞を総なめにし、演技派女優の名をほしいままにした。

 これ以後、ドラマ、映画で、シリアスな役からコミカルな役まで何でもこなす女優として幅広く活躍。九四年に安達祐実主演のテレビドラマ「家なき子」で母親を演じてからは、“優しいお母さん”がはまり役となった。

 九一年に結婚。夫の小達一雄さんは、白血病で八五年に早世した女優・夏目雅子さんの実兄に当たる。弟、そして、かつての友人だった一つ年下の義妹を難病で亡くしている田中さんは、国民の健康問題に高い関心を示し、厚生省(当時)の公衆衛生審議会の委員を務めた。ボランティア活動にも熱意を示し、抗がん剤で脱毛した患者のためにかつらを無料で貸し出す基金の設立に尽力。

 脳腫瘍に侵され、自らの余命を知った脳外科医の闘病生活を追ったドキュメンタリー番組(98年)では、ナレーターを買って出る。家族ぐるみで付き合いのある脳外科医夫婦の勇気に、心うたれての決断だった。涙があふれ、原稿につまる。何度も中断しながら収録が進められたという。

 田中さん自身も結婚の翌年、乳がんが見つかった。再発を繰り返しながらの闘病生活だったが、自身の病気のことはおくびにも出さず、明るく振る舞い、笑顔を絶やさなかった。女優として演じた優しいお母さんは、田中さん自身からにじみ出る明るさ、人柄の温かさが一段と引き立たせたものだったに違いない。 (安田信博)

◆続々と追悼番組
 文化放送は、田中好子さんをしのぶ三時間の特別番組「ありがとうスーちゃん、ありがとうキャンディーズ」を三十日午後六時から放送。同局の「GO!GO!キャンディーズ」(1976~78年)に出演していた吉田照美が進行役で、ヒット曲を流し、ゆかりのゲストに思い出やエピソードを聞く。

 また、テレビ東京は二十四日午後七時五十四分から、田中さん主演のドラマ「二つの嘘」(2005年8月)、フジテレビは二十五日午後三時からドラマ「嫁の座」(09年5月)、BSジャパンは二十九日正午からドラマ「最後に愛を見たのは」(01年4月)をそれぞれ放送する。

2011年04月23日 (16:40)

【エンタがビタミン♪】「早すぎる。」田中好子の訃報に多くの芸能人が悔やむ声


元キャンディーズのメンバーで、解散後は女優として活躍していた田中好子。多くの人に愛されていた彼女は4月21日、乳がんの為55歳という若さで惜しまれながら天国へ旅立った。そんな彼女の死に、誰もが「早すぎる」と思ったに違いない。共演した芸能人の間でも、彼女の死を悔やむ声がブログで綴られている。

女優・川島なお美は4月22日付の自身のブログ「『なおはん』のほっこり日和」で、田中と共演した時のエピソードを綴っている。田中が妻の役、川島が愛人の役で愛憎サスペンスのドラマで共演した際、互いをビンタするシーンがあった。田中からの容赦ないビンタに川島も思い切りビンタを返した。画面からはみ出る位の迫真の演技に一発OK。その後お互い大爆笑をし、最後は田中がハグをしてくれたことを川島は忘れないと言う。打ち上げでは田中はキャンディーズをカラオケで歌い、川島は後ろで踊っていたと言う思い出も明かしている。当時川島は田中が闘病していたことには気づかなかった。「真のプロフェッショナル」と彼女の女優魂を尊敬していただけに、川島は今回の訃報が残念でならない様子だ。

またタレント・秋野暢子も同日、自身のブログ「ウイニングラン」で田中の早すぎる死に悲しみを隠しきれない様子であった。「数十年前『見ごろ食べごろ笑いごろ』という番組でキャンディーズさんとご一緒しました。十代だった私達を懐かしく思いだします。」と若いころに共演した思い出を綴っている。

そして伝説のテレビ番組『8時だョ!全員集合』で共演した志村けんも自身のブログ「ken’s Blog」にて、当時の田中について思い出していた。いつも笑顔で楽しく体操のコーナーをしていた田中に、志村は「有難う」と綴りながらも「早いよスーちゃん」と彼女の早すぎる訃報を悔やんでいる。

女優としてもこれからという時期だっただけに、今回の訃報は多くの芸能人やファン達にとっては突然過ぎるものだった。しかし彼女の残した笑顔や想い出は多くのファンの心に刻まれいつまでも輝き続けるに違いない。
(TechinsightJapan編集部 うずらの珠子)

2011年04月23日 (14:36)

ランちゃん、国仲はまだコメントできず

乳がんのため、21日に55歳で亡くなった女優の故田中好子さんとともにキャンディーズのメンバーとして活躍した、女優の伊藤蘭(56)は、訃報から一夜明けた22日もコメントを発表できなかった。所属事務所は「憔悴(しょうすい)しきっているようです」とコメント。24日に開かれる通夜には出席し、取材に応じる予定という。

 NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)のヒロインで、田中さんの長女・恵里を演じた女優・国仲涼子(31)も「ショックが大きく、コメントするのは難しい状態」(所属事務所)。通夜には出席するという。

 同作で長男エイショウを演じたガレッジセールのゴリ(38)は、仕事先の福岡で訃報を聞き「東京のお母さんみたいな存在で『お腹がすいたら、オカァに電話するんだよ』と本当の息子のように心配してくれた。もう会えないんですね、東京のお母さん…」とオカァとの別れを惜しんだ。

2011年04月23日 (13:03)

御坊市の子宮頸がんワクチン接種率 平均89%

市は平成22年度子宮頸がん予防接種ワクチンの接種状況をまとめた。

 小学校6年生女子を対象に市が全額補助金を出す初の事業。 予防効果を出すために3回の接種が必要で、 昨年7月の1回目は対象者119人のうち108人が受けて接種率は90・8%。 8月の2回目は118人のうち106人で89・8%。 ことし1月の3回目は117人のうち103人で88%。 平均は89・53%。 毎回対象者が減ったのは転校生がいたため。
 
 担当課は 「集団接種ではなく、 対象者が個別に指定の医療機関に受けにいく方法で、 しかも任意の接種。 この方法での接種率としてはかなり高い。 市は一般向けの講演会や学校別の保護者説明会を開催したことで、 十分な理解が得られた結果だと思う」 と話している。 本年度は全国的に子宮頸がんワクチン接種事業を取り入れる自治体が増えており、 現在専門業者でワクチン不足が起きているが、 今夏にも供給できる見通し。


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