ガン完全克服マニュアル

当ブログはガンを克服するための最新治療法を全て掲載しています。
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2009年1月28日より、新しく掲示板と、病院評価ランキングを追加しました。 どんどん活用して下さい。


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日本生化学大会で発表された新しい癌治療法SOLWEED

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2011年12月31日 (21:40)

危ない豊胸バッグ、がん20例=因果関係は未確認―仏当局

 【パリ時事】2010年に倒産したフランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造した豊胸用シリコーンバッグが体内で破れる恐れがあるとされる問題で、仏保健製品衛生安全庁(AFSSAPS)は30日、同社製バッグの利用者でがんなどと診断されたケースが、これまでに20例に上ることを明らかにした。ただ、バッグ利用と疾病との因果関係が確認されたわけではないとしている。

 AFP通信によると、AFSSAPSは28日までに、問題のバッグ利用者で15例が乳がんでよく見られる胸の腺がん、1例が胸のリンパ腫、2例が胸以外のリンパ腫、1例が肺がん、1人が急性骨髄性白血病と診断されたとの報告を受けた。報告されたバッグ利用者の乳がんは、これまでのところ一般的な発生率より低いという。

 また、バッグが破れたのは1143例、炎症を起こしたのは495例と報告された。 


[時事通信社]


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2011年12月31日 (18:21)

「読まずに死ねるか!」内藤陳さん死去

 「ハードボイルドだど」の決めぜりふで知られるコメディアンで俳優の内藤陳さんが28日午後10時19分に亡くなったことが30日、分かった。75歳。今年11月末、食道がんの治療のため東京・昭和大学病院に入院。ここ数年は、直腸がんを発症し、入退院を繰り返していた。

 葬儀は近親者のみで行い、喪主は弟の黒瀬功(くろせ・いさお)氏。来年1月にお別れの会を予定しているが、日程、場所は未定。

 最期はベッドではなく、病室から出た内藤さんお気に入りの場所で、いすに腰掛けて、苦しむことはなかったという。内藤さんが東京・新宿のゴールデン街で経営するバー「深夜+1(しんやプラスワン)」の従業員の須長祐介さん(33)が最期をみとった。「口元をニヤリとして、笑顔のまま、スーッと天国にいかれました」と穏やかな幕引きだったという。

 最後の夕食は病院近くの精肉店で販売していた揚げ立てのメンチカツ、アジフライ、コロッケだった。内藤さんが散歩をして「おいしいコロッケを見つけたんだ」と須長さんに笑って話していたという。

 今年4月に公開された映画「これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫」で、拳銃でのパフォーマンスを得意としていたこともあって「マタギのげんさん」役で出演したのが最後の演技だった。10代で榎本健一のお笑い学校の1期生として入学。ボードビリアンを目指していたことからタップ専科を選んだ。漫才トリオ、トリオ・ザ・パンチ在籍時からストリップ劇場の舞台に立ち、拳銃を撃ちまくるギャグで一躍人気者となった。

 父辰雄さんはプロレタリア文学の作家。読書家としても有名で、81年から「月刊プレイボーイ」で書評欄を担当。単行本としてシリーズ化されている。さらに同年、日本冒険小説協会を立ち上げ会長に就任。冒険小説、推理小説の作家らを側面から支援してきた。来年3月に同協会の30周年記念パーティーを静岡・熱海で企画しており「食道がんをやっつけて、元気になって熱海にいくぞ」と口ぐせのように話していたという。

 ◆内藤陳(ないとう・ちん)本名・内藤陳(のぶる)。1936年(昭11)9月18日、東京生まれ。日大芸術学部中退。62年に井波健、栗実とともに漫才トリオ、トリオ・ザ・パンチを結成し、舞台などで活躍。81年から月刊誌「プレイボーイ」で書評「読まずに死ねるか!」を連載。冒険小説やハードボイルド小説を紹介した。同年に日本冒険小説協会を設立して、会長に就任。「読まずに死ねるか!」シリーズを出版。主な出演映画に「麻雀放浪記」「玄海つれづれ節」「月はどっちに出ている」など。
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2011年12月31日 (16:36)

杉原さん天国でもゴルフできるように 棺に幻の契約書

前立腺がんの転移により28日に亡くなったプロゴルファーの杉原輝雄さん(享年74)の葬儀・告別式が30日、大阪府茨木市内の斎場で、近親者のみで営まれた。

 前日29日には長年ウエア契約を結んでいたデサント社の担当者が来季の契約書を持って駆けつけた。棺の中には天国でもゴルフができるようにと準備されたグローブ、木製のゴルフティーなどゴルフ用品とともに“幻の契約書”も納められた。法名は「釋修輝(しゃくしゅうき)」。喪主を務めた長男でプロゴルファーの敏一(47)は「ゴルフも闘病生活も頑張ってくれた。お疲れさまと言いたい」と涙をこらえながら話した。

2011年12月31日 (12:12)

「ハードボイルドだど」内藤陳さん、死去

 コメディアンとして「ハードボイルドだど」のセリフで一世を風靡し、冒険小説などの書評家として「読まずに死ねるか!」など数々の著作がある内藤陳(ないとう・ちん、本名陳=のぶる)氏が28日、食道がんのため死去していたことが30日、分かった。75歳だった。酒豪でヘビースモーカーとして知られ、最後は病に倒れた。

痩身にガンベルトを巻いて2丁拳銃をぶっ放し、最後は「ハードボイルドだど」のセリフでキメていた内藤陳さん。28日午後10時19分、食道がんのため東京都品川区の昭和大学病院で息を引き取った。享年75。自宅は東京都新宿区新宿6の28の10の902。葬儀は近親者のみですでに済ませた。喪主は弟の黒瀬功(くろせ・いさお)氏。

 2007年1月、まず直腸がんが見つかった。それまではハイライト60本を吸い、バーボンウイスキー「フォアローゼズ」のボトルを1本あける毎日。「酒もたばこも好きなだけやり、自由気ままに生きた。がんがあっても不思議ではない」と語ったという。

 栄養失調状態だったが、以降はかつ丼などカロリーの高い食事をとって体力を回復。2月に手術を受けて人工肛門を付けた。その後、コメディアンとして舞台に戻ったが、がんとの闘いでついに力尽きた。

 内藤さんは1936年、プロレタリア文学作家の内藤辰雄を父に都内で生まれた。日本大学芸術学部中退。62年、ストリップ劇場のコメディアン仲間の井波健さんや成美信さんと、お笑いトリオ「トリオ・ザ・パンチ」を結成。メンバーは入れ替わったが、独特のギャグで注目を集めた。

 冒険小説やハードボイルド小説好きで知られ、81年から月刊プレイボーイ誌で書評を連載。同年「日本冒険小説協会」を設立し会長に就任した。愛情に裏打ちされた書評は熱狂的ファンを生み、著書「読まずに死ねるか!」はシリーズ化。一方、英国の作家、ギャビン・ライアルの小説から名付けたバー「深夜+1(プラスワン)」を東京・新宿ゴールデン街で開いていた。

 俳優としても映画「麻雀放浪記」(84年)などに出演し活躍した内藤さん。今年9月には、都内で開かれた日本冒険小説協会30周年と内藤さんの誕生日を祝うパーティーに出席したが、帰らぬ人となった。

(紙面から)

2011年12月31日 (10:32)

啓発行事で早期発見 大腸がん

4月に金沢市内で行われた啓発イベント「もっと大腸がんを知ろう」(北國新聞社共催)で無料検診を受けた210人のうち、2人で大腸がんが見つかったことが、30日までに県成人病予防センターのまとめで分かった。いずれも開腹手術不要の早期がんだった。関係者は、精密検査を未受診の人はできるだけ早く受けるよう呼び掛けている。
 イベントでは251人の来場者に、大腸がん検診の第1段階である「便潜血検査」のキットを配布。210人が受診した。

 受診者の10・5%に当たる22人が「要精密検査」の判定を受けた。このうち15人が、27日までに県内の医療機関で内視鏡による精密検査を受け、64歳、73歳の男性から早期がんが発見された。その他9人でポリープが見つかった。

 イベントを主催した「いしかわ大腸がんサポーターズ」の実行委員長、西村元一金沢赤十字病院副院長は、検査を初めて受けた人が全体の90%を占めることや、61・7歳と高い受診者の平均年齢などがあるために比較的高い発見率になったと指摘。「多くの人にとって初受診の機会になったことは意義深い」と話した。

 金沢市の県女性センターで1月28日、大腸がん撲滅を目指すセミナー「もっと知ってほしい大腸がんのこと2012in金沢」(本社後援)が開かれる。

 西村副院長ら3人が予防と検診、外科的治療と薬物療法について基調講演し、パネル討論やクラシックギターデュオ「いちむじん」のコンサートも開かれる。入場無料。問い合わせは主催のNPO法人キャンサーネットジャパン事務局=03(5840)6072=まで。




2011年12月29日 (22:39)

がんペプチドワクチン:来春から臨床試験 肺がん末期患者対象に /滋賀

県は28日、県内で研究が進むがんの新しい治療薬「がんペプチドワクチン」の臨床試験が来年4月から実施されると発表した。肺がんの末期患者が対象で費用は無料。予備的な試験で高い効果を上げており、嘉田由紀子知事は「手を尽くして諦めていた患者の希望につながる」と周知を呼びかけている。【姜弘修】

 同日の知事定例記者会見で発表された。ペプチドワクチン療法は患者の白血球の型に合わせたワクチンを注射して免疫力を高め、がんの排除や進行を抑える治療法。滋賀医科大の醍醐弥太郎教授が研究を進めており、肺がんへの予備試験では、18カ月後の生存率が60%と高い数値を残している。

 県内の研究は11~13年度の厚生労働省の事業に採択され、臨床試験は全国8カ所程度で実施されるという。県内は肺がんの試験を担当し、抗がん剤、放射線などの従来療法で効果が出なかった県内外の末期患者が主治医と相談の上、治療を受けられる。

 県健康推進課の角野文彦課長は「臨床試験は末期が対象だが、初期の段階から使える治療法。副作用もほとんどなく、患者にとっても明るい話題」と話している。

 同ワクチン療法は薬事承認を経て、産官学連携で18年度からの実用化を目指す。相談や問い合わせは滋賀医科大付属病院腫瘍センター(077・548・2111)へ。

2011年12月29日 (21:55)

南米首脳のがん続出は「米国の陰謀」=チャベス大統領

[カラカス 28日 ロイター] ベネズエラのチャベス大統領は28日、自身を含む南米の首脳が相次いでがんを患っていることについて、米国の「がん誘発技術」による陰謀説を披露した。
チャベス大統領は今年6月、療養先のキューバでがん性腫瘍の摘出手術を受け、その後もがん治療を続けている。また、アルゼンチン政府の報道官は27日、フェルナンデス大統領が甲状腺がんを患っており、来月に手術を受けると発表した。

南米ではこのほか、パラグアイのルゴ大統領、ブラジルのルセフ大統領とルラ前大統領も比較的最近にがんと診断されたが、いずれも左派で知られる人物。

チャベス大統領は、テレビ放映された同国軍向け演説で、南米首脳にがんが続いていることは「非常に不可解」とし、「米国ががんを引き起こす技術を開発し、それを今まで誰も知らなかったとしても不思議ではない」と述べた。そのうえで、同じく左派であるボリビアのモラレス大統領にも「注意した方がいい」と呼び掛けた。

2011年12月29日 (20:14)

あきらめない:第2部 塚本英夫がん闘病記/下 毎日を充実感抱き 生活励ます新家族 /群馬

 昨年2月の告知以来、肝細胞がんのカテーテル手術で6回、胃がん切除で1回の計7回入院し、がんと日々、向き合う生活が続いている。今年1月には妻と相談し、脳死を含む死亡時に全臓器を提供するドナー登録を夫婦で行った。「どちらが先に死んでも、他人の役に立てれば」との思いで一致したからだ。私たちは日々、ドナーカードを持ち歩いている。

 告知の際、医師に「5年後の生存率が約4割」と言われた。この日を出発点に42・195キロのマラソン競技にたとえれば、現在は15キロ地点を通過中と言えばいいだろうか。折り返し地点が見え始めたし、完走も可能な距離だ。

 この間、治療薬の副作用と闘っていた一時期を除き朝夕の散歩を欠かさなかったが、今年6月には新たな散歩仲間も加わった。近所の物置に捨てられていた雌の幼犬「ポンコ」だ。ポンコは、同じ場所に捨てられていた3匹の中の1匹。他の2匹も引き取り手が見つかった。ポンコは私の闘病生活を励ますかのように新しい家族になった。

 犬の寿命は十数歳。私はポンコと出会った日、勝手ながら時計の針を少し戻した。この日を5年生存率の「新たなスタート」と決め、「5年後の完走はポンコとの最低限の約束」と心の中で毎日つぶやいている。

 私は知人によく「がんと前向きに付き合えるのはなぜか」と聞かれることがある。その答えの一つが、多くの人からの励ましだ。昨年12月に連載した闘病記には予想を超える大きな反響があり、毎日新聞群馬版の読者だけでなく、インターネットの個人ブログなどに転載され、多くの読者を得ることができた。

 高校や大学時代の友人からも励ましのメールが寄せられ、知人の女性書家には俳人・永田耕衣の「少年や 六十年後の 春の如し」を大書した作品を頂いた。この俳句に、さりげなく頑張る私の姿をイメージしたという。職場のかつての同僚からは「私はC型肝炎と闘っているが、同年代の君が気負わず冷静に病魔に向き合う記事に感銘を受けた」との便りをもらった。このような温かい励ましが、人を支えてくれるのだと実感した1年でもあった。

 がんは多くの人がかかる病気だ。私は告知以来、「きょう一日を生きることができた」との充実感を抱いて布団に入っている。不思議なことに、不安に押しつぶされたり、眠れない夜はなかった。「がんは手ごわいが、闘えない相手ではない。一日一日、やるべきことをやるだけだ」。この思いを強くしている。【桐生通信部記者・63歳】

2011年12月29日 (19:51)

新がん療法、臨床試験へ 来年度の国事業に認定、滋賀医大

 県は28日、国の来年度の医薬品開発事業に、滋賀医科大学(大津市)が研究を進めてきた「がんペプチドワクチン療法」が認定されたと発表した。滋賀医大では来年4月から、末期の肺がん患者への臨床試験を始め、新たな治療法の確立に向け研究を進める。

 がんペプチドワクチン療法は、体に本来備わっている免疫力を高め、がん細胞を排除していく治療法。日本で研究が先行しており、事業には、滋賀医大のほかにも全国の複数の病院が採択された。

 昨年度から予備研究を進めている滋賀医大では、これまで末期の肺がん患者20人にワクチンを投与したところ、1年半後も6割の患者が生存しており、自然状態の患者に比べて3倍以上の生存率に上ることが確認できた。

 4月からは、併設の大学病院で、手術や抗がん剤治療、放射線治療では治る見込みがなくなった患者のうち、希望者に対して治療する。治療費は無料。

 研究を進める醍醐弥太郎教授は「今後、現在行われている他の治療法との併用の仕方や、初期のがんへの効果も研究していきたい」と話す。 (中尾吟)

 【がんペプチドワクチン療法】 がん細胞に目印を付ける「がんペプチド」を人工的に作り、ワクチンとして患者に注射する治療法。目印が付くと、がん細胞を攻撃する「CTL細胞」が増殖し、体内のがん細胞を殺す力が高まる。安全で有効性が高いとして、厚生労働省は2018年度の実用化を目指している。

2011年12月29日 (19:28)

杉原輝雄さん死す 命削って生涯現役

ゴルフ界の“ドン”が逝った。50年以上にわたって現役を続けたプロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、前立腺がんがリンパに転移し、大阪府の自宅で死去した。74歳だった。身長162センチの小柄な体でも「マムシ」と呼ばれた粘り強いプレーでトッププロの地位を築き、国内外で通算63勝。97年に前立腺がんを患った後も手術を拒み、09年にはリンパへの転移が発覚。それでも現役続行に意欲を見せていた。葬儀・告別式は近親者のみで執り行い、後日お別れ会を開く予定。喪主は長男でプロゴルファーの敏一(としかず)氏。

 小さな体で必死に病魔と闘ってきた杉原氏がこの日午前、逝った。大阪府内の自宅で玲子夫人(73)に見守られ、静かに息を引き取った。関係者によると、11月から自宅療法を続けていたが、数日前から食欲もなくなり体力も落ちていたという。97年末に前立腺がんを宣告されながら手術をせず、ゴルフスタイルと同様に「マムシ」のように粘り強く闘病を続けてきた。

 ゴルフができないほど体調を崩したのは、昨夏だった。がんは09年1月にリンパへ、昨年8月には喉へ転移。すぐに入院したものの放射線治療で喉は痛み、食べ物が口を通らない。まるで別人のように、声はガラガラになった。今年初めにはいったん体調も回復しツアー復帰へ意欲を見せていたが、4月ごろからまた病状が悪化。試合には出場できず、入退院を繰り返していた。

 162センチ、60キロの体は、不屈の魂で支えられていた。農家の三男として生まれ、小学生のころから大阪・茨木CCでキャディーとして働き、中学卒業後に同CCに就職。「客がラウンドする前から、終わるまで練習グリーンでずっとパットをしていた」と言われるように、努力を続けて20歳でプロテストに合格。62年日本オープンで初優勝を果たし、その後も毎年勝利を積み重ねた。

 杉原氏に刺激を与えたのは、プロ野球から転身して70年にプロ入りした尾崎将司だった。180センチの恵まれた体から圧倒的な飛距離を武器にした尾崎将に対し、杉原氏はショットの精度と小技、しぶとい精神力で立ち向かった。関西の若手を引っ張るリーダーとしても慕われ、84年から5年間は男子ツアーの初代選手会長を務めた。ゴルフ界の“ドン”として存在感は絶大だった。

 選手生命の危機に立たされても動じなかった。87年、突然激しい腹痛に見舞われた。腎のう胞だった。しかし、52歳だった89年ダイワKBCオーガスタで復活優勝。さらに危機が訪れる。97年12月に「前立腺がん」を宣告された。だが「ジャンボを倒すまでやる。自分には時間がない」と手術を拒否。週1度の加圧式トレーニングも続け、飛距離アップへの執念も見せた。68歳10カ月だった06年4月つるやオープンでは、レギュラーツアー世界最年長で予選を通過。気力の源について問われると「お金がないからね」と軽快なジョークを飛ばしていた。

 しかし、09年1月にがんがリンパへと転移していることを告白。直後に、放射線療法を受けたが体への負担が大きく、わずか4日間でいったん中止。そんな中でも昨年4月、中日クラウンズで同一大会51年連続出場の世界新記録を樹立。過酷な闘病を続けながらの快挙は、まさに奇跡的だった。結局、昨年6月ミズノよみうりが、最後の試合になった。

 勝負の世界では「マムシ」と言われながら、私生活では足の不自由な猫を優しく介護し続けた。頼まれ事は断らない、温かい心の持ち主だった。個性的なスイングと勝負強さでファンを引きつけた名ゴルファーが、冬空の天に召された。【木村有三】

2011年12月29日 (17:46)

杉原輝雄さん死去、74歳 現役50年余

がんと闘いながらもプロゴルファーとしての現役にこだわり、国内外通算63勝を挙げた杉原輝雄(すぎはら・てるお)さんが28日午前8時30分、前立腺がんのため亡くなった。74歳だった。後日、お別れの会が開かれる予定。

 大阪府茨木市出身。1957年に20歳でプロテストに合格し、62年の日本オープンで初優勝。73年以降のツアー28勝を含めて国内で56度優勝したほか、シニアツアー6勝、海外で1勝(69年、香港オープン)を挙げ、永久シード権も獲得した。1メートル62、60キロ前後の小柄な体ながら妥協を許さない姿勢で人気を集めた。

 ツアー施行の73年から94年まで賞金シードを獲得。98年4月に前立腺がんを告白したが、手術は受けず、投薬などで治療しながら試合に出場した。2006年4月の兵庫・つるやオープン第2日には、69をマークして国内ツアー最年長となる68歳での予選突破記録を達成した。

 中日クラウンズには10年まで51年連続で出場し、同一大会連続出場の世界記録樹立の表彰をされたが、同年8月下旬、新たながんの転移が発覚。その後、入退院を繰り返し、ツアー出場は10年6月のミズノオープンよみうりクラシックが最後となった。

(2011年12月29日 読売新聞)

2011年12月29日 (16:33)

南米指導者にがん続出の謎、陰に米国か-ベネズエラのチャベス大統領

12月28日(ブルームバーグ):ベネズエラのチャベス大統領は、南米諸国指導者の間でがん患者が続出するという「非常に奇妙な」事態に、陰に米国の存在があるかもしれないとの見方をほのめかした。

  チャベス大統領は28日の軍向けのテレビ演説で、前日のアルゼンチンのフェルナンデス大統領の甲状腺がんとの診断に関連し、「中南米の一部指導者に起きていることを説明するのは、確率の法則をもってしても非常に難しい」と指摘。1940年代のグアテマラでの化学実験の背後には米中央情報局(CIA)がいたと述べ、米国を批判する者への政治的武器として同国ががんをまき散らしたことを示す陰謀が今後明らかになる可能性はあると語った。

  6月にがんと診断されたチャベス大統領はキューバで野球のボールほどの大きさ腫瘍を摘出している。同大統領はがんと闘ったブラジルのルセフ大統領やルラ前大統領、パラグアイのルゴ大統領らとの首脳会議を呼び掛けており、「自分の考えを伝えるだけだが、まったくもって奇妙な話だ」と語った。

2011年12月29日 (14:21)

肝疾患の早期発見へ 県が寄付講座

佐賀大と県は27日、「肝疾患医療支援学講座」の設置協定を結んだ。来年1月~2014年3月、医学部に県の寄付講座として「肝疾患センター」を作り、肝臓がんの原因の一つである肝炎の早期発見や、かかりつけ医と専門医の連携がうまくいくよう調整する。


 肝炎の中でも患者が多いC型肝炎はウイルスに感染して発症するが、ほとんど症状が現れず、肝硬変など重症化して見つかるケースが多い。佐賀大医学部付属病院によると、県内では約4千人がウイルス反応で陽性を示すとみられるという。
 県が認定した看護師らによる「肝炎コーディネーター」が、潜在的な患者を見つける無料検査を勧め、適切な医療機関を紹介することで、がんになる前に治療を促す。さらにセンターが中心となり、患者の治療データを集める。今回、県は2年3カ月で計1億750万円の資金提供をする。


◆肝がん死亡率 県内は全国1位続く


 県の資料によると、2010年の県内の肝がんによる死亡率は人口10万人当たり41・1人と全国で最も高く、全国の25・9人を大きく上回る。県内は1999年以降、12年連続で全国ワースト1位が続いている。


 佐賀市で今月13日にあった講演会で、県立病院好生館の川添聖治医師(47)は、肝炎が進んで肝硬変になると、肝臓がん発症の危険性が高まるため、エコーなどの検査を数カ月ごとに受けることを勧めた。


 肝臓がんは再発することが多いという。治療法には、これまでのラジオ波で患部を焼き切る方法などのほか、口から飲む抗がん剤の投与や、がんに栄養を送る動脈を薬剤で詰める新しい治療法を挙げた。その上で、海外で承認されている抗がん剤が国内では未承認の「ドラッグラグ」について、「肝臓がんは他のがんに比べ、改善している。(時間差は)あっても半年程度で、日本は最も進んだ総合的な治療を受けられる」と説明した。(伊豆丸展代)

2011年12月29日 (12:39)

杉原さん長男・敏一、看病通じプロから「お父さんに戻った」…男子ゴルフ

 男子プロゴルフの杉原輝雄(すぎはら・てるお)さんが28日、前立腺がんがリンパに転移し、大阪・茨木市内の自宅で死去した。74歳だった。小柄な体でプロ通算63勝(海外1勝、シニア6勝を含む)をマーク。98年に前立腺がんであることを公表したが、現役にこだわって手術を拒否し、投薬治療を受けてきた。50年以上にわたりプロの世界で活躍してきた「ゴルフ界のドン」は、昨年6月のミズノオープンよみうりクラシックが最後のツアー競技となった。

 杉原さんの長男でプロの敏一(47)が28日、自宅前で取材に応じ、「昨日の夕方に最後に会った。水を飲ませてくれ。腰を押してくれと言われた」と父との最後の時間を明かした。

 偉大な父が、変わっていった。「水を飲ませたり、車いすを押したりして、お父さんに戻った感じだった」。看病を通じ、同じプロから親子の関係に戻った。ホテルからコースを眺められるツアー開幕戦の東建ホームメイトカップの思い出を「見ていないようで見てくれていた。亡くなってからの方が(天国から)見やすいですね。怖いです」と語った。

 「お疲れ様と、ありがとうと声をかけたい」と感謝を表すと、長男としての自覚を示した。「お母さんにいいところを見せたい」。残された母・玲子さんのためにも父が極めたゴルフ道をまい進する。

2011年12月29日 (09:33)

がん・被災 向き合い生きる/元教員

●三杉本さん、各地で講演 「大人の頑張り、子に見せたい」


 がんを患い、原発事故で避難生活を強いられながらも、講演活動を続けている元中学校教員の男性がいる。病気と闘い、震災を生き抜く姿を伝えていく。


 「大人が乗り越えてきた姿を見て、子どもたちは育っていく。大人ができることをこつこつやっていくことが大事」。三本杉(さんぼんすぎ)祐輝(ゆうき)さん(53)が、集まった人たちに語りかけた。


 東京電力福島第一原発がある双葉町から避難し、今会津若松市の借り上げアパートで家族と暮らす。


 中学校で国語を教えていた。教頭だった8年前、足の痛みが出たのが最初の症状だった。1カ月ほどかけて出た検査結果は悪性リンパ腫。治療と再発の繰り返し。2008年には担当医から「もう治療法がない」と言われ、自宅療養を選んだ。教職も教頭を最後に退職した。この間3回にわたり余命宣告を受けた。


 輸血や骨髄移植で多くの人の「命」を分けてもらった。病院では、知り合った患者から亡くなる前日に「いろいろと話を聞いてくれてありがとう」と感謝された。「生きられなかった人の思いを考えると、命をつなげる生き様を見せなくては」。そんな思いを抱き、09年から本格的に講演を始めた。県内の学校や介護施設などで、これまでに約50回を数える。


 3月11日、次女の中学の卒業式に出席したあと、外出先で地震に見舞われた。自宅は半壊。翌日、古殿町の妻の実家に移った。「放射能が頭のてっぺんまで覆っているような感じで、不安だった」


 5月から講演を再開した。震災と避難の体験をふまえ、語る。「検査結果を待っている時は、はっきりしてくれ、と何度も思った。そうすれば生きる覚悟ができる。がんを宣告され、残された回数券をどう使ってどう生きていくかを考えた。放射能もはっきりしてくれ。進む覚悟が決まれば頑張れる」。三本杉さんは「原発事故と放射能に向き合うため、分かっている事実を知りたい」と説明する。


 かつての教え子の中には、子どもたちを避難させて自分は福島に残る人も多い。「それも子どもを考えての決断。避難しても残っても、互いの選択を認め合い、震災を受けとめて前へ進む大人の頑張りを見て、子どもたちは優しくたくましくなると思います」


 来年1、2月に計3回の講演予定が入っている。   (福宮智代)

2011年12月28日 (22:07)

プロゴルファーの杉原輝雄さんが前立腺がんで死去

プロゴルファーの杉原輝雄さんが、前立腺がんのため28日午前に亡くなりました。74歳でした。

 杉原プロは、1957年にプロ入りし、通算63勝を挙げ、永久シードを獲得するなど活躍。1998年に前立腺がんの宣告を受けましたが、「生涯現役」を貫き、50年以上にわたってプロツアーに参戦。体調が悪化した今年は、試合に出場することなく療養を続け、現役復帰を目指していました。

2011年12月28日 (21:31)

アルゼンチン大統領が甲状腺がん、来月に手術

 【リオデジャネイロ=浜砂雅一】AP通信などによると、アルゼンチン政府は27日、フェルナンデス大統領(58)が甲状腺がんと診断されたことを明らかにした。

フェルナンデス氏は来月4日に腫瘍の摘出手術を受け、その後20日間ほど休暇を取る予定。その間は、アマド・ブドゥ副大統領が職務を代行する。

 フェルナンデス氏は10月の大統領選で再選を果たし、12月10日に2期目をスタートさせたばかり。

2011年12月28日 (20:29)

50年以上現役を続けたプロゴルファー・杉原輝雄さんが死去 74歳

50年以上現役を続けたプロゴルファーの杉原輝雄さんが、28日朝に亡くなった。74歳だった。
杉原さんは、1957年にプロデビューし、歴代3位となる通算63勝を挙げた。
1997年に前立腺がんと宣告されたが、手術は受けず現役を続行。
近年は治療に専念していたが、28日午前、大阪府の自宅で亡くなった。

2011年12月28日 (20:10)

青木功「けんかできず寂しい」杉原さん死去

がんと闘いながら、50年以上にわたって現役を続けた男子プロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、大阪府の自宅で死去した。尾崎将司や青木功、石川遼らが悲しみのコメントを寄せた。


尾崎将司

「長い間の闘病生活はさぞつらかっただろうと思います。ゆっくり眠ってください。杉原さんのゴルフに対する姿勢、偉業は誰もが認めるところ。人に勇気を与えるという点で、杉原さんは一番だった。ご冥福をお祈りします」

青木功の話

「若いころ、ゴルフの厳しさを教えてもらった。闘病後、何度も会っていたが、よく頑張ったと思う。けんかができなくなってとても寂しい。杉原さんから「おまえら頑張れよ」と言われている気がしている。ツアーで唯一の先輩がお亡くなりになり、とても残念に思う」

中嶋常幸の話

「偉大な先輩がまた1人、逝ってしまって残念でなりません。心からご冥福をお祈りします」

石川遼の話

「病と闘いながら現役を貫かれた姿が非常に印象的です。杉原さんのような名プレーヤーと同じ時代にプレーできたことが一番、心に残っています。ご冥福をお祈りします」

松井功・日本プロゴルフ協会会長の話

「小さな体をものともせず、トッププロや海外選手を倒していく杉原さんの姿に、憧れとともに尊敬の念を抱いていました。がんと闘いながらも試合に出続け、数々の記録を樹立されるなど、その不屈の闘志には頭の下がる思いでした」

小泉直・日本ゴルフツアー機構会長の話

「常に第一線でご活躍され、男子ゴルフ界を長きにわたりけん引されたと同時に、その与えた影響はあまりに偉大でした。大変残念でなりません」

2011年12月28日 (20:06)

杉原輝雄氏死去、74歳=がんと闘ったゴルフ界のドン

 がんと闘いながら生涯現役を貫いた男子プロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、前立腺がんのため大阪府茨木市の自宅で死去した。74歳だった。大阪府出身。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れ会を実施する予定。喪主は長男敏一(としかず)氏。

 最近は夕刊紙に「まだ死ねん!」と題したコラムを掲載していたが、11月9日付の59回目に「しんどくて、『もういっそ死んだ方がましや』という状態です」と体調を明かし、「さようなら」と結んで連載を終えていた。

 1957年にプロ転向。62年の日本オープンで初優勝した。160センチと小柄ながら豊富な練習と体力強化、テクニックなどで補い、日本ゴルフ界の第一線で長く活躍、「プロゴルフ界のドン」と呼ばれた。

 98年には前立腺がんになっていることを公表。60歳を過ぎていたため、体力の回復に時間がかかるとして手術を受けず、レギュラーツアーにこだわりながら生涯現役を貫いた。2006年には日本ツアー最年長の68歳10カ月で予選通過を果たした。サム・スニード(米国)が持つ67歳2カ月の米ツアー記録も上回る快挙だった。

 プロ通算63勝。うちシニアで6勝、ゴールドシニア2勝、海外は1勝。レギュラーツアーでは、28勝を1973年のツアー制度施行後に挙げた。昨年6月のミズノオープンよみうりクラシックがレギュラーツアー最後の試合となった。 


[時事通信社]


2011年12月28日 (19:26)

プロゴルファー杉原輝雄氏が死去 がんと闘い、生涯現役

がんと闘いながら、50年以上にわたって現役を続けた男子プロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、前立腺がんがリンパに転移し、大阪府の自宅で死去した。74歳。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行い、後日お別れ会を開く予定。喪主は長男でプロゴルファーの敏一(としかず)氏。

 定時制高校に通いながらゴルフ場の研修生となり、1957年にプロテスト合格。62年の日本オープンで初優勝を果たすと、その後はトッププロとして長年活躍した。プロ通算63勝(海外1勝、シニア6勝を含む)。98年に前立腺がんであることを公表した。

2011年12月28日 (18:14)

杉原輝雄氏が死去 「まむし」と呼ばれプロゴルファー50年以上 74歳、前立腺がん

50年以上にわたって現役を続け、飽くなき勝利への執念から「まむし」と呼ばれた男子プロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)さんが28日、前立腺がんのため死去した。74歳。大阪府出身。葬儀、告別式の日程は未定。

 平成9年に前立腺がんが発見されたが、手術をせず、がんと戦いながら、ツアーに参戦していた。22年春には国内ツアー「中日クラウンズ」に51年連続で出場し、アーノルド・パーマーの持つマスターズ・トーナメント50年連続出場を抜き、同一大会連続出場の世界記録を更新した。だがその年の夏、がんが転移し、治療に専念していた。23年は貧血や微熱が続き、中日クラウンズを欠場し、記録は51年連続で止まった。

 小学生のときに大阪府茨木市の茨木カンツリー倶楽部(CC)で、キャディーのアルバイトを始め、中学を卒業すると同CCに就職。夜間高校に通いながら、研修生として腕を磨き、昭和32年、プロテストに合格した。初優勝は昭和37年の日本オープン。身長160センチと小柄なプロゴルファーだったが、飛距離が劣る分、アプローチ、パッティングの精度を高めるため、他の選手があきれるほど練習した。また長尺ドライバーの使用、がん発覚後は加圧トレーニングを行うなど、体格的なハンディを補うため、さまざまな工夫をしていた。平成18年の「つるやオープン」では、レギュラーツアーでの世界最年長予選通過記録(68歳311日)を達成した。

2011年12月28日 (17:02)

がんと闘いプレー 杉原輝雄さん死去

がんを患いながらもプレーを続け、日本の男子プロゴルフ界で50年以上現役選手として活躍してきた杉原輝雄さんが、28日午前、がんのため、大阪・茨木市の自宅で亡くなりました。74歳でした。

大阪府出身の杉原さんは、20歳のときにプロテストに合格し、昭和37年には国内の男子ゴルファー日本一を決める「日本オープン」で初優勝しました。豊富な練習量に裏打ちされた正確な技術と粘り強いプレーでその後も優勝を重ね、海外やシニアの大会も含め、50年以上の現役生活で通算63勝挙げるなど、長年、日本のゴルフ界を引っ張ってきました。一方で杉原さんは、60歳のときに、前立腺がんであることを診断されましたが、手術をせずに投薬治療を受けながらツアー出場を続けてきました。5年前には国内ツアーの最年長記録となる68歳で予選通過を果たし、がんの転移が分かったあとも、「生涯現役」をモットーに大会への出場を続けました。しかし、ことしに入って体調が思わしくないとして、51年連続で出場していた4月の国内ツアーの大会出場を取りやめていました。

杉原輝雄さんが亡くなったことについて、プロゴルファーの青木功さんは「ツアーで唯一の先輩だった杉原さんがお亡くなりになり、とても残念に思う。杉原さんには若いころ、ゴルフの厳しさを教えてもらった。けんかができなくなってしまってとても寂しい。闘病中、何度も会っていたが、よく頑張っていたと思う」というコメントを出しました。

プロゴルファーの尾崎将司選手は「長い闘病生活はさぞつらかったことと思います。杉原さんのゴルフに対する姿勢と偉業は、誰もが認めるところです。本当の意味で人々に勇気を与えるということでは杉原さん、あなたが一番でした」という談話を発表しました。

プロゴルファーの中嶋常幸選手は「偉大な先輩がまた1人逝ってしまって、残念でたまりません。心からご冥福をお祈りいたします」というコメントを出しました。

 

2011年12月28日 (15:20)

プロゴルファー杉原輝雄さん死去

「日本プロゴルフ界のドン」の異名を持つプロゴルファーの杉原輝雄さんが28日朝、前立腺がんのため死去した。74歳だった。

 大阪府出身の杉原さんは、キャディーのアルバイトでゴルフと出合い、1957年にプロ入り。通算63勝している。1973年のツアー制施行後の28勝で、日本に7人しかいない永久シード選手となった。

 1997年に前立腺がんの告知を受けたが、その後も治療をしながらツアーへの出場を続けた。2007年のつるやオープンでは68歳10カ月と世界最年長でレギュラーツアーの予選を突破。また昨年の中日クラウンズで同一大会連続出場世界記録(51回)を達成した。

 通夜、告別式は近親者のみの密葬で執り行い、後日お別れ会を実施する予定。

2011年12月28日 (14:17)

杉原輝雄氏が死去 がんと闘い、生涯現役

がんと闘いながら、50年以上にわたって現役を続けた男子プロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)氏が28日午前8時30分、前立腺がんがリンパに転移し、大阪府の自宅で死去した。74歳。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行い、後日お別れ会を開く予定。喪主は長男でプロゴルファーの敏一(としかず)氏。

 定時制高校に通いながらゴルフ場の研修生となり、1957年にプロテスト合格。62年の日本オープンで初優勝を果たすと、その後はトッププロとして長年活躍した。プロ通算63勝(海外1勝、シニア6勝を含む)。98年に前立腺がんであることを公表したが、現役にこだわって手術を拒否し、投薬治療を受けながらプレーした。

 160センチと小柄で飛距離のハンディを、正確なショットやパットで補った。度重なる故障や病気を強い意志で克服。試合に出場するたびにツアーの最年長出場記録を塗り替えてきた。2006年4月のつるやオープンでは68歳10カ月で予選を通過し、米ツアーでサム・スニード(米国)が持つ67歳2カ月の記録を上回った。

 10年4月に中日クラウンズで51年連続出場を果たし、アーノルド・パーマー(米国)のマスターズ・トーナメント50年連続出場を抜いた。

 ことしは試合に出場できず、転移したがんの治療のため、入退院を繰り返していた。

2011年12月28日 (13:45)

前立腺がん治療 日中協力で新たなステージ……最後の1本が救った命

  「これまで何回も検査したけど、ずっと自分は癌かもしれないと悩み続けてきました。今回、日本人の先生に診てもらって、ようやくはっきりした」そう述べたのは、JICA協力をとおして、前立腺がんの診断を受けた70歳代の中国人男性。この日、ひとりの命を救ったプロジェクトがあった。

  前立腺がんは三波春夫さんや間寛平さんなど著名人の罹患により、昨今、日本では知名度が向上している男性特有の病気で、男性がんの中で患者数が第1位に急増している。ここ中国でも中高年男性の間で患者数が増加傾向にあるが、まだまだ対応が遅れているのが実状だ。

  前立腺がんは進行するまで自覚症状がほとんど無いため、発見が遅れることがしばしば。そのため、定期的な健康診断を通して、PSA(前立腺特異抗原)という腫瘍マーカーを測定する血液検査を行い、早期発見・早期診断を促進することが、死亡率を下げる効果的なアプローチになっている。いまから10年前、JICAはこの早期発見・早期診断のための技術協力プロジェクトを中国の吉林大学と実施した。

  プロジェクトを通し、診断・治療技術の向上が果たされた。しかしながら、その後もPSA検査が通常の検診項目に含まれることはなく、吉林大学は検診者数の伸び悩みに頭を抱えてきた。「プロジェクトの成果をなんとかもっと拡大したい!」という関係者の想いが一致し、JICAでは今年、フォローアップ協力として、10年前に導入した早期発見・早期診断の技術を全国レベルで主要な病院に普及し、検査データの収集を加速化する取り組みに乗り出した。科学的根拠となる検査データが集まれば、医療政策や制度の改訂も夢ではない。

  こうして、2011年10月中旬、本分野で日本国内トップの技術を誇る岡山大学から講師派遣の協力を得て、普及研修が開催された。前立腺がんの確定診断となる「超音波ガイド下の針生検」の技術については、参加研修員の見守る中、岡山大学那須教授がデモンストレーションを実施。この検査では病変が疑われる部位を超音波装置で確認しながら、肛門から前立腺の数か所に針を刺し、組織片を採取する。

  この日の予定は針10本。「1本目、いきます」という那須教授の合図に、緊張の空気が張り詰める。2本目、3本目・・・針生検は順調に進んだ。予定の10本が終了したとき、事前にMRIの画像を確認していた那須教授は、「このあたりも怪しい」として、急きょ最後に針を1本追加した。すると、なんとこの最後に追加した1本からのみ、病理診断により「がん細胞」が発見され、前立腺がんの確定診断がついたのだ。

  この患者さんは過去3度もの針生検を受けたが、結果はいずれも陰性。幸い、今回の発見は根治可能なステージであり、那須教授の「針追加」の判断が、この患者さんの命を救った。豊富な臨床経験に裏付けされたこの技術力は、研修参加者から大きな称賛を受け、早期発見・早期診断に対する認識を高める出来事ともなった。

  「日本人医師はわれわれに新たな認識をもたらしてくれました。この日中協力を礎として、中国の前立腺がん対策をリードしていきたい」とは、吉林大学白求恩医学院・孫連坤院長の声。前立腺がんは日本でも患者が急増しており、様々な研究が展開されている病気。同じアジア人として、近隣国である中国のがん発生動向やデータ解析は、日本にとっても貴重な情報源となる。今後、今回のフォローアップを契機として、本分野での日中間の連携を促進し、WIN-WIN関係の構築を後押していきたい。(執筆者:小田遼太郎・国際協力機構(JICA)中国事務所 編集担当:水野陽子)

2011年12月28日 (12:17)

甲状腺がんで来月手術=アルゼンチン大統領

 【サンパウロ時事】南米アルゼンチンの大統領府は27日、フェルナンデス大統領(58)に甲状腺がんが見つかり、来年1月4日に手術を受けると発表した。リンパ節などへの転移はないという。
 大統領は今月10日、2期目に入ったばかり。夫のキルチネル前大統領は昨年10月、心臓発作で急死している。

2011年12月28日 (11:19)

社説:がん患者支援 支え合う場の充実図れ

 14年連続で全国ワーストとなった本県のがん死亡率の改善に向け、県はがん検診の受診率向上の啓発運動に取り組んでいる。検診による早期発見・早期治療が、がん対策の鍵を握っていることは言うまでもない。さらには実際にがんになった人やその家族が、がんを乗り越えていくための支援策も重要だ。

 患者・家族への支援を進める上で欠かせないのが、患者団体との連携だろう。だが、資金やマンパワーが不足している団体は多い。患者らが支え合う団体の力を生かして対策を加速させるためにも、きめ細かな支援体制を構築する必要がある。

 県内の患者団体関係者の中には「がんは周囲に知られたくない病気という風潮が今もある」と指摘する人もいる。がんを告知されたり、手術を受けた患者や家族は精神的、経済的にも苦難と孤立に陥りがちだ。求められるのは、患者・家族が悩みや不安を気軽に相談できる場を提供し、場合によってはメンタルケアを受けたり、社会復帰や社会参加を促す手だてを拡充することである。

 本紙くらし欄に22回にわたって連載した「がんと生きる」では、7人の患者を紹介した。乳がんの手術後、抗がん剤の副作用で欠勤しがちになり、職を失った女性。やはり乳がんの手術後、うつ病の診断を受けた女性。定年退職後の16年間、検診を受けず、前立腺と大腸のがん手術を受けた経験から、検診の大切さを訴える会を設立した男性。身の回りの世話を頼める身内がいないため、入院もままならなかった独り暮らしの男性—。

 手術が成功しても転移するのではないかという不安を抱え、生きる支えをどうやって見つけたらいいのかと悩む患者やその家族の心の内は、当事者でなければうかがい知れないものがある。患者団体は、同じ経験を持つ者同士で悩みや不安を語り合い、互いに励まし、支え合う大きな力になっている。

 県はこれまでも、がん患者やその家族などを対象にした研修会の開催や、県患者団体連絡協議会「きぼうの虹」の活動への助成などを行ってきた。県が今年8月に策定したアクションプランによると、患者や家族が相談できる「がんサロン」を、2009年度の県内2地域から12年度末までに8地域に、患者や家族の交流の場を7病院から11病院に増やすことにしている。これらの施策を着実に進め、患者・家族が支え合える体制を各地域に早期に整備してほしい。

 さらに、がん検診の大切さを広く県民に訴える上で、患者・家族の経験に基づく言葉や、がんと向き合いながら前向きに生きる姿は大きな説得力を持つはずだ。周囲との間に「壁」を感じるがん患者とその家族は少なくないだろう。その「壁」を取り除くためにも、患者・家族を交えて多くの県民ががんについて考え、理解する機会を県は増やしていくべきである。

2011年12月28日 (10:56)

「肝臓がん」に取り組む寄付講座 県が佐賀大学と協定

佐賀県は佐賀大学医学部と連携し、死亡率全国ワーストワンが続く肝臓がん対策に取り組む寄付講座を来年1月から設置する。講座では専従の医師らが肝疾患の研究を進めるとともに、医学部内に新設する「肝疾患センター」を軸に県内医療機関のネットワークを構築する。佐賀大で27日、協定締結式が開かれた。

 

 寄付講座は学外からの寄付金で研究の活性化を図る制度で、県と佐賀大では地域医療支援、重粒子線治療に続き3講座目。今回の設置期間は2014年度末までで、1億750万円を寄付する。

 

 講座では専従の医師3人を雇用し、新設する肝疾患センターで患者の検査結果や診療内容をデータベース化して一元管理する。それを参考に、専門医がいる県内8カ所の専門医療機関と、各市町のかかりつけ医のネットワークを整備。患者が県内のどこで受診しても、適切な治療を提供できる仕組みを構築する。

 佐賀大によると、県内の肝がん患者の9割をB、C型ウイルスキャリアが占めるが、自覚症状がないため、検査を受けない人や陽性であっても放置して肝硬変や肝がんに進行するケースが多いことが課題となっている。

 

 対策として、8カ所の専門医療機関と50カ所のかかりつけ医で、1人ずつ看護師や保健師を「肝炎コーディネーター」として養成。コーディネーターはウイルス検査を勧めて患者を掘り起こし、陽性者には治療を働きかける。

 

 2010年の人口10万人当たりの肝がん死亡率は全国平均25・9人に対し、佐賀県は41・1人。12年連続でワーストワンを記録している。

 

 協定を結んだ古川康知事は「時限的な講座だが、これを契機に医療体制を構築し、死亡率の改善につなげたい」と述べた。佛淵孝夫学長は「肝がんをターゲットに絞った今回の取り組みは成果が分かりやすい。汚名返上のため、県内の全医療機関で取り組んでいく」と意気込みを示した。

2011年12月27日 (22:05)

新潟大学病院が検査ミス がん再発見逃し

 新潟大学医歯学総合病院は、手術後の検査ミスにより男性患者2人の肝細胞がん再発を見逃したと発表した。患者は現在も通院治療を続けており、病院は慰謝料などの賠償を検討している。

 同病院によると、2人は07年と08年にいずれも肝細胞がんで手術を受けた。手術後は、学会ガイドラインが推奨するコンピューター断層撮影(CT)などの画像診断をせず、3カ月ごとの血液検査のみで経過を確認していた。

 1人は同病院の血液検査、もう1人は他の病院の画像検査でがん再発が見つかった。

 同病院は「画像診断をすれば再発を早期発見できた可能性がある」と説明。担当していた消化器外科の50代男性医師の知識不足が原因として、複数の医師が治療方針などの情報を共有する仕組みをつくるという。

 [2011年12月27日21時40分]

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