ガン完全克服マニュアル

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2017年06月30日 (14:51)

麻央さんブログを英訳し世界に発信 海老蔵「想いが届きますように…」

歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が6月30日、自身のブログを更新し、最愛の妻・小林麻央さん(享年34)のブログ『KOKORO.』を英語に訳して世界中の人へ届けることを報告。「世界中の私たちと同じように乳がんで苦しんでいらっしゃる方やそのご家族の力に少しでもなれたら」とメッセージした。


海老蔵は「まおのことやブログに、日本だけでなく海外の方も関心を持っていただいていると聞きました」と明かし「世界中の私たちと同じように乳がんで苦しんでいらっしゃる方やそのご家族の力に少しでもなれたらと まおが綴った日々のブログを英語に訳して世界中の方に読んでいただければと思いました」と報告。

 「これもブログを通してまおがやりたかったことかなと思ってます」と麻央さんの思いを代弁し「まずは毎日すこしづつまおのブログにあげていきます。新しいブログを準備していますので、それができたらそちらにうつします」と伝えた。

 続けて「病でありながら世界中の方の心を動かす。本当に偉大な妻です」と改めて麻央さんの存在について語り「よろしくお願いいたします。今夜から頑張ってみます。世界の方々へ麻央の想いが届きますように…」と切に願っている。

 ブログは昨年9月1日に開設。麻央さんは「なりたい自分になる」のエントリーで初投稿。新設した経緯として「癌の陰に隠れないで」と先生に励まされたことを明かし「ブログという手段で陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました」と前向きな思いを伝えていた。

 6月20日まで、合計で352回投稿。今もなお「沢山の勇気をありがとう」「麻央ちゃんの一言一言に勇気や元気を もらいました」「あなたの魂は永遠に生き続けます 最後まで やさしい笑顔 強いKOKOROをありがとうございました」など、追悼や感謝の思いが届いている。最後の投稿には、6万9491コメント、2512のリブログ、いいね!26万1652
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2017年06月30日 (14:42)

海老蔵 麻央さんの後押しでブログ始め、好意的な反応に衝撃


乳がんで亡くなった市川海老蔵(39才)の妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)。3年近い闘病中、麻央さんの命は何度も尽きかけようとしたという。当初は昨年夏が1つの山といわれていた。今年5月上旬にも危篤状態に陥ったことがあったという。それでも、麻央さんの命の灯火がここまで消えなかったのは、麻央さん自身の強い意志と海老蔵の尽力のたまものだった。
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「麻央さんは、高濃度水素水を使った『水素温熱免疫療法』や食事の代わりにオーガニックの野菜や果物のみを使ったジュースを飲む『ジュースクレンズ』など、がん治療に効果があると聞けば何でも試していました。酵素を加えたヒノキのおがくずや米ぬかに、砂風呂のように入浴する『酵素風呂』ががんに効果があると聞けば、そのためだけにマンションの一室を借りて自作したほどです。元千代の富士(享年61)や樹木希林さん(74才)が通った鹿児島のがん専門クリニックにも治療を求め、ニューヨーク在住の日本人医師に何度も相談するなどあらゆる手を尽くしていました」(芸能関係者)
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 その行動の陰には麻央さんへの海老蔵の深い愛があったに他ならない。
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「どんな奥さん? ぼくを変えた奥さんなんじゃないですか」
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 6月23日の会見で、海老蔵は涙ながらに麻央さんのことをそう評した。
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 歌舞伎の超名門・成田屋の跡取りとして生まれた海老蔵は若かりし頃、ワガママで礼儀知らずの面ばかり知られた。
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「暴飲暴食も激しく、夜の街でひたすら遊びまくる日々を過ごしていました。歌舞伎に対しても真摯な態度ではなく、父親の十二代目・市川團十郎さんとの確執もあった。2010年3月に麻央さんと結婚してからも海老蔵さんの生活態度は改まりませんでした」(海老蔵の知人)
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 結婚から1年も経たない2010年11月、海老蔵は西麻布で暴行事件に巻き込まれ、顔面に全治2か月の大けがを負う。世間ではこの事件を転機に痛い目を見た海老蔵が心を入れ替えたとされるが、実情は違うという。

「実は事件後も海老蔵さんが飲み歩くことはたびたびありました。でもそんな海老蔵さんを麻央さんは決して咎めず、“それが歌舞伎に必要だと思うなら、私はあなたを信じます”と伝えました。それまで、そんなことを言われたことのなかった海老蔵さんは深く心を動かされて、そこからみるみる変わっていきました」(前出・知人)
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 今でこそたくさんの読者を集める海老蔵のブログも、始めるきっかけは麻央さんの後押しだったという。
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「以前から何かとお騒がせでバッシングを受けることも多かった海老蔵さんは、世間に対して“みんな敵だ”と決めつけていたフシがあった。ところが、いざブログを始めてみると、好意的なコメントが多く並んだんです。それが海老蔵さんにはかなり衝撃的だったみたいです。海老蔵さんは、新しい世界に触れる機会を提供してくれた麻央さんに本当に感謝していました。人からの見え方を意識するようになったことで、海老蔵さんは歌舞伎俳優としても一皮むけた。今では未来の歌舞伎を一身に背負っていくべき存在にまでなった。麻央さんは“十三代目・市川團十郎”の自覚をもたせたんです」(前出・知人)
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 6月26日、日本テレビ系で放送された麻央さんの追悼番組を見ながら、海老蔵はブログでこうつぶやいた。
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《まお、…あいたい、あいたいよ、おれ、がんばるよ》
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 麻央さんが注いだ深い愛情は、多くの人の心の中に残り続ける。
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※女性セブン2017年7月13日号

2017年06月30日 (14:30)

海老蔵が宙乗り安全祈願の写真アップ「ママ見てる」

歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)が30日朝、ブログを更新し、長女麗禾(れいか)ちゃん(5)と長男勸玄(かんげん)くん(4)と3人で寝た中、22日に乳がんで亡くなった妻小林麻央さん(享年34)と4人で寝ているような、魂が1つになる感覚があったとつづった。
「今日は麗禾もカンカンも私の隣で寝てました。右に寝返るとカンカン、左に寝返ると麗禾、二人の寝息と共に寝てました。きっと麻央もいたと思います。思えば四人で寝たことは本当に指で数えられる数しかないです、、でも今は魂が四人とも1つ、そう思ってます」

 海老蔵はこの日も、朝からバランスボールに乗り、体幹トレーニングに汗を流した。その中「日々の積み重ね。心身共に限界に近く追い込まれています。そういう時にこそ積み重ね 新しい発見をする きっと麻央もそれを望んでいると信じて日々を積み重ねます」と本音を吐露した。

 また前日29日に東京・歌舞伎座で行った「七月大歌舞伎」(7月3日初日)の安全祈願修祓(しゅうばつ)式について掲載した、30日付日刊スポーツ本紙を撮影した写真をアップした。「勸玄くん、ママみててね 海老蔵と宙乗り安全祈願」という見出しを引き合いに「ありがとうございます ママみてるよ。来月共に高く飛びます。ママが見やすいように高く高く」(コメントは全て原文のまま)と、勸玄くんが夜の部「駄右衛門花御所異聞」で挑戦する史上最年少の宙乗りを、旅立った麻央さんも見えるように高く飛んで成功させることを固く誓った。

2017年06月30日 (14:18)

"がんハラスメント" ある女性の壮絶人生 上司から毎日「辞めてくれ」 あなたの職場は? 北海道


 医療の進歩により生存率が向上し、がんと共に働く時代へ。仕事をしながら通院するがん患者は、全国で約32万5000人に上ると推計されています。

 しかし、その一方で解雇や退職を迫られる「がんハラスメント」に悩む患者も…。治療と仕事を両立するため社会はどう変わらなければならないのでしょうか?

 子どもから大人まで笑顔になるお弁当。

 「お弁当に合うハンバーグの作り方と"どこでもゆきちゃん"っていうのを作ります」

 札幌市内で、毎月開かれている「キャラ弁教室」。講師は、全国各地で教室を開き、大手弁当チェーン店のメニュー開発なども手がける、フードクリエーターの大島愛子さん(51)。

 フードクリエーター 大島愛子さん:「親子の笑顔を広める活動を"命途切れるまで"一生懸命やっていきたい」

 30代で家族と別居。離れ離れになった、わが子に届けるため作り始めたキャラ弁。そこには、壮絶な人生模様がありました。

 「何度かお手洗いで吐血をして。背中から手を突っ込まれて、ギューってねじられるような痛みで気絶するんです…。これは普通ではないって思って検査に行ったら、間違いなく"スキルス"ですと」

 10年前、見つかった「スキルス胃がん」。胃壁を這うように広がる、進行が早いがんですが、幸い「早期」の段階でした。

 しかし当時、岐阜県で事務員として働いていた大島さんは、会社に「治療のため仕事を休ませてほしい」と伝えると…。

 「『辞めてくれ』っていうのを就労時間過ぎてからですね、言われるんですよ、何日も何日も」

 会議室に、代わる代わる上司が入ってきては、耳を疑う言葉が飛び出します。

 「『あなたは、まだ若いからこれで多分"見納め"でしょ』って言われて、『新しい事務員さん雇わないと、うちもね、困るから、自主退職してくれ』って…。『自主退職しなかったら退職金も出さないから』って」

 何より傷ついた「見納め=死ぬんでしょう? 」という言葉。

 結局、手術2日前まで、仕事の引き継ぎに追われ、治療後、弁護士に相談したものの、再び会社に足を踏み入れることは、ありませんでした。

 「あの時は仕事を無くし、家族も無くして、ベランダから飛び降りようと思ったんです。生きる道を見つけたのがこのキャラ弁だったので…。誰かが誰かを幸せにするツールを教えられるっていうのは、生かされた私の使命なんだなって思っている」

 厚労省の「治療と就労の両立に関する」調査によると、大島さんのように、がん診断後に「退職や異動した人」は37%。そのうちの4割は「会社からの指示」で、解雇や降格させられるケースも少なくありません。

 がん患者の就労問題に取り組む、社会保険労務士の市村通乃(ゆきえ)さん。北海道の企業にも「がんハラスメント」は存在するといいます。

 社労士 市村通乃さん:「私が一番聞いてびっくりしたのは、その方が仕事に復帰して一年経った後、周りの従業員の方が全員、連名で署名して、『○○さんを仕事続けさせるんだったら、私たちみんな辞めます!』って、社長にそういう文書を出したっていう話を聞いた」

 治療で、休みがちな従業員の仕事をカバーするため、増える同僚たちの負担。社長の結論は、がん患者の従業員を解雇。新たに健康な従業員を雇用したといいます。

 「がんを患っても、仕事を続けられるって変わってきたのは、医療の変化だと思うんです。"仕事をしながら治療すること"に対しての、企業側の体制がまだついてきてないのか、とは思います」

 進歩する医療と、理解が遅れる社会とのギャップ。

 国は2016年12月、「改正がん対策基本法」に『事業主はがん患者の雇用継続に配慮するよう努める』ことを新たに盛り込みました。

 そんななか、北海道でも「がん対策」に取り組む企業が少しずつ増えてきています。

 恵庭市にある恵庭建設。2年前から、人間ドッグやがん検診費を助成するなど、社員の一歩進んだ健康管理を行っています。

 恵庭建設 中川則佳常務:「たまたま、社員の一人が人間ドックに初めて行って、がんが見つかった、という事例があったんですよ」

 当時、大規模な建設現場の管理者をしていた50代の社員に見つかったのは、比較的病状が進んだ「腎臓がん」でした。

 がんが見つかった50代の社員は、まず所属する建築部の上司に相談、面談が行われました。

 恵庭建設 中川則佳常務:「本人の病状とか、あるいは、『もし入院したら、入院期間このくらいになるよ』という話から、『もし復職した時に、その現場の対応ができるかどうか』と。やっぱり(話し合いの)前提はずっと勤めてもらいたいという前提ですね」

 しかし手術後、体力が低下。今まで通りの現場仕事は難しくなってしまいます。そこで再び話し合い、働き続ける最善の方法を考えることにしました。

 松本裕子キャスター:「Q. まず始めに、どういうふうに復帰された? 」

 恵庭建設 中川則佳常務:「まずは内勤からのスタートですね。体にあまり負担かけないように」

 ベテランの経験を生かし、見積もりなどの事務的な仕事からスタート。その後、本人の希望で建設現場に復帰しますが、体調を崩し、再び休養することになってしまいます。

 「ちょっと無理させられないな、という建築部長の判断で、また内勤でいてもらって。その時、たまたま別な社員が(がんになった男性の)現場の代わりに。ま、担当者の変更ですね」

 体調に合わせて勤務時間や内容を変更。業務に支障が出ないように、まわりの社員もサポートしました。現在は、負担の少ないリフォームなどの現場を任されています。

 "がん"になっても働けますか?

 仕事と治療の両立には、会社とそこで働く全員の意識改革が"かぎ"を握るといいます。

 恵庭建設 本荘武則社長:「いわゆる理解の促進ですよね。安心して周りで"理解してますよ"と、そういった意味でコミュニケーションが大切。(人材が)欠けた方がデメリットになります。会社としては"人が財産"ですよ」
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UHB 北海道文化放送

2017年06月30日 (14:02)

劉暁波氏「がん全身転移」 中国、国外治療を拒絶 支援者、対応を疑問視


【北京=西見由章】ノーベル平和賞受賞者で服役中に末期がんと診断された中国の民主活動家、劉暁波氏(61)と妻が申請した国外での治療について、中国司法省が拒絶したことがわかった。関係者が明らかにした。一方、中国当局は29日までに「原発性肝臓がんが全身に転移している」との診断結果を発表。刑務所での綿密な定期検査や専門家らによる集中治療など適切な対応も強調したが、劉氏の支援者からは疑問の声が上がっている。

 関係者によると、劉氏は3月、心身の不調を訴えていた妻、劉霞氏の提案に応じて出国に同意。北京のドイツ大使館が受け入れ姿勢を示し中国側と交渉していたが、中国司法省は出国を認めない意向を劉霞氏に伝えた。在米華字サイトの明鏡網によると、当局側は国家政権転覆扇動罪に問われた劉氏が罪を認めていないことと、病状が急激に悪化しており長時間の移動に耐えられないことを拒否の理由に挙げたという。

 一方、劉氏が病院で治療を受けている遼寧省瀋陽市の司法局は声明を発表し、5月31日の定期健診で臓器に異常が見つかり、病院移送後の6月7日に診断が確定したと状況を説明。専門家チームが策定した計画に基づいて治療を進め、家族の要望を受けて漢方医も治療に加わったとしている。劉氏と家族が当局側による診療に「満足している」とも強調した。

 インターネット上では28日ごろ、劉氏が刑務所内で健診を受ける様子などをまとめた約3分間の動画が投稿された。当局側が編集、公表したとみられる。

 当局側による一連の“情報公開”は、劉氏に適切な治療を受けさせず病状を悪化させたとの国内外の批判をかわすのが目的だ。

 ただ劉氏の支援者は「当局が言うように完全な検査が行われていたならば、肝臓がんの兆候は早期に検出できたはずだ」と指摘。「末期の肝臓がんが突然判明するということは理屈に合わない。少なくとも職務怠慢であり、謀殺の可能性もある」と不信感をあらわにした。
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2017年06月30日 (13:50)

【GOLF】L.トンプソン「母は子宮ガンを患っている」 M.プレッセルに感謝

レクシー・トンプソン(米)は現在開催されているKPMG女子PGA選手権(イリノイ州のオリンピアフィールドCC)第1ラウンド後の会見で「母(ジュディーさん)は子宮ガンを患っている」と語った。

「母はどんなことがあっても負けない強い女性で、常に私のロールモデル。”愛しているから試合に出てベストを尽くしなさい、それがあなたの出来る事でしょ”といつも励ましてくれる」

 ジュディーさんは約3週間前に腫瘍摘出の手術を受け、先週は娘と一緒に実家のフロリダ州コーラルスプリングスで過ごした。しかしジュディーさんがガンを患うのは初めてではなく、10年前には乳ガンを患っていた。「その時は早期発見だったから大丈夫だったけど、私がまだ幼かったからすごく不安だった」とトンプソンは当時の心境を語った。

 また今回、ライバルであり友達でもあるモーガン・プレッセル(米)がジュディーさんに合う最高のドクターを紹介したそうだ。モーガンは乳ガンで母親を亡くした経験から財団を立ち上げ、乳ガン患者やその家族を支援している。トンプソンは「モーガン、本当に本当にありがとう」と感謝の意を表した。

 最後にトンプソンは「ゴルフをプレーすることで心をリセットできる。時々イライラさせられるけど大丈夫。家に帰ったら母との時間を大切にしたい、もちろん練習もするけど。バランスよく過ごしてハッピーでいたい」とコメントした。

 第1ラウンドを終え、現在の順位は1オーバー暫定23位タイ。今季メジャー初戦 ANAインスピレーションでは4打罰を受けて敗れたこともあるが、今回はジュディーさんのためにもメジャータイトルが欲しいところだ。

2017年06月30日 (13:04)

「睡眠負債」がたまると肥満やがんリスクにつながる恐れ

2017年06月29日 (11:40)

麻央さんが果たせなかった夢「いつか黒木奈々さんと…」

ジャーナリスト・斉藤勝久

 がんとの闘いの日々をブログで発信し続けた小林麻央さんが、34歳の若さで亡くなりました。生への叫び、家族への愛、回復の喜びと死の予感――、などが正直につづられたブログは大きな反響を呼びました。

 私も麻央さんのブログが昨年9月1日に始まって以来、愛読していた一人です。読み続けているうちに、麻央さんがご自分と極めて似た経歴、闘病体験を持つ、ある方に親近感を持っていたことに気付きました。2年前(2015年9月)に胃がんのため、32歳で亡くなったフリーアナウンサー、黒木奈々さんです。

 麻央さんはブログ開始から1か月後の2016年9月30日、「いつか」というタイトルでこう書いていました。

<今日は、

報道番組のキャスターをされていた

黒木奈々さんのことを

想っていました。



同じ事務所で、

同じ1982年生まれ

同じ上智大学出身



そして同じ時期に癌で闘っていました。



元気になったら

いつかお会いして、

お話したいなと

思っていました。



でも、

黒木奈々さんは亡くなられて、

その、いつか、は叶えられませんでした。



ご本人にも何も

伝えられませんでした。



今も、時々、黒木奈々さんを

想います。>                (後略)
.

極めて似た体験を重ね、同じような思いを残し…

 黒木さんは2014年3月、31歳でNHK BS1の国際報道番組のメインキャスターになりましたが、そのわずか4か月後に胃がんと診断されました。同年9月にはがんを公表し、胃の全摘手術を受けた後、激痛や抗がん剤の副作用に耐え、翌15年3月に週1日の限定ながら番組への本格復帰も果たしました。その体験を詳しく記した著書が話題になりましたが、病状が再び悪化し、この年の9月に多くのファンに惜しまれながら亡くなりました。

 私は黒木さんの亡くなる2か月前に、読売新聞夕刊の連載闘病記「一病息災」の取材で、1時間半余の インタビュー を行いました。

 麻央さんと黒木さん――。30歳代前半の若いがん闘病者となったお二人が対面することはありませんでしたが、極めて似た体験を重ね、同じような思いを残していったことに私は驚かされました。

 医師から、開腹手術と胃の全摘を告げられた黒木さんは、「一晩泣き続けた後、今は仕事より、病気と闘うことを考えよう。未来のことは、未来の私にまかせればいい。今を生きてさえいれば、なんとかなると思いました」と語っていました。その思いが著書『未来のことは未来の私にまかせよう』(文芸春秋)となっています。

 一方、麻央さんは昨年の暮れ、体調が悪化して入院した後、16年12月20日のブログ「体力回復に向けて」でこう書いていました。

<入院中。



本当は自宅にいたかったので、

気力で復活させようとしてきたのですが、



「今は、がんばる時ではないよ。

医療の力を借りて、回復させよう。」



と主治医の先生に言われ、

ここ最近の踏ん張りを

一度、休止することにしました。



入院しようと何度か言われても



「負けてたまるかー」と

謎のひとり勝負を続け、



そして今になり、あっけなく入院。>         (後略)

同じ目標を持つように

 幼い我が子や愛する夫と離れるのはつらかったでしょう。いつ帰れるかわからないまま入院となり、年を越すことになりました。

 やがて苦しい体験を経た、麻央さんと黒木さんは全く同じ目標を持つようになりました。

 黒木さんは筆者とのインタビューで、「人に伝える仕事をしているので、病気にならないとわからないことを多くの方に伝えていきたい。それが若くして病んだ自分の存在意義だと思っています」と言っていました。

 麻央さんの場合も、「元気になったら、彼女は自分が歩んできた乳がんやそれに伴う病について、多くの人の救いになれるような存在になりたいと、一生懸命、闘病していました。それでブログも始めたのです」と、夫の市川海老蔵さんが6月23日の記者会見で語っています。

 さらに闘病の苦労やつらさについても同じ感想を述べています。

 次々と襲ってくる病魔について黒木さんは「頑張っても頑張っても、次から次に大きい壁が来て、疲れました」と友人にメールしていました。麻央さんも同じように、「越えてもまた壁で疲れます」ということを漏らしていたそうです。

 お二人とも在宅療養のために退院し、ご自宅に戻りました。もちろん、あきらめた結果ではなく、最後まで生き続けようという執念に燃えてのことでした。黒木さんはもう一度、自分がキャスターをしていた番組への復帰を目指し、麻央さんは幼い我が子2人のために闘っていたと思います。

 最期の時を迎え、黒木さんも麻央さんも家族、肉親への感謝の気持ちと深い愛情を、それぞれの短い言葉に込めました。

 闘病中、ずっと一緒に過ごしてくれたご両親に「お父さん、お母さん、大好きだよ」とメッセージを遺(のこ)した黒木さん。そして麻央さんは息を引き取る瞬間、海老蔵さんに一言「愛してる」と言ったそうです。

 あちらで初めて対面した麻央さんと黒木さんは、何を話しているのでしょうか。
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斉藤勝久(さいとう・かつひさ)

読売新聞東京本社社会部などを経て、1994年に半年ほど、医療部の前身の「健康・医療問題取材班」に参加。60歳で定年退職の後、シニア記者として2013年から医療部に在籍。「一病息災」のほか、健康・医療情報の連載「元気なう」、読者投稿「わたしの医見」などを担当。16年6月、シニア定年で医療部を卒業。翌7月からフリーで執筆活動中。

2017年06月29日 (11:11)

小林麻耶、麻央さんは「そばにいてくれているのかな。ありがとう」

 22日に亡くなった小林麻央さんの姉でフリーアナウンサーの小林麻耶(37)が29日、自身のブログを更新。麻央さんについて「私のことが心配で、そばにいてくれているのかな。ありがとう」と思いをつづった。
 麻耶は「おはようございます!」のタイトルで記事をアップし、「たくさんのコメントありがとうございます。ブログの存在に支えられています。ありがとうございます」と励ましのコメントを寄せる読者に感謝。

 麻央さんが亡くなって1週間。「新しい一日が始まりました。時が過ぎていく実感はないのに、確実に日は進んでいるんですよね」とつづり、「妹はどこか遠くの病院に入院していて、今は会えない…そんな感覚になっています。私のことが心配で、そばにいてくれているのかな。ありがとう」と妹に呼びかけた。

2017年06月29日 (10:58)

優しさは母・麻央さん譲り…麗禾ちゃんが書いた“七夕の願い

6月22日に亡くなった小林麻央さん(享年34)。夫・市川海老蔵は23日の会見で「麗禾はずっと麻央のそばを離れませんでした。勸玄は今日の朝も麻央の横になっているところに立って、麻央の顔を触ったり、足をさすったり……」と残された子供たちについて語っていた。

勸玄くん(4)にはこれから、数々の試練が待ち受けている。来月には七月大歌舞伎で史上最年少の宙乗りに挑戦、またその後は数十億円規模ともいわれる襲名披露興行が控えているのだ。

母亡きなかで背負う“梨園の宿命”。だが勸玄くんはすでに、梨園入りのための修行を開始。周囲も驚くほどの“歌舞伎役者としての覚悟”をみせているという。

そして長女の麗禾ちゃん(6)もまた、周囲も驚くほどの成長ぶりを見せている。

「麗禾ちゃんは6月中旬、七夕の短冊に『早くママがよくなりますように』と願いごとを書いたといいます。優しさは麻央さん譲りですね」(歌舞伎関係者)

さらに麗禾ちゃんは、すでに成田屋の“型”も体得し始めているという。

「彼女は海老蔵さんを真似て見得を切ったりもしています。麗禾ちゃんが望めば、海老蔵さんの妹・市川ぼたんさん(38)のように日本舞踊の道に進むこともできます。また寺島しのぶさん(44)のように、女優として活躍する道もあります。今から『将来が楽しみだ』と期待する声も出てきています」(前出・歌舞伎関係者)

亡き母が安心できるほど、しっかりと育っている子どもたち。家族もそれを支えていくつもりだ。

「麻央さんの闘病中、海老蔵さんの“梨園妻”としての代役は母親の希実子さん(64)が勤めてきました。今後も親子襲名披露までは、希実子さんがサポートしていくつもりだといいます。また麻耶さんもこれまで、妹の代わりになって子供たちの世話をしてきました。今では2人とも彼女にすっかり懐いています。今後もきっと、彼らの“母代わり”として精神的な支えになってくれると思います」(前出・歌舞伎関係者)

麻央さんが見守る天国まで届く名声を――。海老蔵と子供たちの奮闘は続く。

2017年06月29日 (10:31)

転移がんに効果的物質、アイソトープで開発 実用化期待

胃から腹膜に転移したがんの治療に効果的な物質を開発したと量子科学技術研究開発機構が発表した。医療用の放射性同位体(アイソトープ)を使って開発し、マウスで効果を確かめた。5~10年かけて薬として実用化を目指す。29日付の日本癌学会誌電子版に論文が掲載された。


 胃がんが腹膜に散らばるように転移した場合、効果的な治療法がほとんどなく、平均的な生存期間は短い。量研機構の研究チームが開発したのは、アルファ線を出す放射性同位体「アスタチン211」と、胃がん細胞の表面にある特殊なたんぱく質にくっつく抗体「トラスツズマブ(ハーセプチン)」を組み合わせた物質。攻撃役のアスタチン211を、トラスツズマブによってがん細胞に結合させる仕組みだ。

 アルファ線はエネルギーは強いが、物質を通り抜ける力が弱く、標的のがん細胞周辺だけへの効果が期待できるという。開発した物質をマウスに注射すると、がんは小さくなったか消失した。肝臓や腎臓に悪影響は確認されなかった。半減期は約7時間で、注射1回で効果が数日続いた。

 長谷川純崇チームリーダーは「5~10年後を見据え開発を進めたい」と話した。(杉本崇)
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朝日新聞社

2017年06月29日 (10:08)

切らない選択をした麻央さん 「できれば3人目」という思い


乳がんのために亡くなった小林麻央さん(享年34)が、自身の体に初めて異常信号を感じたのは、2014年2月のことだった。夫・市川海老蔵(39才)と人間ドックを受けた麻央さんの左胸に腫瘤が見つかった。
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 麻央さんのがん闘病の最初のターニングポイントはここだった。そのとき、まだ生後11か月の長男・勸玄くんを、麻央さんは母乳で育てていた。
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「授乳期にはおっぱいが張るのは普通のことですし、麻央さんは乳腺の状態をよくするために週1で母乳マッサージにも通っていた。おっぱいには人一倍気を使っていたんです。知人の専門医からも、授乳期のしこりでいちいち乳がんを心配する必要はないと言われたことで、安心しきっていた部分もあったようです」(梨園関係者)
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 実際、触診と超音波、マンモグラフィーの再検査を受けたが、結果は「がんを疑うようなものではない」。医師からは「授乳中のしこりですし、心配いらないですよ」と安堵の言葉をかけられた。そのとき、細胞の一部を切り取って調べる「生検」は行われなかったという。もし生検を行っても、がんだと判明したかは、今となっては確認する術はない。だが、麻央さんはブログに次のように綴っていた。
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《あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、信じなければよかった》(2016年9月4日)
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 それから8か月後の2014年10月、左の乳房にパチンコ玉のようなしこりを見つけた。梨園の妻として海老蔵を支えながら2人の子育てに忙殺されていた麻央さん。気づけば「念のために再検査を受けるように」と言われていた夏を大きく過ぎていた。
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 下された診断は、乳がん。同時にリンパ節への転移も確認された。ここから、麻央さんのがん治療の日々が始まる。
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「現代医学のセオリーでは、乳がんが見つかった場合、状況に応じて外科手術や抗がん剤投与などの化学療法、放射線治療などが施されます。手術には乳房全体を摘出する『全摘出』と、患部のみ切除して乳房を温存する『部分切除』があり、患部の場所やがんの進行具合に応じて判断します」(医療関係者)

◆治療方針は示されたが…
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 乳がん治療に詳しいベルーガクリニック院長の富永祐司氏(乳腺外科)は次のように解説する。
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「麻央さんの場合、乳がんとリンパ節への転移が認められたそうですが、その段階で手術して切除するというのが一般的な治療だと思います。並行して抗がん剤治療やホルモン療法は必要になりますが、充分寛解の可能性はあったのではないでしょうか」
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 実際、その時点で麻央さんが通っていた都内のA総合病院でも「早めに切るべき」という治療方針が示されたという。
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「ですが、麻央さんと海老蔵さんは“切らないで治す”方法を模索していたそうです。女性にとって、乳房にメスを入れることには大きな抵抗があります。ただ、それは病院の方針とは食い違うものでした。結局、しばらくして麻央さんは別の総合病院に移ることになりました」(A病院関係者)
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 なぜ、麻央さんは切らないことにこだわったのか。その理由の一端は、麻央さんのブログに垣間見える。
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《「子供は2人いますので、3人目は考えていません」と何の強がりなのか言ってしまったが、私は、ふたり姉妹で育ってきたので、麗禾に妹ができたらな、とか勸玄にも分かり合える弟ができたらな、と思ってきた気持ちは、高望みだと一気にかき消した》(2016年9月21日)
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 前出の梨園関係者が明かす。
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「(小林)麻耶さんとの仲良し姉妹で知られる麻央さんとしては、麗禾ちゃんに妹ができれば幸せだったし、男の兄弟がいなかった海老蔵さんは勸玄くんに弟ができることを夢見ていたそうです。麻央さんには“できれば3人目を…”という思いがあり、なかなか手術に踏み切れなかったというのもあったのでしょう」
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 一般的に、乳がんの切除と前後して抗がん剤の投与が行われるが、薬の影響で、排卵機能が停止し、そのまま機能が戻らないこともある。また、術後に行われることの多いホルモン療法も、その後の妊娠への影響が懸念される。多くの妊娠を望む女性と同様に、麻央さんにとっても、それが大きな判断基準の1つだったのかもしれない。
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※女性セブン2017年7月13日号

2017年06月29日 (10:03)

娘を肺がん、29歳で亡くしたキャシー中島 麻央さんへの想い綴る

タレントのキャシー中島(65)が、ブログで、今月22日に乳がんのため34歳の若さで亡くなった小林麻央さんに対する想いを綴っている。

キャシーは23日のブログで、
「どうして奇跡はおきなかったのでしょう。みんなが願って、神に祈っていたのに。」
「悔しいです。」

などとつづっていたが、26日、改めてブログを更新。麻央さんについて各界から偲ぶ声、その素晴らしさを讃える声などが絶え間なく寄せられているなか、考え続けずにいられなかったようで、自身も約8年前に肺がんのため愛娘・七奈美さん(享年29)を亡くしており、以来「773チャリティー」と銘打ち、若い人のガンをなくすためのチャリティー活動を行っているキャシーは、

「このところ麻央さんの素晴らしさを痛感しています。」

と切り出すと、娘の闘病生活を振り返りながら、

「お別れは突然来ます。
すごく頑張って頑張って荒い息で頑張ってる七奈美!
あまりにも頑張ってる七奈美にずっと呼びかけた私たち、苦しそうな七奈美に私の最後にかけた言葉は、もういいよ頑張んなくていいよ早く楽になって良いよでした。
その後少し笑を浮かべて七奈美は旅立ちました。」
「2009年7月7日のことです。
その日の事は忘れられません、現実のこととして受け入れられなくて何かの撮影だったらいいね、誰かカットって言ってくれないかなーそしたら七奈美が笑いながらどうだった今のお芝居!なんて言ってくれないかなーと思っていました。」

と回想。そして、麻央さんについて、

「小林麻央さんの事は若くして亡くなったかわいそうな人となんて思いません!たくさんの人たちに愛と力と勇気を与えた素晴らしい女性!そう思います。そして、麻央さんのDNAを持ったお2人の宝物さんがいらっしゃいます。
微力ですが海老蔵さんとお子様をずーっと応援します。いつかお会いすることがあったら、出来ることはなんでもして差し上げたいと心から思っています。」

とつづった。

夫の市川海老蔵(39)と2人の子どもたちのもとには、連日メッセージが多数寄せられており、仲代達矢(84)は26日、Twitterで、

「私事で恐縮ですが今日は女房の命日です。21年も経つのに未だに彼女に支えられて生きて居ります。一体どれだけ先の事まで考えて逝ったのかと、感謝に加え年々お疲れさんという気持ちになって居ります。でもこう言う共存の仕方もある。海老蔵さんにも頑張ってもらいたいなと不意に思いました。陰ながら」
と投稿していた。

2017年06月28日 (11:22)

国立がん研、膵臓がん早期検診法開発へ

来月から鹿児島県で臨床研究

 国立がん研究センター研究所の本田一文ユニット長らは、膵臓(すいぞう)がんを早期発見する検診法を開発するため、鹿児島県の施設で臨床研究を7月から始める。50歳以上の男女合わせ5000―1万人を対象に、血液によるバイオマーカー(生体指標)検査と精密検査を組み合わせ、血液検査の結果からどの程度実際のがんを見つけられるかを調べる。

 鹿児島県民総合保健センターが鹿児島県で行う地域の健康診断や人間ドックなどで実施する。日本対がん協会や鹿児島市立病院、鹿児島大学、横浜市立大学、神戸大学などが共同で取り組む。期間は17年7月―19年3月。今秋以降、鹿児島県以外にも実施地域を拡大する予定。

 検診では一人当たり7ミリリットルの血液を採取し、膵臓がんの目印となる血液中の5種類のたんぱく質「アポリポプロテインA2アイソフォーム」の濃度のバランスを分析する。

 この検査結果で異常値を示した被験者には病院でコンピューター断層撮影(CT)検査を受けてもらい、膵臓がんのリスクのある疾患や早期の膵臓がんが血液検査によって見つかる検出率を調べていく。

 膵臓がんは早期発見が難しい難治性がん。採血での検診法が確立すれば死亡率の低下が期待できる。

2017年06月28日 (11:14)

海老蔵、ブログで麻央さんの姉・小林麻耶への感謝をつづる

歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が28日午前10時45分にこの日5本目となるブログを更新し、妻の小林麻央さんの姉・小林麻耶への感謝を記した。

 「まやさんありがとう」と題したブログで「なんとかカンカンも行く気に、麻央のお母様とまやさんのお力と深く感謝して歌舞伎座へ」と記した。「七月大歌舞伎」(東京・歌舞伎座、7月3~27日)で歌舞伎史上最年少の宙乗りに挑む長男・勸玄(かんげん)くん(4)が、この日から稽古に入るため、自宅で麻耶と義母の支えを受けて歌舞伎座へ向かったことをうかがわせる内容で2人に感謝の思いを記した。

 さらに勸玄くんと自宅を出発する写真をアップし「ありがとう。ありがとう。ありがとうございます。皆様。行ってきます。麻央お母様まやさん行ってまいります」と天国の麻央さんにも報告をしていた。

2017年06月28日 (11:02)

自宅に戻っても寿命は変わらない? 小林麻央さん、最後の1カ月〈週刊朝日〉

小林麻央さんの命を奪った乳がん。最後の数カ月、どんな苦しみと闘って過ごしたのだろうか。

 乳がんの場合、骨や肺などに転移が起こりやすく、痛みや息苦しさといった身体症状が出てきやすい。

「特に骨転移は強い痛みに襲われることが多い」

 と話すのは、長年、在宅医としてがんの終末期医療などにかかわる、新田クリニック(東京都国立市)の新田國夫医師だ。事実、麻央さんのブログには、骨からくる痛みやつらさが包み隠さず書かれている。

「昨日の夜中は久しぶりに痛みのレスキュー(緊急避難的な痛み止め)を飲むために起き上がりました」(4月10日)

 4月22日、麻央さんは入院。輸血や点滴などの治療を受けて1カ月と1週間ほどで退院した。麻央さんは、自宅に帰ることを強く望んでいたと、病院の関係者は証言している。

 医療者がいない環境で過ごすことをためらう患者もいるが、麻央さんの場合、在宅医が薬の量を調整したようで、ブログには「心強い」と書かれている。

 今の在宅のケアについて新田医師は説明する。

「今は病院レベルの緩和ケアが、在宅でも可能。例えば、痛みにはオピオイド(医療用麻薬)を使いますが、飲み薬、貼り薬、座薬、持続点滴などいろいろな投与法があり、患者さん自身が自分の症状に応じて薬の量を調整できます」

 プライベートな空間はベッド周りしかない入院と比べると、在宅医療は、好きな時に好きなことができて、家族にも自由に会える。

「生活の匂い、家族、自分の空間に戻るというのは、がんがあっても“最後まで生ききりたい”という患者さんの意思の表れです」

 と新田医師は話す。ブログでも「我が家は 最高の場所です。(中略)子供達はもうすぐ公園から帰ってくるようです。早く会いたい」(5月29日)と強い思いがつづられている。

 自宅で過ごすことががん患者にもたらす利点は、筑波大や神戸大の研究でもわかっている。病院よりも自宅で過ごしたほうが、生存期間が長く、体に負担のかかる治療をしなくても、寿命は変わらなかったのだ。
「私自身の経験でも、自宅に戻った患者さんのほうが痛みの出方が穏やかでした」(新田医師)

 がんは苦しみながら最後を迎えるという印象があるが、海老蔵さんによると、亡くなる1日前まで会話ができていたという。ブログからは、勸玄(かんげん)君が足をなでてくれたり、麗禾(れいか)ちゃんは痛みを書き込むシートに「私がやりたい!」と手伝ってくれたりと、親子で温かい時間を過ごせた様子が伝わってくる。看護師とともに患者を在宅に戻す支援を行う湘南記念病院乳がんセンター(神奈川県鎌倉市)のセンター長、土井卓子(たかこ)医師は、こう話す。

「症状は確かにありますが、多くは、最後まで意思疎通ができ、やりたいことができる。だから自宅で最後の時間を過ごすことは大切なのです」

 海老蔵さんは会見の席で、涙ながらに語った。

「家族の中で、家族とともに一緒にいられた時間というのは、本当にかけがえのない時間──」

 麻央さんの最期は穏やかだったに違いない。(本誌・大崎百紀、上田耕司、松岡かすみ、山内リカ、吉﨑洋夫、西岡千史)
※週刊朝日 2017年7月7日号

2017年06月28日 (10:54)

小林麻央さん、母として感じたであろうこのうえない悲しみとは

 小林麻央さん、そして市川海老蔵は闘病生活について世間に公表していなかったが、がん発覚から1年8か月後、一部スポーツ紙により明らかになった。

「1日でも早く元気になるように支えたい。なるべく静かに見守っていただきたいというのが家族の願いです」

 報道を受けて海老蔵は会見を開き、涙ながらにそう話した。

 麻央さんは、'16年9月から自身のブログ『KOKORO.』をスタート。ブログには、つらい治療に耐える彼女の姿のほか、夫である海老蔵、2人の子ども、姉の小林麻耶らの姿が頻繁に登場した。

「本当に家族一丸での闘病生活でした。海老蔵さんは、抗がん剤をはじめ、より効果的な治療法はないか常に模索していました。がんの治療に効果があると聞き、専用の“酵素風呂”を作ってあげました」(梨園関係者)

 海老蔵の母である、義母の希実子さんも、

「'13年に亡くなった團十郎さんを、希実子さんがつきっきりで看病していたころ、麻央さんは手料理を届けるなど、献身的にサポートしていました。

 麻央さんの闘病生活では、希実子さんが動けない彼女の代わりに、海老蔵さんの仕事をサポート。一方で、麻央さんのお母さんは、長女の麗禾ちゃんと長男の勸玄くんの幼稚園の送り迎えをしていたそうです」(芸能プロ関係者)

 姉である麻耶も、

「海老蔵さんが作った酵素風呂に一緒に入りに行くなど、本当に一緒に病気と闘っていました。彼女自身も体調を崩したこともありましたが、麻央さんの前では努めて明るく振る舞っていたように思います」(前出・梨園関係者)

 今年1月末には、《今、何が必要か。やはり子供達を感じられる環境だと思います。心の栄養》(麻央さんのブログより)と、一時退院。

 在宅医療について、がん治療に詳しい高野ビルクリニックの冨名腰文人医師は、

「余命半年と宣告されたようですが、そうなると痛みを和らげる緩和ケアを中心に行ったはず。在宅医療は家族とともに過ごせるメリットもあり、今後、増えてくるでしょう」

 自宅に帰ってからは、一時的に快方に向かった時期もあったが、在宅医療に切り替えてひと月ほどたった今年3月、眠った勸玄くんを持ち上げようと力を入れると、放射線治療の副作用か、骨が痛みだしたという。

 愛するわが子を抱き上げようとして、自分の身体が痛んでしまうとは、母としてこのうえない悲しみだったのではないだろうか。

 1月に放送された海老蔵一家のドキュメンタリー番組『市川海老蔵に、ござりまする。』(日本テレビ系)の中で、麻央さんは涙ながらに次のように語っていた。

「いま私なりにある試練っていうものを乗り越えられたときに、病気をする前よりも、ちょっといいパートナーになれるんじゃないかなっていう。なので、すごく思うのは、役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様くださいっていつも思うんですね」

 ともに「支えたい」と話していた海老蔵と麻央さん。彼女が愛し、そして愛された家族全員に看取られながら息を引き取った。享年34。あまりに早すぎる死だった。

2017年06月28日 (10:52)

仕事と家庭の両立に奮闘 芸能記者が見た小林麻央さんの心根

「子供たちにとって強い母でありたい」――。小林麻央さんはブログでそう記していた。そして長女・麗禾ちゃん(5)、長男・勸玄くん(4)に最期の瞬間をみとらせた。麻央さんは普段どんな育児をしていたのか。ベテラン芸能記者の青山佳裕氏の目撃談はこうだ。

「あれはちょうど2年前、2015年7月のことです。海老蔵さんと暮らす自宅前で麻央さんがタクシーに乗り、2人の子供たちに手を振って走りだすと、子供たちが泣き出し、お手伝いさんの手を振り払って、裸足で車を追いかけたんです。後部座席で振り返り、それを見ていた麻央さんは大通りに出る直前にタクシーを止めて、降りてきた。しゃがんで両手を広げ、走ってくる子供たちを抱き上げたんです。泣いている顔に頬ずりして、『ごめんね』と言っていた。片時も離れないくらい、一緒に過ごしているのが分かりました。そうやって、愛情を注いでいたのでしょうね」

 麻央さんが、海老蔵と結婚したのが10年。乳がんを患っていることを公表したのは16年だから、このときは仕事と家庭の両立に奮闘していたのだろう。青山氏が続ける。

「姉の小林麻耶もそうですが、いつ直撃取材をしても、こちらの目を真っすぐ見て、きちんと答えてくれる。本当にしっかり者の姉妹なのですが、麻央さんには甘えん坊の一面もあったようです。お母さんと買い物に行くところを取材したことがあるのですが、164センチの麻央さんより背の高い、スラリとしたお母さんに麻央さんは寄り添い、総菜売り場などを回りながら、ずっと笑顔でああでもない、こうでもないとしゃべりつづけていたんですね。幼い子供が、その日あったことを何でも打ち明けるようでした。強い母親であろうとした麻央さんの目標がこのお母さんだったのではないでしょうか」

 海老蔵は26日のブログで長男が朝に突然泣き出したことを明かし、「この歳で母を失うという2人の心の傷を そしてこの先数十年 その愛が注がれない不安、途方にくれる朝です」とつづった。

「自分のヤンチャで麻央さんに心労を与えてしまった影響も考えていると思いますよ。家族を愛すること、子供たちを育て、守ることの意味を最愛の妻に教わったと言いますか……。本当の意味で改心したようにみえました」(青山氏)

 強い母親であった麻央さんのように、強い父親でありたいと誓っているのかも知れない。

2017年06月28日 (10:41)

乳がん体験者と、彼女を支えた精神腫瘍科医。2人の対談から見えてくる「心のケアの大切さ」

超高齢社会である日本では、今や「日本人の2人に1人が罹患する」とまでいわれている「がん」。がんと診断されたとき、人の心や体には、どんなことが起きるのだろう。

エイジング・スペシャリストとして美と健康の最先端で活躍してきた朝倉匠子さんは、昨年、乳がんと診断された。治療時に、うつ状態に陥った彼女の心のケアを担当したのが、精神腫瘍科医・保坂隆さんだ。

治療を経た2人に、その経過や実感について語り合ってもらった。がんと向き合う際に、心や体にどんな変化が起きるのか、この対談から見えてくるかもしれない。いざ、その時に、知っておくと有益なことも。

<対談者>
朝倉匠子さん
エイジング・スペシャリスト。コマーシャルモデル、テレビ司会などで活躍した後、渡米。NPO法人アンチエイジングネットワーク理事。シニアルネサンス財団理事。日本抗加齢医学会正会員。OurAgeで「キラキラの源」を連載中。

保坂 隆さん
慶應義塾大学医学部卒業。聖路加国際病院リエゾンセンター長。同精神腫瘍科部長。聖路加国際大学臨床教授、京都府立医大客員教授など、多くの病院、大学で先端の臨床、研究にあたる。

朝倉 私は昨年、乳がんを発症しました。幸いにして段階はステージ1。リンパへの転移もなく放射線治療も不要、乳房も温存できるという、非常にラッキーなケースでした。ところが手術前、長年続けてきたHRT(ホルモン補充療法)をホルモン療法(※)のために中止し、女性ホルモンを止める薬を飲みはじめた途端、体調が一変。生活に支障が出るほどの症状に悩まされたのです。

※女性ホルモンであるエストロゲンの分泌や作用をホルモン療法剤で阻害し、乳がんの再発を防ぐ治療法。副作用として、更年期様症状が現れることも。

保坂 どのような症状が出ましたか?

朝倉 まず1週間ほどで肌の乾燥がひどくなり、髪はパサパサ、目もガイコツのように落ちくぼみ…。まるで体中の水分が抜け出ていくような感じでした。唾液も出なくなったせいで口の中が痛み、食事も楽しめない。しかもその薬は、この先5年間も飲み続けなければいけないのです。それが何よりショックで、うつ状態に陥りました。

保坂 99.9%の人は、がんと言われたことにショックを受けるのに、匠子さんはホルモンのことで落ち込んだ。

朝倉 女性ホルモンの重要性を熟知していただけに、これから自分に起こる事態を想像して、どんどんネガティブになっていったのです。この超ポジティブな性格の私が、気がつくとスマホで「死ぬ方法」を検索していたのですから相当ですよ(笑)。知人の紹介で保坂先生にお会いしたのはちょうどその頃です。がん患者の心のケアを目的とした「精神腫瘍科」があることも、そのとき初めて知りました。この科は全国でもまだまだ少ないですよね?

保坂 少ないです。ですが、がん診療連携拠点病院には、心のケアについて相談できる窓口や緩和ケアなどがあります。主治医や看護師に聞けば教えてくれるので、ぜひ利用してください。

朝倉 私は保坂先生のカウンセリングで、うつ状態から立ち直りました。心のケアは本当に重要だと思います。

保坂 一般的な精神科の医師は、健康な体で「死にたい」と言っている患者さんを生かすのが仕事ですが、精神腫瘍科の医師は、病気の体で「生きたい」と言っている患者さんを助けるのが仕事。方向性が逆なので、当然アプローチの仕方も違ってきます。僕自身、今の部署に来たとき「30年も精神科医をしてきたのだから、そのノウハウをがん患者さんにも生かせばいい」と思っていました。ところが、そんな経験は何の役にも立たなかった。なぜなら、がんには「死」が大きくかかわるから。

ほとんどの人は、がんを告知された瞬間、頭の中に死がよぎります。そして頭が真っ白になって何も考えられない「衝撃の段階」が2~3日続き、次にあえてがんのことを考えないようにして自己防衛をするタームに入ります。そのあとでじわじわと現実と向き合って、ワーッと泣いたりする。匠子さんの場合、ホルモン療法を始めた頃が、衝撃の段階だったのでしょう。

朝倉 そうですね。私は仕事柄、キレイでいることが心の支えだったのに、これからは積極的におばあさんになっていかなくてはいけない。そこに絶望を感じたのです。

保坂 がん患者さんのうつはいくつかあって、告知を受けた初期の段階で、うつになる人もいれば、手術や化学療法を経てホルモン療法を始めてから、うつを発症する人もいます。前者は心因性ですが、後者のホルモンによるうつの場合は、はっきりした理由がわからない。おそらく脳の中のエストロゲンやプロゲステロンなどのレセプターがブロックされて、最終的にセロトニンの分泌が減ってうつ病になるのではないか、と考えられています。

朝倉 なるほど、そうなんですね。

保坂 実は、がん患者のうつって医師も家族も見過ごしやすいんですよ。担当医は「自分の患者がうつになるわけがない」と思いがちだし、家族は「うちはうつの家系じゃないから」と考えてしまうので。また、泣いていても痩せてきても「がんだから仕方ないよね」と思ってしまう点も危ない。特に乳腺外科の医師は、うつの可能性を考慮しながら治療すべきだと思います。

朝倉 本当にそうですね。そして、がんになると思考がネガティブになりがちですが、止める方法はありますか?

保坂 脳は根暗な臓器で、過去を考えると後悔のネタを探し、将来を考えると不安のネタを探すものなんです(笑)。対策として有効なのは、今この瞬間だけにフォーカスすること。過去も将来も考えない。「また暗いことを考えている」と、脳を客観視するのも効果的です。さらに脳は一度に一つのことしか考えられないので、片づけやゲームなどに集中するとポンと思考がはずれます。

朝倉 そういう方法を知っておくだけでも違いますよね。やっぱり心と体、両輪そろってこその健康。どん底まで落ちた私の体調は、漢方薬を取り入れたことで落ち着いてきました。提唱するアクティブ・エイジングも、今後は「病気になっても知識と周囲からの愛で乗り越え、美しく前向きに年を重ねていく」という方向に広げて、人生と向き合っていきたいと思います。

保坂 今は必ずしもがん=死ではありません。つらいときは医師や看護師に相談してください。心のケアも受けながら、前向きに治療していきましょう。

2017年06月28日 (10:22)

乳がんを防ぐ食事5つのポイントと、乳房のセルフチェック法

 ここ最近女性の間で関心が高まっている「乳がん」。生涯に乳がんを患う日本人女性は、11人に1人、日本における乳がん死亡数が1万3584人(この50年間で7倍にも増加!)にものぼるというデータが出ています。

※出展:国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター「がんの統計’16」

 国立がん研究センターによれば、日本人の「食生活の西洋化」によって、乳がんの罹患率が上がっているとのこと。こんなことを聞くと、自分の食生活は、大丈夫だろうか? と不安になってしまいます。

 そこで今回は、国立がん研究センターや日本乳癌協会の情報をベースに、「乳がん予防に役立つ、食生活の重要5ポイント」をご紹介します。

◆「肥満」は、発症リスクを確実に高める

 世界的には、「閉経後」の女性では肥満が乳がん発症リスクを高めることは確実。これは、肥満による血液中の女性ホルモンの増加が原因ではないかと考えられています。一方、「閉経前」の女性では世界的には、肥満は乳がんのリスクを下げることが確実視されています。

 しかし、日本人を対象とした研究では、「閉経前」であっても肥満が乳がん発症リスクを高める可能性があることが示され、世界のデータと異なる結果となりました。つまり、日本人においては、閉経前後とも、BMIが大きくなると乳がんリスクが高くなることが示唆されています。

出展:(「日本人のBMIと乳がんリスク」国立がん研究センター)

◆アルコールは、控えめに

 アルコール飲料の摂取により、乳がん発症リスクが高くなることはほぼ確実とのこと。

 アルコール飲料の摂取がどのようなメカニズムで乳がんの発症に影響を与えるのかはまだよくわかっていませんが、世界がん研究基金/米国がん研究協会の報告によれば、閉経の前後を問わずアルコール飲料が乳がん発症リスクを高めるのは確実で、摂取量が増加するほどリスクも高くなるとしています。

 しかし、日本人女性ではアルコール飲料が乳がん発症リスクを高めるかどうかは十分なデータがないため結論が出されていません。1日に1杯程度のアルコール飲料の摂取〔日本酒なら1合(180mL)、ビールなら中ジョッキ1杯(500mL)、ワインならワイングラス2杯(200mL)など〕はリスク因子にならないとする報告もありますが、飲む量が増えるほど乳がん発症リスクが高まるのは確実のようです。

出展:(日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン」)

◆大豆食品・イソフラボンの摂取は、発症リスクを低くする

 大豆食品をたくさん摂取することで乳がん発症リスクが低くなることが,最近の研究でわかっています。アジア人を対象とした研究では、大豆食品を多く摂取する人はそうでない人と比較して乳がん発症リスクが少し低かったことが報告されています。

 日本人を対象とした研究でも,大豆食品やイソフラボンの摂取で乳がん発症リスクが減る可能性があるとされています。イソフラボンはエストロゲンと構造が似ていることから乳がん発症リスクを上げるのではないかという心配もありますが,食事により得られる程度の量であればリスクは上がらないことがわかっています。

 しかし、イソフラボンをサプリメントとして大量に摂取した場合については乳がん発症リスクを下げることは証明されていません。また、発症リスクが上がることも示されていませんが、安全性が証明されていないため、イソフラボンサプリの大量摂取は推奨されていないようです。

 つまり、サプリではなく大豆食品からの適量摂取が、乳がん発症リスクを下げる可能性があるようです。

参考:日本乳癌学会(同上)

◆「乳製品NG」は、誤解?

「乳脂肪分の多い食事を摂ると、乳がんになりやすい」というイメージを持っていた人には朗報かもしれませんが、最近の研究報告で,乳製品全般を多く摂取している人は摂取の少ない人に比較して乳がん発症リスクが少し低くなることが示されています。

 でも、「牛乳」に限っては明らかな傾向は認められていないのが現状。どのような乳製品をどの程度摂取すれば発症リスクが低下するかということについては不明のようです。

出展:日本乳癌学会(同上)

◆マグロ、サンマ、サバ、イワシなどに含まれる「n-3脂肪酸」は、発症リスクを低くする

 日本で行われた大規模コホート研究「JACC Study」において、魚などに多く含まれるEPA・DHA(n-3脂肪酸)を多く摂った女性の乳がん危険度が半分に低下していることが示されています。また、魚以外の脂肪全般を摂取する量が多い人に、乳癌の危険性増加は見られなかったとのこと。

出展:JACC Study「脂肪・脂肪酸摂取と乳がんのリスク」

◆自分でできる!乳がんのセルフチェック3つのポイント

 最後に、食生活と同じく重要なのが、乳がんの早期発見! 乳がんは自分で気づくことができる数少ないがんだって、ご存知ですか? まずは月に一回、以下の方法でセルフチェックをしてみてはいかがでしょうか。

●乳房の形を鏡でチェック

 両腕を下げた状態で乳房の形を覚えます。くぼみやひきつれ、乳首のへこみ、湿疹のようなただれがないか確認。

●あおむけの状態でしこりをチェック

 乳房が胸の上に平均に広がるように寝ます。指の腹で圧迫するように乳房やわきの下に触れた時、固くちいさなしこりがないか確認。

●指でつまんでチェック

 左右の乳首を指で軽くつまみ、キュッと絞った時、血のような液体が出ないか確認。

※ポイント

・乳房に触れる時は、指先でつまむのではなく、指の腹で軽く押すように。

・乳がんができやすい乳首から上、特に外側をチェックすること。

出典:ピンクリボンフェスティバルPR事務局 イラスト:中村佐知絵

<TEXT/スギ アカツキ>

【スギ アカツキ】

長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを学ぶ。現在、独自で長寿食・健康食を研究し、各メディアで活躍中。Twitterは@akatsukinohana
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女子SPA!

2017年06月28日 (10:00)

勸玄君、麻耶らの励ましで稽古に出発 海老蔵「皆さま、行ってきます」

歌舞伎俳優の市川海老蔵が28日、ブログを更新し、麻央さんの姉でフリーアナウンサーの小林麻耶と麻央さんの母のおかげで、無事、勸玄君が稽古に出発できたことを感謝した。

 ブログは「まやさんありがとう」のタイトルで更新。この日から七月大歌舞伎の稽古が始まることを報告している海老蔵は、別のブログで勸玄君に「互いに頑張ろうね。ママが見守ってくれるから 一緒に頑張ろう」と呼びかけていた。

 麻央さんを亡くした悲しみから、稽古に向かうことを嫌がったこともあった勸玄君だが、「なんとかカンカンも行く気に、麻央のお母様とまやさんのお力と深く感謝して 歌舞伎座へ」とつづり、自宅を2人で出発する写真もアップした。海老蔵は「ありがとう。ありがとうございます。皆様。行ってきます」と、つづっていた。

2017年06月28日 (09:45)

小林麻央さん乳がん闘病に学ぶ 検診で押さえるべきポイント

2014年10月に乳がんの告知を受け、闘病中だった市川海老蔵の妻・小林麻央さんが、22日夜に亡くなった。34歳だった。乳がんをはじめ、がんの治療は年々進歩しているが、それでも予後が厳しい場合も少なくない。やはり、重要なのは早期発見。何を知っておくべきか?

 乳がん検診で国が推奨するのは「マンモグラフィー」(乳房エックス線撮影/以下「マンモ」)だ。厚労省はガイドラインで「40歳以上の女性は原則としてマンモを2年に1度受ける」と提言している。それに該当している場合は、自治体によっては補助が出る。

■マンモだけでは不十分

 ところが、多くの専門医が指摘するのは、「『マンモを受けていれば安全』と考えている人が多いが、それは誤解。マンモだけでは、乳がんを見落としてしまう可能性がある」ということだ。

 では、どうすればいいのか? 

 理想は「マンモ」と「超音波検査」の両方を受けること。諸事情で毎年、両方を受けることが難しい場合は、年齢にもよるが、超音波を毎年受け、2年に1回、マンモを加える。

 乳がんには、「しこり(腫瘍)で発見されるもの」や「石灰化で発見されるもの」などがあり、超音波は腫瘍に起因する乳がんの発見に優れ、マンモは石灰化に起因する乳がんの発見に優れている。そのため、両方の検査が必要なのだ。

「腫瘍からの乳がんが圧倒的に多いですが、石灰化の乳がんのリスクもある以上、乳がんを見落とさないためには、どちらも受けた方がよい」(濱岡ブレストクリニック院長の濱岡剛医師)

■検診を受けたら「乳腺濃度」も確認

 マンモと超音波の両方を受けることが理想的なのは、近年、注目を集めている「乳腺濃度」とも関係がある。

 乳がんは、乳房の中の「乳腺」という組織にできる。乳腺は、乳汁を分泌する器官と乳汁が通る器官で構成されていて、その密度から「高濃度」「不均一高濃度」「乳腺散在」「脂肪性」に分かれる。一般的に、若い間は濃度が高い「高濃度」で30代後半以降、徐々に脂肪に変わる。ところが、日本人は高濃度や不均一高濃度の乳腺が多く、濱岡医師によれば「10人いれば半数以上」という比率だ。年齢を重ねても高濃度の人もいる。

「高濃度や不均一高濃度の場合、マンモでは、進行がんであっても見つかりにくく、超音波検査が必要になります」(濱岡医師)

 乳腺専門医であれば、マンモの写真から「高濃度」や「不均一高濃度」がわかる。自分の乳腺濃度を指摘してもらい、乳腺濃度によっては超音波を追加する選択肢を考えておいた方がいい。

 乳がん検診の場合、その報告書には「腫瘍」「石灰化」「随伴するその他の所見(局所的非対称性陰影や構築の乱れなど)」といった項目はあるが、乳腺濃度について記述する箇所はない。

 そのため、自分から「乳腺濃度はどうでしたか?」と医師に尋ねなければ、情報がもたらされない可能性がある。

 せっかく乳がん検診を受けるのだから、肝心な情報を知らされないまま終わることは避けたい。

2017年06月27日 (09:46)

原千晶 自身も子宮がん公表、麻央さんの「さらけ出す覚悟」想う

タレントの原千晶(43)が、25日に更新したブログで、乳がんのため22日に亡くなった小林麻央さん(享年34)を偲んだ。

原は、子宮がんで2度の手術を受けている。2005年には子宮頸がの手術をしたもの、2009年にに子宮頸がんと子宮体癌の併発がわかり、2010年には子宮を全摘出。病気を公表したのは2010年になってからで、2011年10月、婦人科のがんを患った人が集う「よつばの会」を立ち上げている。

原は、麻央さんのブログについて、

「ブログを開設されてから
拝読させていただき、日々の様子を
陰ながら感じて、応援していました。

飾らない、そのままのその時の気持ちを率直に
伝えてくれる麻央さんの言葉一つ一つが

時に「うわ~、わかるわかる!」と共感したり

時に「おお~、なるほど!」と
目から鱗のような表現があったり、

ぐっと胸に迫るような言葉が並んでいたり

麻央さんの聡明さ、人間としての優しさや謙虚さ
強さ、たくましさが

沢山詰まっていて

気がつくと、病気云々を差し置いて
麻央さんの文章に引き込まれていた

私もそんな1人です。」

と振り返る。そして、自身も私も7年前に病気を公表した身として思う事は「さらけ出す覚悟」だといい、

「私の病のことを、体のことを
心の動きを

悲しみも悔しさも苦しさも
喜びも嬉しさも歯痒さも全部

聞いてもらい
見てもらい
知ってもらう

そして、何か
何でも構わないので何かを感じてもらいたい

知ってもらう事で何かの力になれるのなら・・・
誰かの大切な情報の一片になれるのなら

その思いはきっとどこまでも透明で
何色にも染まらない
そのまんまの思い

これは私の考え、思いなのですが
もしかしたらきっと、麻央さんにも
同じような気持ちがあったのかもしれないなと
勝手にブログを拝見していて感じていました。」

とコメント。そして、

「今、私が並べた思い以上の
強い覚悟をもって麻央さんは病と立ち向かい
そしてブログを通じて
「今」の自分を伝え続けてくれたのだと。

なので、私は麻央さんの伝えたかった事
発信し続けてくれた勇気、覚悟、強い思いを
きちんと受け止めたいですし
時間をかけて、自分の中できちんと消化し
何かをしっかり感じたいと思っています。

誰かのために。

誰かのために生きる事

それが、自分でも信じられないくらいの力を生み出す
ことを、がんを経験して知りました。」

とつづり、

「その気持ち、パワーは枯れる事なく
いつまでも燃え滾り、私を温かくしてくれているから
それに反して体が言う事を聞かなくなる現実は
どれだけ切なく、悔しかったか・・・

そして何よりも
ご家族を思う気持ち

母親としての気持ち
妻としての思い
娘として、妹として・・・

ごめんね

という気持ちが痛いほどわかる気がして

いっぱいいっぱい
色んな感情と向き合って
グルグルと答えの出ないことを一日中考えて

途方に暮れて

でも、やっぱり前に進むと
頑張る事に決める

それが生きることだから

麻央さんは全身全霊をかけて
その姿を、心の中の思いを
届けてくれていました。

その美しく強く光り輝く存在は
色あせることなく、決して忘れる事はないでしょう。

こんなに綺麗でまっすぐで
可憐で清純な小林麻央さんの魂が
ずっとずっと安らかに
これからも大切な家族の皆さんと共にありますように。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。」

と記した。

2017年06月27日 (09:33)

麻央さん、ルビーのネックレスと天国へ…海老蔵が最後のお別れ

歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)は26日、乳がんと闘いながら22日に亡くなった妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)の近親者による葬儀を都内で執り行った。
海老蔵はこの日午後2時14分、「本日は様々な行事を」と題したブログで、長男・勸玄くん(4)が花を持っている写真とともに「滞りなく終える事が出来ました。まおとの最後のお別れでした。子供達も全て立会いました」と報告。海老蔵の実家で葬儀を行い、その後、都内で荼毘(だび)に付したとみられる。「2人がどう感じたのか…わかりません。が、常に2人に愛を注ぎたいと思います。」と長女・麗禾ちゃん(5)、勸玄くんへの決意をつづった。

 ブログによると、棺(ひつぎ)の中には、勸玄くんの人生初の隈(くま)取り、海老蔵が麻央さんへの思いを文章にしたためた隈取り、そして、2010年7月の結婚式の際、海老蔵が麻央さんにプレゼントしたベトナムルビーのネックレスなどを入れたようだ。

 ネックレスは結婚式前、海老蔵が麻央さんに内緒でベトナム北部のカウセン村にでかけ、7月生まれの麻央さんのため、誕生石のルビーを自ら掘り当てて作った思い出の品。結婚式で海老蔵は「僕は彼女を好きなんです。好きな思いがベトナムまで行かせたんです」とポケットからネックレスを取り出し「お守りということで。もらってほしいです」と、自らの手で麻央さんの首につけた。麻央さんは思わぬサプライズに目に涙をためて喜んでいた。

 25日は一般的な表現でいう通夜に当たる「御霊遷し(みたまうつし)の儀」を行い、この日「最後のお別れ」を終えた。悲しみをこらえ、来月は勸玄くんとともに東京・歌舞伎座「七月大歌舞伎」に出演する。

2017年06月27日 (09:00)

麻央さん、ルビーのネックレスと天国へ…海老蔵が最後のお別れ

歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)は26日、乳がんと闘いながら22日に亡くなった妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)の近親者による葬儀を都内で執り行った。
 海老蔵はこの日午後2時14分、「本日は様々な行事を」と題したブログで、長男・勸玄くん(4)が花を持っている写真とともに「滞りなく終える事が出来ました。まおとの最後のお別れでした。子供達も全て立会いました」と報告。海老蔵の実家で葬儀を行い、その後、都内で荼毘(だび)に付したとみられる。「2人がどう感じたのか…わかりません。が、常に2人に愛を注ぎたいと思います。」と長女・麗禾ちゃん(5)、勸玄くんへの決意をつづった。

 ブログによると、棺(ひつぎ)の中には、勸玄くんの人生初の隈(くま)取り、海老蔵が麻央さんへの思いを文章にしたためた隈取り、そして、2010年7月の結婚式の際、海老蔵が麻央さんにプレゼントしたベトナムルビーのネックレスなどを入れたようだ。

 ネックレスは結婚式前、海老蔵が麻央さんに内緒でベトナム北部のカウセン村にでかけ、7月生まれの麻央さんのため、誕生石のルビーを自ら掘り当てて作った思い出の品。結婚式で海老蔵は「僕は彼女を好きなんです。好きな思いがベトナムまで行かせたんです」とポケットからネックレスを取り出し「お守りということで。もらってほしいです」と、自らの手で麻央さんの首につけた。麻央さんは思わぬサプライズに目に涙をためて喜んでいた。

 25日は一般的な表現でいう通夜に当たる「御霊遷し(みたまうつし)の儀」を行い、この日「最後のお別れ」を終えた。悲しみをこらえ、来月は勸玄くんとともに東京・歌舞伎座「七月大歌舞伎」に出演する。

2017年06月27日 (08:56)

海老蔵、麻央さんは「日本で一番困ったちゃんだった俺を助けに来てくれた」

歌舞伎俳優、市川海老蔵(39)の妻で、22日に乳がんで亡くなったフリーアナウンサー、小林麻央さん(享年34)の密葬が26日、東京都内で営まれた。26日夜、日本テレビ系特番「小林麻央さん追悼番組~優しく強く生きた34年~」が生放送された。

 麻央さんの死去から3日後、25日に自主公演「ABKAI」の千秋楽に臨んだ海老蔵のVTRも。海老蔵は妻がキャスターとして信念にしていた「困っている人を助けに行きたい」という言葉を挙げ、「日本で一番困ったちゃんだった俺を助けに来てくれた」と感謝。「NEWS ZERO」のスタジオには麻央さんが座っていた席に花が置かれ、同番組で共演した村尾信尚キャスター(61)らが思い出を語り、しのんだ。

2017年06月27日 (08:38)

小林麻央さん&市川海老蔵さん夫婦に思う「妻への感謝」

34歳の若さで亡くなったフリーアナウンサーの小林麻央さん。生前のブログを通して、その病状を多くの人が見守っていましたが、本当に残念な結果となりました。

小林さんが亡くなった翌日、多くの報道陣の前で自分の気持ちを淡々と語った夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さんを見て、涙を流した方も多かったのではないでしょうか。多くの男性、特に「既婚・子持ち」の方にとっては他人事ではなく、「もしも自分だったら…」と思えば同情を禁じえないはずです。

 一方では、小林さんと海老蔵さんがご夫婦そろって有名人であることから、今回の件は「劇的な死」として報じられていますが、生命保険が専門の筆者からすれば、このような悲劇は決して珍しい話ではありません。
.

どの世帯にも起こりうる「悲劇」

 職業柄、多くの「死」に接していますが、その大半は高齢者です。しかし「若いから死なない」わけではありません。実際、小林さんと同世代である30~39歳の女性のデータを見ると、人口約776万人に対して死亡者数は12万5000人(約1.6%)となっています(厚生労働省「平成27年度 人口動態統計月報年計の概況」より)。

 別のデータによると、同年代の既婚率は65.7%であり、776万人のうち510万人程度が結婚していることになります(総務省「平成27年度 国勢調査」より)。単純にいえば、結婚している510万人の女性が死亡する可能性も1.6%ですが、死亡率はどの年代でも既婚者より単身者の方が高いため(主要因は自殺)、30代の既婚女性の死亡率は1.6%以下と思われます(データは見当たらなかった)。

 少々乱暴な結論ですが、その確率が1%と仮定すると、100世帯に1世帯は「妻に先立たれる」悲しい運命が待っている計算です。1%を高いと感じるか、低いと感じるかは人それぞれですが、この世代は子どもがいる夫婦が多いと推測され、小林さんと海老蔵さんに起きたことはどの世帯にも起こりうることと言えます。

最期の言葉」を残せる幸運

 同じく厚生労働省の資料によると、30代女性の死亡原因は以下の通りです。

【30~34歳】

1位=自殺(40.6%)
2位=悪性新生物(16.3%)
3位=不慮の事故(11.1%)
4位=心疾患(8.4%)
5位=脳血管疾患(3.6%)

【35~39歳】

1位=自殺(31.8%)
2位=悪性新生物(21.8%)
3位=心疾患(9.9%)
4位=不慮の事故(7.6%)
5位=脳血管疾患(6.1%)

 この中で「最期の別れ」ができるのは悪性新生物、つまり「がん」だけです。それ以外の自殺、心疾患(心筋梗塞など)、不慮の事故(交通事故など)、脳血管疾患(脳いっ血など)は残された家族からすると「ある日突然いなくなる」ことを意味します。

 今回の海老蔵さんの会見を拝見し、小林さんが最期の言葉として「愛してます」とおっしゃった話を聞くと、最愛の人を家族全員で見送り、お互いに思いを伝えることができたのは、悲しみの中でも数少ない“幸運”かもしれません。
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妻に先立たれた夫のため息

 ところで、筆者のお客さまにも「妻を亡くした方」「夫を亡くした方」がおられますが、パートナーを失った際、男性がもろく、女性が強い傾向は顕著です。特にお子さまがいらっしゃる場合、男性は「明日から何をすれば…」と茫然自失になりますが、女性は金銭面の不安以外は、日々の生活をこなしていく自信があるのかもしれません。

 保険金の請求についても、女性がいち早く請求するのに対し、現実を受け入れられない男性は間を空ける傾向にあります。やはり女性、特に母は強く、男性は弱いということでしょうか。結局のところ、どこの家庭も妻、そして母が家庭の中心であり、失って初めてそのことを痛感するのかもしれません。

 妻を亡くした男性は旅行や買い物、家のリフォームなど、妻が生前に望んでいたことを「叶えてあげればよかった」とため息をつき、一様に2つのことを言います。つまり「もっと優しくすればよかった」「もう一度だけでも会いたい」ということです。

 出会った以上、いつか必ず別れの日が来る――。悲しいことですが、それが自然の摂理です。自分が先か、妻が先か、こればかりは神様でないと分かりませんが「1%の不幸」を経験した方の話を聞くと、「日々妻に感謝しよう」と思いを新たにするのです。
.
株式会社あおばコンサルティング代表取締役 加藤圭祐

2017年06月27日 (08:22)

"乳がん" 自分にあった検査法を 札幌市では40歳対象"無料クーポン券"送付も


女性の11人に1人が乳がん。この時代に知っておきたいこととは。

 乳がんのため34歳で亡くなった小林麻央さん。最期まで闘い続けた姿に、多くの人が勇気づけられました。

 札幌市民:「子どもを残して亡くなるのは、同じ母親として心残り」「毎年がん検診を受け、気を付けている」

 乳がんにかかる人は、30代後半から増え始め、40代後半から50代でピークを迎えます。

 泉久美子さんは、定期的に乳がんの検診を受けています。この日は2年ぶりのマンモグラフィー検査。乳房を板状の器具で挟みX線で病変を調べます。

 最初に検診を受けたのは30代前半のころ。まだ乳がんにかかる人が増える年齢では無かったのですが…。

 医師:「母も、母の妹も乳がんだったので」

 血縁者に乳がんや卵巣がんの患者が複数いると、なりやすい体質を受け継いでいることも。そのような人は20代や30代からマンモグラフィー検査を受けた方が良い場合があるのです。

 泉久美子さん:「早く見つかれば早く完治する。子どもがいるので、1年でも長く成長を見たい」

 マンモグラフィー検査は、超早期がんのサインである「石灰化」の発見に威力を発揮します。

 泉久美子さん:「これが、きょう撮った写真」

 今回も、異常はありませんでした。心強い検査ですが、リスクや症状のない20代、30代が受けると、X線による被ばくの影響の方が大きくなります。国の指針では40歳以上が2年に1度受けるよう推奨しています。

 一方で、マンモグラフィー検査だけでは発見できない乳がんもあるんです。

 別の施設で受けた人間ドックでは、異常が見つからなかった水野恵さん(仮名)。しかし、その9か月後。

 水野恵さん(仮名):「あおむけになって寝たとき、ぐっと押されるような痛み。嫌な予感がして病院に行った」

 再び検査を受けると、左胸にマンモグラフィーには写らなかった1.5センチのしこりが見つかり、乳がんと診断されました。

 乳房は、脂肪と乳腺組織でできています。画面の左は脂肪が多い乳房。右に行くほど乳腺の密度が濃い、高濃度乳腺と呼ばれる乳房です。日本人に多く、水野さんもこのタイプでした。マンモグラフィーではがんも乳腺も同じように白く写るため、高濃度乳腺では、がんを見つけにくい場合もあるのです。

 東札幌病院 ブレストケアセンター長 大村東生医師:「乳腺なのかしこりなのか、判断は難しいが、(高濃度乳腺でも)7~8割はマンモグラフィーでわかる。必要な検査だが検査に100パーセントというのはない」

 マンモグラフィーの弱点をカバーするのが超音波検査です。

 がんは黒く乳腺は白く写るため、高濃度乳腺でもがんを発見しやすいという利点があります。しかし、治療の必要がない良性のしこりも写し出します。精神的な不安が増えることがあるため国が推奨する検診にはなっていません。

 東札幌病院 ブレストケアセンター長 大村東生医師:「乳腺にあった検診を受けるべき。検診を、単純に40代以上は受けようというのではなく、個人に合った検診を考えるべき」
.
UHB 北海道文化放送

2017年06月27日 (07:53)

海老蔵 ブログが心の支え 頻繁な更新に理解求める「お許しください」

22日に妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)を亡くした歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が27日、自身のブログを更新。ブログが心の支えになっていると明かした。23日は15回、24日は15回、25日は18回、26日は16回、ブログを更新し、麻央さんや家族への思いをつづっている。更新頻度が高いという“批判”には「居ても立っても居られないとき、私はブログが1つの支えになってます。お許しくださいね」と理解を求めた。
 「朝の一服」と切り出した後「私は今こころの頼りは、こうしてブログでも皆様もつながっていることも私の支えになっています。ありがとうございます」とファンに感謝。

 「(ブログを)更新しすぎという意見もあるとか。確かにその通りです。が、ごめんなさい。ご理解してくださいとは言いません。居ても立っても居られないとき、私はブログが1つの支えになってます。皆様のコメントやこころの在りようを表すことで少しだけ気を取り戻せるような気もするのです」とし「お許しくださいね。人それぞれですから。私は私のやり方で。許してください」と理解を求めた。

 この日は1日の最初のブログが、普段よりやや遅い午前8時45分の更新。SNS上には心配の声も上がっていた。

2017年06月26日 (11:07)

小林麻央さん「いい嫁がきてくれた」辛く長い闘病生活を支えた一家の絆

「麗禾はずっと麻央の側を離れませんでした。“(彼女の)横でずっと寝る”と言って寝ていました。(亡くなったことを)認識はしていると思いますね」

 6月22日の夜、乳がんで闘病していた小林麻央さんが34歳で人生を終えた。翌日の会見で夫の市川海老蔵は、麻央さんが息を引き取ったときの長女・麗禾ちゃんと長男・勧玄くんの様子をこう語った。

「勧玄はわかっているんですけれど、まだわかっていないところもあって。今日の朝も、麻央が横になっているところで顔を触ったり、足をさすったり、手を握ったり……」

 まだ4歳の勧玄くんは、お母さんが亡くなったことを完全に理解できていないよう。勧玄くんはお母さんが大好きなようで、15日の麻央さんの公式ブログで、

《昨夜は、足湯をしていたら、息子がお湯をかけて、なでてくれました》

 と、お母さんの体調を気づかう健気な様子を明かしていた。

「7月3日から開催の『七月大歌舞伎』に勧玄くんも出演予定で、麻央さんも息子の晴れ姿を楽しみにしていたそうです。

 史上最年少の宙乗りに挑戦するということもあり、これを闘病の支えにしようと決意していました」(麻央さんの知人)

 麻央さんは海老蔵と勧玄くんの“父子共演”を天国から見守っていることだろう。

 一方で、麻央さんの姉でタレントの小林麻耶も闘病生活を支えていたひとり。
.

「実家に住んでいたころは一緒にお風呂に入っていたほどの“仲良し姉妹”。雨が降ると駅まで麻央さんが麻耶さんを迎えに行って“ひとつの傘”で帰っていましたよ」(前出・麻央さんの知人)

 自分のことよりも妹のサポートに専念するため、仕事もセーブしたという。

「司会を務めていたバラエティー番組を降板後、新たにオファーのあった番組も断っていました。

 高齢の母親に麻央さんを任せるわけにはいかず、麻央さんとお子さんたちのお世話を積極的に引き受けていたそうです」(テレビ局関係者)

 梨園の世界では嫁姑(しゅうとめ)の絆が強いのは有名な話。海老蔵の母である希実子さんも麻央さんに優しく接していた。

「希実子さんは常々、麻央さんのことを“いい嫁が来てくれた”とお話になっていました。それだけに、お嫁さんが病気になっても海老蔵さんを中心にご家族や一門の方々が一丸となって麻央さんを支えていらっしゃったんです」(成田屋のご贔屓(ひいき)筋)

 麻央さんも姑に従い“梨園の妻”というものを勉強していたのだろう。

「麻央さんが生前の市川團十郎さんを献身的に看病していたことを、希実子さんはとても感謝していました。

 麻央さんのがんが見つかったときには“私がなればよかったのに……”とまで言っていたそうです」(前出・成田屋のご贔屓筋)

 最期まで家族を愛し、家族に愛され続けて逝った麻央さんは、幸せだったにちがいない――。
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