ガン完全克服マニュアル

当ブログはガンを克服するための最新治療法を全て掲載しています。
ガンの部位別に適した治療法のわかる国内最大級の完全データベースです。

2009年1月28日より、新しく掲示板と、病院評価ランキングを追加しました。 どんどん活用して下さい。


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2017年07月07日 (19:54)

泰葉、亡くなった小林麻央さんへの追悼句を靖国神社に奉納

歌手の泰葉が7日更新のブログで、6月22日に亡くなった歌舞伎俳優・市川海老蔵の妻・小林麻央さんへの追悼句を靖国神社に奉納したことを報告した。7月13日から始まる『みたままつり』で展示されるという。
靖国神社で行われる『みたままつり』は、昭和22年に始まった戦没者を慰霊するための夏まつりである。『泰葉オフィシャルブログ「Yasuha Style」』によると小林麻央さんへの追悼句は6月25日に書かれたもので、その時は「慟哭が私の心でいっぱいになり文字が乱れてしまった」という。

泰葉は4月27日のブログで、伝統芸能の社会がどれほど厳しく激しいものかを述べている。その中で「歴史と先人の偉業を継承していくこと」そして「それを支える家族の大変さ」を身をもって知る彼女は、「麻央さんのご努力は、並大抵のものではありません」「心から感謝します」と記していた。また「海老蔵さんを見習い、私は自分の天職“音楽”にその全てを捧げていきます」と表明している。この後、泰葉はタレント活動の休止を発表し、元夫・春風亭小朝と和田アキ子を提訴することを取りやめている。

この日のブログには追悼句“あなたとともに”が掲載されており、コメント欄には「泰葉さんの想い、願いは、きっと麻央さんに届いてます」との声が寄せられている。

画像2枚目は『yasuha 2017年7月7日付Instagram「I present my messages to soul in heaven」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 みやび)
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2017年07月07日 (19:39)

先進療法っぽいボッタクリ療法の見破り方 ― 小林麻央さん追悼 --- 筒井 冨美

6月22日、乳がんで死去したアナウンサーの小林麻央さん(享年34)に関連して、ビックリなニュースが飛び込んできた。彼女が通院していた都内のクリニックが、行政処分を受けたのだ。「臍帯血(へその緒から採取した血液)など他人の幹細胞を使った医療(再生医療)」を行う場合、専門委員会で安全性などの審査を受ける必要がある。しかし問題のクリニックは、「無届のままで再生医療を行った」として、厚生労働省から一時停止命令を受けた。麻央さんがこのクリニックで受けていたのは、水素温熱免疫療法と報道されており、行政処分対象ではない別の治療法だが、双方とも保険のきかない高額の自由診療であり、医学的な効果は未知数である(特に水素温熱免疫療法)。

公式ブログによると麻央さんは「ジュースクレンズ(酵素の生きている非加熱圧搾ジュースで免疫力を上げるとガン細胞が消える…らしい)」「酵素風呂」等の民間療法も試していたそうで、「治療費総額は1億円を超えた」という報道もある。しかし、「ごしんじょう(金の棒で体をこする)療法」を受けて、2015年に胆管がんで急逝した女優の川島なお美さん同様に、「先進医療っぽく見せかけたボッタクリ民間療法のせいで、死期を早めたのではないか」との疑念が晴れない。

という訳で、スマホで一般人が「先進医療」と「先進医療っぽく見せかけたボッタクリ系民間療法」を、手早く見分ける方法を伝授したい。ウェブサイトの「ac.jp」は、大学や研究機関に与えられるドメインであり、このドメインに限定してネット検索するのだ。具体的には、検索したい病気や治療法などのキーワードに加えて、「site:ac.jp」を検索を追加し、検索条件を「完全一致」に指定するだけである。実例を以下に示した。

2017年07月07日 (19:18)

職域でのがん検診の指針、来年夏ごろに公表 - 厚労省、検査項目など策定に向けた論点も提示


厚生労働省は6日の「職域におけるがん検診に関するワーキンググループ」(WG)の初会合で、保険者や事業主が任意で実施する職域でのがん検診に関する指針を策定し、来年夏ごろに公表する方針を明らかにした。また、策定に向けた論点として、その検診の対象となるがんの種類や検査項目などを提示した。【松村秀士】

 厚労省が先月に発表した2016年の国民生活基礎調査の結果によると、がん検診を受けた人の約3―6割が職域におけるがん検診を受けていた。ただ、職域でのがん検診は、法的な位置付けが明確ではなく、実施者によって検査項目や対象年齢などがさまざまなのが実情だ。また、全体を把握するための統一的なデータフォーマットがなく、精度管理をするのが困難といった課題もある。そのため、WGの上部組織である「がん検診のあり方に関する検討会」では、職域でのがん検診に関する指針を策定した上で、保険者や事業主はこれを参考に実施するのが望ましいとの意見が出た。

 こうした指摘などを受け、6日に開かれた初会合で厚労省は、職域におけるがん検診に関する指針の策定・公表スケジュール案を示すとともに、策定に向けた論点を提示。具体的には、職域でのがん検診について、▽対象となるがんの種類や検査項目、対象年齢、実施間隔▽データを把握できる仕組み▽受けていない人の受診率向上策▽受けやすい環境の整備―を議論するよう促した。

 スケジュール案について、委員からは特に反対の意見は出なかった。ただ、職域での検診の在り方について、羽鳥裕・日本医師会常任理事が、検診を受けた人が精密検査を受けたかどうかを実施者が把握する必要があると指摘。その上で、「(受診者に)精密検査を受けてもらうのを事業主や保険者に義務付けることを言い切らないといけないのではないか」と述べた。これに対して住吉正男・連合雇用対策局長は、実施者に何らかの義務を課すのは法的な整備をしないと難しいとの考えを示した。

 このほか、「職域においても、(市町村が実施する)対策型がん検診と同じようなものが行われることが必要だ」(松田一夫・福井県健康管理協会副理事長)といった声や、「産業医がいない事業所では、(検診を受けた人の)個人情報の保護は人事担当者や労務担当者が行うことになる。産業医制度の問題とも絡めながら議論すべきだ」(立道昌幸・東海大医学部基盤診療学系公衆衛生学教授)といった意見も出た。

 また、職域でのがん検診の指針に関して、福田崇典・聖隷福祉事業団理事が「対策型がん検診のもの(指針)を職域に持ち込むのはスタンダードを下げることになる」とし、市町村を対象にした既存の「がん予防重点健康教育及びがん健診実施のための指針」を職域でのがん検診の指針に適用すれば、従来の検査項目などが限定される恐れがあるとの懸念を示した。

 一方、祖父江友孝・阪大医学系研究科環境医学教授は、「市町村向けの指針では検査項目や対象年齢などは根拠に基づいて定められており、(検査項目などを)不用意に追加するべきではない」とし、市町村向けの指針に従って職域でのがん検診の指針を決めるべきだとの考えを示した。
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CBnews

2017年07月07日 (19:00)

がん転移、細胞レベルで観察 体を透明化したマウス利用


マウスの体を透明化する技術を使って、がんが転移する様子を細胞レベルで観察することに東京大の上田泰己(ひろき)教授(システムズ薬理学)と宮園浩平教授(分子病理学)らが成功した。6日、米科学誌セルリポーツ(電子版)で発表した。

 上田さんらは2014年、脂質や血液の色素を取り除く試薬を使い、マウスの全身を透明化することに成功。今回は試薬を改良し透明度を上げた。赤く光るように操作した腎がんの細胞をマウスの腎臓に移植して透明化したところ、肺や肝臓などに転移した様子を特殊な顕微鏡で観察できた。乳がんや肺がん、皮膚がんの一種のメラノーマなどでも同様に確認できた。

 この技術を使えば、抗がん剤治療の効果を確認したり、がんが転移する仕組みを解明したりすることにつながるという。上田さんは「がんだけでなく、再生医療や自己免疫疾患など、未発達の治療法や仕組みが未解明の病気にも貢献が期待できる」と話している。(南宏美)
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朝日新聞社

2017年07月07日 (18:44)

林家木久扇 喉頭がんの経験にきく姫「師匠は生命力が強い」

「弟子が真打になるときには師匠が口上を述べるよね。いま弟子は10人いるけれど、弟子をとるときには、『このコが真打になるとき死んでちゃあいけない』って覚悟を決めるから、それが元気の秘訣にもなってるかな」

こう話すのは、落語家・林家木久扇(79)。'76年からは『笑点』(日本テレビ系)にレギュラー出演中。'07年に木久蔵の名を長男にゆずり、木久扇に。漫画家、ラーメン店経営など多才ぶりも知られる。そんな木久扇師匠が、'87年に林家木久蔵(当時)に入門し、'01年秋には、東京の女性落語家としては4人目の真打昇進を果たした、弟子の林家きく姫(47)と語り合った。

きく姫「師匠はいつも飄々としていますよね。ほかの弟子が、『落語家をやめて忍者になる』と言ってきたときも、『そうか、(忍者は)伊賀か甲賀か』って。ふつうやめる理由を聞くでしょう!師匠のおかげでいつも場が和むんです。私もいまでも師匠のお宅に入り浸ってます」

木久扇「ウチのすぐ近くに住んでるしね」

きく姫「私はおかみさんにもとても感謝しているんです。私は9歳のときに母をすい臓がんで亡くしているので、おかみさんは私にとって、母のような存在です。礼儀作法や女性としてのたしなみなど、すべておかみさんから教えていただきました。私が悩んで困っているときには、本当に温かい言葉をかけてもらって、精神的に支えてもらいました。恋の相談もしていたんです。いまはひとりが楽しくて仕方ない!『シングル イズ ベスト!』です」

落語界に入って57年の木久扇師匠。40代で腸閉塞、61歳で胃がん、そして'14年の77歳のときに喉頭がんを経験している。

木久扇「3年前、医師から宣告されたときは、目の前が真っ暗。頭の後ろから棒で殴られたような衝撃を受けて、『後頭(喉頭)ガーン』って」

きく姫「あはは!」

木久扇「僕は小学1年生のときに日本橋で東京大空襲を経験したんです。そのとき、祖母の手を引いて防空壕に入って、『もうダメか、明日の命はあるのか』というギリギリの経験をしています。あの空襲により、たった一晩で10万人以上の人が死んだ。それを思うと『がんなんて自分ひとりの事件。たいしたことねーや』って」

きく姫「師匠はいつも明るくて生命力が強い方なので、胃がんのときも喉頭がんのときも、私たち弟子は、『師匠は必ず戻ってくるだろう』という安心感をどこかに持っていました」

木久扇「タダ飯を食わせてくれる人がいなくなったら困るしね」

きく姫「いえいえ」

木久扇「喉頭がんのときには、自分の体に向かって毎日こう叱っていたね。『またがんが入ってきたけど、どういうことなんだ。15年前に君は私の体に来たろう。あのときも大変だったんだ。もう出てってくれ。私はやることがいっぱいあるんだから』って。治療中、声が出ないことで焦る気持ちもありましたが、もともと漫画家だったので、療養中も絵を描いたり、本を出版したり、落語以外の仕事で稼がせてもらった。ちなみに僕のいちばん好きな言葉は『入金』です」

きく姫「師匠は私にも落語以外にもいろんなことやれと勧めてくださるのですが、本当に大切なことだと思います」

木久扇「僕は57年間、芸能界を見ているけれど、特に年をとってから芸能界で生き残ることって、とっても難しいんです。僕には漫画があったし、ラーメン店を開店したり、いろんなことをやってきたことが役立っています。きく姫もいろいろなことに挑戦を続けて、それを芸に生かしてほしいね」

2017年07月07日 (18:31)

がん患者を惑わす「甘い言葉」とは? インチキ医療で命を落とす前にできること

著名人の「がん」による訃報が続いている。「3人に1人ががんで死ぬ」とされる時代、著名であろうとそれを免れることはない、というのは当然だ。

しかし、そのうちのいくつかでは、代替医療、それも科学的根拠のない悪質なものに手を出してしまったがために、本来なされるべき治療が行われず、結果として病気が悪化し、命を落とした可能性が報道されるケースもある。

なぜ、人はがんという病を患ったとき、このような選択をしてしまうのか。著名人だけではない。一部のメディアにおいて今の医療を否定するような情報がもてはやされる現状では、誰もがいざというとき、判断を誤ることが起こり得る。

大きな病に直面しても、納得のいく選択をするために、私たちにできることとは——自身もがんサバイバーで報道記者の鈴木美穂さんと、腫瘍内科医の勝俣範之さん、医療政策学者の津川友介さんらの鼎談から考える。
患者の心の隙につけ込む誘惑。しかし、医療にだって「うまい話」は存在しない。


鈴木美穂(すずき みほ)さん。日本テレビの報道記者・ニュースキャスター。NPO法人マギーズ東京 共同代表理事。2008年、24歳の時にステージ3の乳がんを発症。8カ月間休職しての闘病後、職場復帰。以降、本業と並行してがん患者を支援する活動を継続する。治療後は再発・転移もなく、現在は治療の必要もない状態。


鈴木:私は9年前、2008年に乳がんになりました。こう言うと「がんになって9年経ってそんなに元気で、何か特別な治療をしたんですか?」と聞かれることがあります。でも、私は特別なことはしていません。ガイドラインに沿ったもの、「標準治療」と呼ばれるものを受けただけで。


いろいろな人と話して思うのは、有名だったり、お金があったりすればするほど、標準じゃないものを選んでしまいがちなのではないか、ということです。標準じゃなくて、特別なことができると思うからでしょうか。私自身、標準治療を受ける過程で、さまざまな誘惑がありました。

勝俣:誘惑とは、どのようなものですか?

鈴木:例えば、突然あまりよく知らない人から連絡が来たり、イベントに行ったときに話しかけられたりして。

「あなたがやっている抗がん剤治療は毒だから、一刻も早くやめた方がいい」とか「それは標準なんだけど、お金さえあればもっと簡単に治療できるんだよ」とか、そんなことを言われました。

勝俣:標準治療という言葉の意味が、まだ定着していない印象があります。もともと英語では「スタンダートセラピー」ですが、日本だと「標準=並みの」という聞こえになってしまう。しかし、これは「最善の治療」という意味なんですよ。

鈴木:その通りですね。「私は記者で、納得がいくまで調べて精査した上で、この治療を選んだ」とわかっていても、そのときは心が揺れました。やっぱり当時、抗がん剤治療は辛くて、これをやらないで済むのであれば、やってみたいと思ったことは何度もあります。結局はやらなかったのですが。

津川:やらなかった理由というのは、どのような?

鈴木:私の場合は、積極的に医師の意見を聞きに行き、知識を収集したからだと思います。自分の病気について、主治医以外の他の医師に意見を聞くことを「セカンドオピニオン」といいますが、私は2回ではなく7回、つまり「セブンスオピニオン」まで聞きに行ったんです。

何人もの医師に相談して、病気についての知識を身に着けていく間に、少しずつ自分にとって何を選ぶのがベストなのかが見えてきました。今振り返ってみると、選ばなかった治療には、「こっちを選んでいたら、今、私はここにいないだろうな」と思うものもあります。

勝俣:医師の中にも、例えば、未だに「抗がん剤は悪だ」というような、不勉強な方がいますからね。

鈴木:がん患者さんの相談に乗っていると、少なからず起きるのが、標準治療ではない治療を受けた方が、「私は間違った治療を選んでしまった」と納得できないまま亡くなること。それは本当に悲しいと思っていて。

生きていれば人はいつか必ず死んでしまいます。でも、たとえがんになっても、自分の選択に納得して最後まで自分らしく生きて亡くなるのと、「失敗した」と後悔しながら亡くなるのとでは、心の穏やかさがまったく違います。残されるご家族もそうです。


津川:人の命を扱う以上、「絶対」というものがない医療の中で、それなりに質がコントロールされているのが標準治療です。誤解を恐れずに言えば、うまい話はない。勉強や運動などもそうだと思いますが、「特別なことをやれば他の人より何倍もいい結果が得られる」なんてことは、医療に限らずあり得ません。

真実とは、地道な努力をコツコツと積み重ねた先にあるものなんです。医療についていえば、それが標準治療ということになります。だから「あまりうまい話を探そうとしない」というのは、心がけてほしいですね。そうしないと、そこにつけ込まれて、治るべき人が治らない、命が短くなってしまうことがあるので。

インチキ医療を見わける「五カ条」。「がんが消えた!」という体験談はよくあるけれど……。


勝俣範之(かつまた のりゆき)さん。日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科教授。著書に『医療否定本の嘘』(扶桑社)、『「抗がん剤は効かない」の罪』(毎日新聞社)など。日々の診療の傍ら、ニセ医学の検証を行う。


鈴木:何を信じるかによって、命の長さが変わってしまう現状があります。患者さんはどんな情報を信じればいいのでしょう。


勝俣:私はこれが今、一番問題なところだと思っています。飛びつきやすい情報というのは、マスメディアとインターネット、両方にありますよね。インターネット上の医療情報の信頼性については、昨年からいろいろと取り沙汰されていますが、がんの専門家の立場からすると、マスもネットもどちらも相当危ない。

テレビも、雑誌も、新聞も、本も、もちろんネットも、過激な言い方をすると、ほとんど信頼できない。現場とずれています。情報化社会と言われるのに、結局医療者と一般の方の知識のギャップは大きいままです。

鈴木:テレビ・ネットの報道に携わる人間として、身につまされます。

勝俣:10年くらい前、インターネットがこんなに発達するまで、患者さんは情報不足だったんです。みなさん「どこに行けば正しい情報が得られるか」と困っていた。一方、今は情報過多の時代です。情報で溢れ返ってしまって、結局、何を信じていいのかわからないという。

津川:アメリカで得られる情報と日本で得られる情報を比較するとわかるのが、日本人はもともと健康意識が高く、健康のことをすごく気にしている、ということです。

以前は情報がない中でもなんとか健康に生きようとしていたのでしょう。それが今、どうなったかというと、あまりに健康意識が高いために、さまざまな情報に手を出すようになってしまった。しかもその信頼性が低いものだから、実害が出はじめている、ともいえます。

現状は、健康に関する記事を出せばみんな読む、本を出せばみんな買う、番組を作ればみんな観る。そうすると「何でもいいから健康に関する新情報、意外な情報をどんどん流そう」という構造が生まれてしまう。これが社会を混乱させていると思います。

実害がなければ目くじらを立てることはないのかもしれませんが、抗がん剤のような情報は、人を不幸にすることが本当にあるので。エビデンス(科学的な証拠)のない医療を受けて、命を落とす方、病気を悪くする方が実際にいる以上、社会としてどう守っていくかを、考えなければならないでしょう。

鈴木:そもそも、専門家でないと、正しい情報とそうではない情報の区別がつけづらいですよね。

津川:「AとBのどちらを選んでもいいですよ」というグレーゾーンはもちろんあります。しかし、はっきり白黒ついているものもあります。明らかに正しいもの、明らかに正しくないものは、はっきり判別できるようにした方がいい。

鈴木:明らかに「クロ」、正しくない情報とは、どんなものですか?

勝俣:私が長年、ニセ医学の検証をしてきて傾向をつかんだ、「インチキの五カ条」があります。以下のうち、2つ以上の項目が当てはまるようでしたら、「インチキ医療」の可能性が高いので、注意してほしい、というものです。

1. 「○○免疫クリニック」「最新○○免疫療法」などの謳い文句

2. 調査方法などの詳細が掲載されていない「○○%の患者に効果」

3. 保険外の高額医療・厚生労働省の指定のない自称「先進医療」

4. 患者さんの体験談

5. 「奇跡の」「死の淵から生還」などの仰々しい表現

津川:先進医療についてですが、本当に「“まだ”エビデンスがそろっていないけれど、将来効果が認められる可能性がある」治療なら、厚労省が「先進医療」に指定しているはずです。

逆に言えば、厚労省が先進医療に指定していないものはインチキである可能性が高いということも、患者さんが知っておいた方がいい重要な情報ですね。

鈴木:体験談はよくありますが、これもインチキの可能性が高いのですね。

勝俣:エビデンスのピラミッド(順位)でいえば、いち個人の体験というのは、もっとも信頼できないものですよね。

鈴木:わかっていても「この人が治ったんなら自分も治るんじゃないか」と、そそられてしまいます。

勝俣:しかし、そもそもその患者さんが実在しない場合もある。あるいは、どこか隅の方に小さく「抗がん剤と併用していた」「手術後に使い始めた」という記載があるとか。だったらそれは抗がん剤や手術の効果じゃないか、と。

津川:「がんが消えた!」というのもありますよね。

勝俣:インチキほど「がんが消えた!」と言いますね。「がんが治った!」だと薬機法に抵触するおそれがあるので、「消えた」と表現する。

津川:おお、ではこれは六カ条目ですね。

勝俣:たしかにそうですね(笑)。

インチキ医療や信頼性の低い医療情報によって損をするのは「患者」、つまりそうなり得る私たち全員だ。


津川友介(つがわ ゆうすけ)氏。UCLA助教。医療政策学・医療経済学を専門に研究。聖路加国際病院で内科医をした後、ハーバード大学で博士号を取得。著書に『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)がある。


津川:「科学が証明していないすごいものが、まだ世の中には眠っているかもしれない」と考える患者さんが多いのかもしれませんが、やっぱり、そううまい話はないんです。それに、効果がないことは「悪魔の証明」と言われるくらいで、証明するのが難しい。


その結果、正しくないと知りつつ、お金儲けのためにインチキをする人が出てくる。医師や薬剤師、栄養士など、本来はプロ意識により、そういうことをするべきでない専門家まで、それに加担している。市場が歪んでしまっているんです。

保険外診療の中には、詐欺まがいのものも含まれています。普通「◯◯したらがんが治る」と謳えば詐欺です。しかし、医師免許を持っているだけで、それが保険外診療として提供され得る。本来は医師のプロ意識で解決するべきですが、今は機能していません。何らかの規制が必要な段階かもしれない。


鈴木:本気でその治療に効果があると思っている医師の方もいるのでしょうか。

津川:エビデンスのない治療を信じている人もいるでしょう。それは宗教と同じなので、他の人に迷惑をかけないのなら個人の自由かもしれません。しかし、少なくとも専門家が正しくない情報を発信するのは許されないと思います。

勝俣:情報の非対称性が解消されていない以上、圧倒的に弱い立場なのは患者さんですからね。

津川:最近思っているのが、医療不信や昨今の健康本ブーム、ネット上の医療キュレーションメディアの問題というのは、ひょっとして医療者側にも原因があるのではないか、ということです。

患者さんに病気を告知したとき、よく受容のプロセスと言いますが、患者さんはまず、とてもショッキングなことを言われて、頭が真っ白になる。そのあとそれを否認するんですね。「そんなはずはない」「(医師が)間違っているんじゃないか」と。これまでなら、そのあと徐々に受け容れていって、「これからどうしよう」と考え始める。

昔はここで、患者さんは医師のところに、どうにか戻ってきてくれたんです。「やっぱりもう一度、話を聞かせてください」と。でも、今は先ほどもあったように、情報過多の時代です。さらに、健康本やインターネットの先には悪意を持っていたり、お金儲けを目的にしていたりする人がたくさんいる。

そんな状況で、あまりにもドライに「これが医学的に証明されています」と言っても、患者さんが受け容れられるわけはありません。「藁をもつかむ」という言葉がありますが、患者さんはたとえ詐欺的なものでも信じたい。人はなぜインチキだとわかっていても信じたくなるのか、と問わなければ何も変わりません。

医療者側はその気持ちを本当に理解できているでしょうか。こういう問題は医療者やメディア側の目線で語られることが多いですが、苦しんでいるのは誰よりも、患者さんですよね。

勝俣:おっしゃる通りだと思います。患者さんが科学的根拠に乏しい質問をしてくると、無下に否定してしまう医療者もいます。しかし、これではますます信頼関係が損なわれる。

がんの情報というのは、患者さんにとってうれしくないことも言わなければいけない。「治る」と言ってあげたいけど言えない。「治らない」と言わなきゃいけないこともある。「転移しました」「再発しました」これらも患者さんにとっては聞きたくない情報です。

患者さんにはそのサポートが必要です。やっぱり、がんの治療が難しいとなったら、「簡単だ」と言ってくれる方に逃げたいじゃないですか。これをうまくサポートできてない、サポートする時間的余裕がない現状がある。

その結果として、「がん難民」といわれるような患者の方々が出てきてしまう。積極的治療が難しくなってきたときに、病院から放り出されたように患者さんが感じることは、大きな問題です。例えば「緩和ケア」のように、患者さんの痛みを取って生活の質を向上させるのも、立派な標準治療ですよね。

医師に余裕がないなら、海外では一般的なオンコロジーナース(精神的ケアまでを含めたがん治療の専門ナース)の外来診療への導入などを検討するべきかもしれません。

鈴木:日本でもがん専門看護師が少しずつ増えてきましたが、果たす役割は大きいですよね。


津川:並行して、メディア教育と、医療者には科学的根拠のない治療の規制が必要でしょう。規制は悪いもの、規制緩和は良いものと無条件に考えてしまいそうですが、インチキ医療により人が命を落としたり、病気を悪くしたりというのは、自由診療など規制緩和の流れの中で起きていることとも言えます。

鈴木:なるほど、今の医療の課題と、これからどうするべきかが、はっきりしてきました。最後に、患者さん、そしていつ患者になるかわからないすべての人にとって、結局、どうするのが一番ですか?

津川:本屋の健康本コーナーにある本に、まともな情報はほとんどありません。インターネットの情報が玉石混交なのは、もう繰り返し指摘されています。医師にもおかしなことを言う人がいる。

ですので、大事なのは、鈴木さんのように、がんセンターやがん拠点病院といった、医師の知識や技術がある程度は担保されている専門の病院で、複数の医師から情報を収集することではないでしょうか。

勝俣:標準治療についての理解も必要です。国立がん研究センターのサイトから、ガイドラインやがんの情報を学ぶことができます。

鈴木:この記事もネット上の情報ではありますが、専門家のお二人が真剣に議論した内容ですので、これを読んでくださって、何らかの気づきがあって、今から軌道修正したり、何かあったときに、納得のいく選択ができたりするようになる方が増えたらいいなと思います。

2017年07月07日 (18:14)

小林麻央さん 左胸に腫瘤発見時に“生検”を受けなかった


 乳がんで亡くなった小林麻央さん(享年34)とがんとの闘いの始まりは、2014年2月にまで遡る。夫・市川海老蔵(39才)と一緒に人間ドックを受診した麻央さんの左胸に、腫瘤が見つかったのだ。
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「改めて触診と超音波検査、マンモグラフィーを受けましたが、乳腺線維腺腫という良性の腫瘤だと見受けられたようです。はっきりしない点もあり病院側は3か月後の再診をすすめたそうですが、麻央さん自身は担当医や知人から楽観視するような言葉をかけられていたこともあり、深刻にはとらえていなかったようです」(梨園関係者)
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 当時、麻央さんは生後11か月の長男・勸玄くん(4才)に母乳を与えていた。授乳期には乳房が張ることも多く、「乳瘤」と呼ばれる母乳貯まりがしこりのように感じられることもある。麻央さん自身、週1回母乳マッサージに通っており、乳房の状態には人一倍気を使っていた。
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「授乳期にしこりができたり乳房が張って硬くなるというのは、女性にとっては常識のように思われています。ですが、妊娠中や授乳期に乳がんにかかる可能性はゼロではありません。むしろ、乳腺が発達して乳房が張ることでしこり自体を発見しにくく、気づいたときにがんが進行してしまっているケースも多々あるのです。決して“そういうものだから”という先入観を持ってはいけません」(医療関係者)
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 この段階で、麻央さんの体が乳がんに侵されていたかは今となっては判然としない。だが、中には担当医の「がんの見逃し」を指摘する声もある。麻央さんはこのとき、細胞を取ってがんの有無を調べる『生検』が必要かどうかを担当医に確認したが、答えは「必要ないでしょう」というものだったという。元国立がんセンター中央病院院長の土屋了介氏が解説する。
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「乳がんにおいて、触診やマンモグラフィーは、『スクリーニング検査』と呼ばれるものにあたります。別名『ふるいわけ』ともいわれますが、これは“がんの疑いがあるかどうか”を見極めるもので、“がんであるかどうか”を確定させる検査ではありません。対して、『生検』は針やメスで組織の一部を切り取って顕微鏡で確認します。医療に絶対はありませんが、ほぼ間違いなく“がんかどうか”の診断が可能です」

2017年07月06日 (11:00)

海老蔵 麗禾ちゃん、亡き麻央さんにあいさつが日課

 歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)が6日朝のブログで、長女麗禾(れいか)ちゃん(5)が、6月22日に乳がんで亡くなった母小林麻央さん(享年34)に向けて毎朝、話しかけ、あいさつしてから幼稚園に行くことが日課になりつつあると明かした。
「ママに挨拶して お話して、挨拶して幼稚園へ 麗禾はママは側にいることを感じていて朝お話しするのが日課になりつつあります。そんな娘を抱きしめて幼稚園へ、見送ります」

 海老蔵は6月30日のブログで、麗禾ちゃんが七夕のお願いとして「すてきな おかあさんに なれますように」と書いたと明かした。「七夕の願い。二週間前はママが元気にはやく元気になりますように、、昨日は素敵なおかあさんになれますように、、、と変化、麗禾の葛藤。寄り添いたいと思います」と、母を恋しく思う娘の様子をつづった。

 1日のブログでは、朝起きた娘が「きのうの夢はママがまだ生きてるっていう夢だったそうです。でもやっぱりいないって、、」と言ったと明かした。麗禾ちゃんが麻央さんが生前、買った真っ赤な椅子に座り、麻央さんを祭った自宅内のスペースを見詰めている写真を掲載し、麗禾ちゃんが麻央さんを恋しく思う気持ちが日々、強まっていることをつづっていた。

 一方、5日のブログでは「そして、最近、困ったことに妹が欲しい…と言ってるそうです、、私には言わないのでどうにもならないのこと分かっているでしょうがこまりました、、」と、麗禾ちゃんが妹を求めていると報告。「気持ちわかるな、共感できる家族の女の子が麗禾には必要なのだと感じます」(コメントは原文のまま)ともつづった。

 母麻央さんを亡くした麗禾ちゃんとどう向き合うか…海老蔵は日々、葛藤しているようだ。

2017年07月06日 (10:51)

竹原慎二さん「とにかく生きてやるんだ!」がん闘病記を出版

 元プロボクシング元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二さん(45)が5日、著書「見落とされた癌」(双葉社刊、税抜き1300円)の出版記念の講演会を東京・中央区の八重洲ブックセンター本店で行い、「とにかく生きてやるんだ! という気持ちが大事」と熱く訴えた。

 14年にぼうこうがんで余命1年と宣告されてから手術、リハビリなどの闘病記をつづった。「いまはもう半年に1度の通院になりました」。発売日の先月22日には、ブログでエールを送り合っていた小林麻央さん(享年34)が乳がんで亡くなり「残念としか言いようがない」と惜しんでいた。

2017年07月06日 (10:39)

藤原紀香、小林麻央さんについて言及避ける「私の立場ではちょっと」

 歌舞伎俳優、片岡愛之助(45)の妻で女優、藤原紀香(46)が5日、東京都内で行われたコンタクトレンズ「デイリーズトータル ワン遠近両用」の発表会に出席。40歳を過ぎたころから視力が悪くなったといい、「以前、ケニアに行ったときは遠くにいるライオンが見えて、現地スタッフに驚かれたんですけどね」と苦笑。同じ梨園の妻で先月22日に亡くなったフリーアナウンサー小林麻央さん(享年34)についてコメントを求められると、「私の立場ではちょっと…」と言及を避けた。

2017年07月06日 (10:36)

海老蔵と“麻耶ママ”「いつまでもこのままで」といかぬ事情


 小林麻央さん(享年34)の葬儀が営まれて1週間後、市川海老蔵(39才)と長男・勸玄くん(4才)の姿は歌舞伎座(東京都中央区)の舞台上にあった。七月大歌舞伎で勸玄くんは父親と一緒に史上最年少の宙乗りを披露し、割れんばかりの拍手喝采──長女・麗禾ちゃん(5才)は客席で2人の姿を見守っていた。
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 家に帰ってきてもママはもういない。ただ、父子3人にはいつも笑顔で寄り添う女性がいる。麻央さんの姉・小林麻耶(37才)だ。
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 6月末のある日は麗禾ちゃんを幼稚園に迎えに行き、一緒に夕食をとって帰宅。そのまま海老蔵の自宅で、家族で一晩を過ごした。麻耶は子供たちが通う幼稚園でもすっかりママ代わり。送り迎えをする姿も今や当たり前の朝の光景で、ママ友達とも挨拶を交わす仲だ。
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《幼稚園の先生方、幼稚園のママさんたち 皆様に気遣っていただき、感謝の連続です》(7月2日付の麻耶のブログより)
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 さらにお受験の面倒を見るのも麻耶の役目。
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「麻央さんが亡くなった数日後、某名門私立小学校のオープンスクールに麻耶さんが麗禾ちゃんを連れて参加していました。麗禾ちゃんは年長さんだから来年は小学校受験。麻耶さんはすっかり“お受験ママ”のようでした」(学校関係者)
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 麻央さんの闘病中、麻耶が看病と育児に明け暮れてきたことは本誌でも報じてきた通りだ。そんな麻耶の献身に対し、海老蔵もブログに《いつも麻耶さん 優しいです》と感謝の気持ちを記していた。
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「在宅治療に切り替えた5月以降、麻耶さんとお母さんは海老蔵さんの自宅で一緒に寝泊まりして看病していました。留守中もずっとです。2月末に引っ越したマンションですが、麻耶さんとお母さん用の部屋もあり、麻耶さんは麻央さんが亡くなった今もそこで生活を続けている状況だそうです」(麻耶の知人)
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 麻央さんの最期の日も麻耶と母親が看病していて、容体の急変をLINEで舞台出演中の海老蔵に知らせた。麻央さんが亡くなった後も、子供たちと“麻耶ママ”の関係は続いている。

◆独り身の歌舞伎役者もいる
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《生まれた時から可愛くて可愛くて、どうしてこんなに妹が好きなんだろうと自分でも不思議に思ってしまうくらい心の底から大好きでした。世界一愛しい存在です》(6月26日付ブログより)
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 麻央さんの葬儀の日、麻耶はこう綴った。麻耶にとって、最愛の妹が遺していった子供たちは、わが子同然の存在だろう。亡くなった姉妹の幼い子供たちの面倒を、姉や実家の母親が見るというのは一般の家庭ならよくある話かもしれない。しかし、海老蔵は歌舞伎の名門・成田屋の総領だ。
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「歌舞伎役者に嫁いだ妻と実家の関係は、普通の家庭とはかなり違います。結婚したら実家とはかなり距離を置くのが当たり前なんです。『父』『母』といえば嫁ぎ先の両親のことで、『義父』『義母』といった言い方はしません。麻央さんもテレビインタビューで故・十二代目團十郎さんのことを『父』と呼んでいましたよね。一方、実家の両親は『実家(さと)の父』『実家(さと)の母』という呼び方になります。歌舞伎の家は独特の世界なので、嫁の実家が入り込む余地はないんです」
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 とは、ある歌舞伎関係者。そんな中で海老蔵の「成田屋」と麻央さんの実家の「小林家」の関係は異例だという。それは麻央さんの闘病という特殊な事情があったからだ。
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「実際に麻央さんの闘病が発覚する以前は、歌舞伎関係者の間から“麻耶さんは海老蔵の家に入り浸りすぎではないか”という批判めいた声も聞こえてきました」(前出・歌舞伎関係者)
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 とはいえ今、麻耶の手なくして海老蔵と2人の子供が日常生活を送るのは難しい。母を亡くして、信頼できる伯母までいなくなっては…と考えると子供たちのショックは計り知れない。
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「お気持ちは痛いほどわかりますが、いつまでもこのままというようにはいかないでしょう…。なにしろ海老蔵の家は歌舞伎界の中心である市川宗家。将来はその跡取りである勸玄くんは成田屋が教育するのが筋というものです。厳しいようですが、元妻の実家が入り込めるような世界ではありません。実際、麻耶さんは家で面倒を見たり、幼稚園などの送り迎えはしても、歌舞伎の劇場や稽古にはついていってはいないそうなので、そのあたりはご承知だと思いますが…」(別の歌舞伎関係者)

 歌舞伎の稽古そのものは海老蔵が直接つけるにせよ、歌舞伎役者としての人格形成や教養はおかみさんに負うところも大きい。それを多忙な海老蔵がひとりで行えるのか。海老蔵は「麻央と一緒に生きる」と公言しているが、いずれ周囲から再婚をすすめられても不思議ではない。
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「亡くなってすぐにひどい話だとは思いますが、それほどおかみさんは大事だということです。独り身の歌舞伎役者は少なくはないんです。尾上松緑(42才)や市川中車(香川照之、51才)は離婚して今は独身。2015年に亡くなった坂東三津五郎さんは離婚後、別れた妻が子供を楽屋口まで送り迎えしていました。でも、歌舞伎界のなかでも最も歴史ある成田屋はそうはいかないのではないでしょうか。おかみさん不在のままで、歌舞伎界一の大所帯をまとめていけるのかと不安の声はあがってしまうのです」(前出・別の歌舞伎関係者)
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 もし海老蔵に再婚話が持ち上がれば、海老蔵と麻耶ママの“代役家族”は変わらざるをえないのか。海老蔵一家の試練は続いている。
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※女性セブン2017年7月20日号

2017年07月06日 (10:12)

<がん細胞>「透明マウス」で観察 東大と理研チーム

マウスの体内を特殊な溶液で透明にして、がんが転移する様子を細胞レベルで観察することに成功したと、東京大と理化学研究所の研究チームが5日付の米科学誌電子版に発表した。がん細胞の観察には臓器を切り出して分析する必要があったが、解剖しなくても転移の様子を細胞ごとに観察できるため、見落とすリスクが減り、転移の推移も詳細に分かるという。

 チームはこれまで、マウスの血液中の赤い色素や脂質を除去し、全身を透明なゼリーのようにする方法を確立していたが、今回はがん細胞を光らせる蛍光たんぱく質を併用した結果、尾の静脈から注射された肺がん細胞が、2週間かけて臓器へ転移する経過を細胞レベルで観察した。

 透明のマウスは死んでしまうため、実験ではがん細胞を同時に注射した複数のマウスに、時間をずらして透明にする溶液を順次投与し、転移の状況を時系列で分析した。

 ◇人への応用目指す

 また、乳がん細胞があるマウスにさまざまな抗がん剤を投与した結果、抗がん剤の種類によって効き方が違うことや、がん細胞がわずかに残ることも確認した。腎臓や膵臓(すいぞう)のがんなど計9種類のがん細胞についても、透明なマウスで観察できたという。

 チームの上田泰己・東大教授(システム生物学)は「この技術ががん患者に応用できれば、転移の見逃しがなくなり、より的確な治療につながる可能性がある」と話している。【斎藤有香】

2017年07月06日 (10:00)

小林麻央さんも悩んだ、日本のがん医療の「運任せ」な側面

 乳がんで亡くなった小林麻央さんが度々、ブログで触れた「後悔」の思い。「もっと別の治療法があったのではないか」とは、多くのがん患者や家族たちが抱く思いなのだが、そもそも日本のがん医療は、病院や医師によって質のばらつきが大きく、運任せのような側面がある。(ノンフィクションライター 窪田順生)

● ステージ4でも回復する人も なぜがん患者の明暗が分かれるのか?

 先月、34歳の若さで亡くなった小林麻央さんが闘病中に綴っていたブログは、人々の心にさまざまなメッセージを突きつけた。

 筆者が特に考えさられたのは、4月13日の「浪漫飛行」と題した記述である。

 癌だって、ステージ1の時点で診断される人もいれば、気づいた時にはステージ4の人もいる。順調に治る人もいれば余命宣告から奇跡みたいに治る人もいて、そうでない人もいる。

 良い方をみても きりがないし、悪い方をみても きりがない。良い方をみてしまうとき、私は、なぜここまでにならなければならなかったのかな、と思うことがありました。もちろん自分自身の過ち 積み重ねなどあるにせよ何故、順調に治っていく道ではなかったのだろう、と。

 筆者の周囲にも、がんが発覚してから、あっという間に亡くなってしまった人もいれば、ステージ4で余命宣告を受けてから奇跡の回復を遂げた人もいる。彼らの運命を分けた「差」は何だったのか、という思いがかねてからある。

 このような「がん格差」に、本人の決断が関係していることは言うまでもない。麻央さんもブログで、「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった あのとき、信じなければよかった」と綴っている。

 もし自分が「がん」を宣告された時、果たして悔いのない決断ができるだろうか。なにか「がん格差」を是正するような仕組みはないものか。そんなことをぼんやりと考えていたら、先日発売された『日米がん格差 「医療の質」と「コスト」の経済学』(講談社)の中に、自分なりの「答え」を見つけた。
● 日米でがん治療を体験した 著者の提案とは?

 筆者が見つけた答えが何なのかということを説明する前に、まずはこの仕組みを教えてくれたこの本について簡単に触れておこう。

 本書は米スタンフォード大学で医療政策部を設立し、医療ベンチマーク分析の第一人者として知られる医療経済学者・アキよしかわ氏が、医療ビッグデータに基づいて日米の医療を比較し、日米の「がん治療」を巡るさまざまな問題を考察している。

 それだけでも十分に興味深いのだが、さらにこの本の価値を高めているのは、筆者自身ががん患者だという点だ。日本とアメリカを行き来きしながら、自らが行ってきた「がん闘病」を赤裸々に語っている。

 2014年10月、アキ氏は「ステージ3B」の大腸がんを宣告される。がん研有明病院で手術を受けるも、その後の治療は、ハワイのクィーンズメディカルセンターで受けることとなった。家族と自宅はアメリカで、自分が設立した医療経営コンサルティング会社「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」が日本にあるということで、その中間点で治療をすることにしたのだ。

 この「日米両国でのがん治療体験」が、本書にさらなる深みを増している。医療経済学者という立場からの客観的なデータ分析をベースに、実体験に基づく調査も加わったことで、データから読み取ることができない、がん患者が直面する問題が浮かび上がり、その具体的な解決策まで導きだされているからだ。

 それこそが「キャンサーナビゲーション」である。

 アキ氏自身が「本当にこの本で紹介したいこと」と語り、日本にも導入すべきだと主張するこの制度について、端的に説明している箇所があるので、引用させていただく。

 「これは現在、アメリカの医療現場で注目されているがん患者支援サービスのひとつです。ひと言でいうと、がんの闘病生活に必要な知識を有する専門家が、がん患者一人ひとりを個別にサポートする仕組みです。たとえば、低所得者層のがん患者が金銭的な問題から治療の継続を断念していた場合、キャンサーナビゲーションの担い手である「キャンサーナビゲーター(Cancer Navigator)」は患者の自宅を訪れてヒアリングし、本当に治療が困難か検討します。そのうえで、必要であれば医療の専門家、財務アドバイザー、地域の支援団体への橋渡しを行う――というようなサポートを行います」(P25)

 キャンサーナビゲーターは、がん拠点病院で研修を受けるが、治療法を提案したりすることはなく、あくまで患者自身を支えることに徹する。

 だから、身につける知識は、患者やその家族を「誘導」しないという、支援者ならではの「話法」や「表現」から、心の悩みに対する向き合い方、さらには怪しい治療法などの情報が溢れかえるネット上での「信頼できるサイト」の見極め方など多岐にわたる。
● ビッグデータ解析で明らかに! 「日本の病院は当たり外れが大きい」

 小林麻央さんのケースからもわかるように、日本のがん患者とその家族は、「本当にこの選択でいいのか」という不安を抱えながら孤独な戦いを強いられる。あくまで決断するのは本人だが、その決断を後押ししてくれる「伴走者」がいない。だから、時に「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった」という後悔も生まれる。

 つまり、アキ氏が提言するように「キャンサーナビゲーション」という仕組みが日本にも導入されれば、「がん格差」に悩む人たちの苦しみが軽減される可能性があるのだ。

 そう言うと、「アメリカみたいな医療を受けられない人がたくさんいるような国ならそういうサポートも必要だろうけど、日本のような誰もが質の高い医療を受けられる国では余計な混乱を招くだけじゃない?」というような人もいるだろうが、個人的にはアメリカよりも日本の方が、この仕組みを必要としていると感じている。

 なぜかというと、アキ氏の専門分野である日米の医療ビックデータで分析してみると、実は日本の「がん医療」というのは、アメリカよりもはるかに「質」のバラつきがあるからだ。本書に詳しいデータが多く掲載されているので、ここでは詳述しないが、この現象をアキ氏は以下のように総括している。

 「(アメリカの)多くの学会では病院のガイドライン遵守率を調査し、公表しています。その結果、アメリカの患者は等しく最新の標準治療を受けることができるようになっているのです。一方で、日本にも専門分野ごとの学会があり、それぞれの学会で診療ガイドラインを出しています。しかし、それが遵守されているかといえば、遵守率の調査は行われておらず、結果も公表されていないためわかりません。日本では、病院のやり方、医師個人の判断や経験に左右され、ガイドラインが遵守徹底されているとはいいがたい現実があるのです」(P85)

 もちろん、アキ氏は日本の医療の「質」が低いなどということを主張しているわけではない。むしろ、がん研有明に術後入院した際には、アメリカでは見られない日本の医療従事者の献身ぶり、特に看護師の役割の大きさを評価し、ベンチマーク分析では見えてこない、患者の「救い」となっていると指摘している。ただ、事実として、医師や病院の個人によっておこなわれている医療にバラつきが多いということを指摘しているのだ。

 要するに、当たり外れが激しいのだ。

● 金持ちであっても 「ハズレ医師」に会う

 よく日本の医療は「世界一」といわれる。その評価についてはここでとやかく言うつもりはないが、もし日本の医療が「世界一」だとしても、あなたの目の前にいる医師が「世界一」だという保証はないのだ。

 このように病院や医者ごとの格差の激しいがん医療を受けなくてはいけない日本人は、外れを少しでもリスクヘッジしなくてはいけない。

 かといって、がんになってから本人と家族が専門書を読み漁って勉強をしても間に合わない。患者とその家族が悔いのない決断をするための、正しい知識を提供してくれる「キャンサーナビゲーター」は、大きな手助けになるはずだ。

 さらに、「信頼できる相談相手」という存在も大きい。人生で初めての「戦い」を前に、心が折れそうになるのは当然だ。医師との話し合いももちろん大切だが、それ以外の「(正しい知識を身につけた)伴走者」がいてくれれば、患者本人のみならず、家族も心を落ち着けて、納得のいく方策を選び取っていくことができる。

 日本人にとって「がん」はもはや国民病であり、金持ちも貧しい者も関係なく誰もが等しくかかる。そして金持ちだからといって、「当たり医師」に診てもらえるとは限らないのだ。社会主義国家ではないので、経済的な「格差」はいたしかたないとしても、「がん格差」くらい国家の力で是正していただきたい、と思うのは筆者だけだろうか。
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窪田順生

2017年07月05日 (11:05)

死亡率が上がっている前立腺がん、男性機能が失われる恐怖とは


少し前のデータになるが、2014年の日本でのがん死亡は36万8103例。死亡数が多いのは、上から順に肺、胃、大腸、膵臓、肝臓となっている。肺がんと大腸がんは死亡率が上昇傾向にあるものの、胃がん、膵臓がん、肝臓がんの死亡率は下降しているという。

 しかし、この裏で、あるがんの死亡率が上昇している。それは前立腺がん。恐ろしいことに、2015年のがん罹患率(病気にかかる割合)の短期予想は10年前の3倍で、9万8400人が前立腺がんになるとされたほどである(2015 国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター より)。しかも、男性では一番罹患者が多く、成人男性であればもはや、無視できない病になった。

 とはいえ、前立腺がんは、肺がんや胃がん、大腸がんに比べると、いまだに馴染みが薄く、よくわからない面がある。わからないだけに不安だけが先行しかねないが、前立腺がんの不安を解消するべく前立腺の仕組みから最新の前立腺がんの治療まで幅広く網羅した一冊が、『前立腺がんは怖くない』(小学館)である。

■日本人はかつて、前立腺がんにならなかった?

 前立腺は男性にしかない臓器だということは知っていても、どのような役割があるかといった詳しいことを知らない人も多いことだろう。簡単に説明すると、前立腺とはほ乳類のオスだけが持っている臓器で、精液の一部を大量生産するほか、泌尿器系から生殖器系への細菌の感染を防ぐセーフガードの役目があると考えられている。クルミのような大きさ・形をしており、成人で一定の大きさになる。しかし、まだ解明されていないことが多く、未知の臓器といってもいい。

 日本で前立腺がんが認知されるようになったのは、PSA(腫瘍マーカー)検査が普及した1990年代。それ以前は、「日本人は前立腺がんにならない」「日本人は前立腺がんが少ない」といった定説が流布していたほどで、一般人はおろか、医療関係者の間でもきちんと認知されていなかった。

 前立腺がんが見つかった場合、治療法は、

1.手術
2.放射線療法
3.内分泌治療法
4.PSA監視療法

 の4つから選択される。「進行スピードの遅い前立腺がんは、早期に発見すれば、いろいろ有効な対策がありますから、命に別状はありません」(第3章 p79-80)というわけだから、早期の発見がいかに有効であるかを理解しておいた方がいいだろう。そして早期発見は、前立腺がんに限ったことではなく他のがんでも同様だということは強調しておきたい。

 選択できる治療法は、がんの進行度合いによって変わることは、誰でもイメージできるだろう。リンパ節、骨、他臓器に転位が見られる「転位進行がん」になると、手術が非常に難しく、選択されることはまずない。

 では、医師はどうやって根治の可能性をジャッジするのか。本書では次のように言及している。

「具体的にお話すると、医師はまず患者さんを診察します。その際、転移があるかどうかだけでなく、前立腺がんがどういう進行段階のものか、悪性度はどうか、腫瘍の強さはどうか、腫瘍の病期――ステージはどうか、PSAの値はどうか……と、がんの性質を診ています。その際に、こうした情報をすべて加味してリスク分類を行なっていきます」(第3章 p102)

 ここで言うリスクは、「低リスク」「中リスク」「高リスク」の3段階に分類され、治療法は最終的に、リスク分類にしたがって患者と相談しながら決められる。最適な治療法は患者一人ひとり異なることになるわけだから、患者には医師が提案する治療に対して、これからの生き方などの観点から治療法をジャッジすることが求められる。

■手術で男性機能が失われる恐怖

 早期発見した場合、用いられることが多い治療法は手術だが、一番の心配は、「手術後に、ちゃんと勃起するのか」ということではないだろうか。女性にはなかなか理解されないが、勃起は男にとって一大事。しかし残念ながら、性機能に関する神経や、尿、腸機能の神経など、様々な神経が前立腺を取り巻いているので、勃起力は手術前に戻ることはない。残酷かもしれないが、前立腺がんを手術で治療するとしたら、この現実は受け入れるしかない。

 この問題は、現場の医師にとっても悩ましい。本書でも、そのことが綴られており、医師の苦悩が垣間見える。

「患者さんとお話していると、使っている、使っていないに関わらず、勃起するという事実が、生きる原動力や推進力になっているように感じることもあります。おそらく、セックスができる、できない、ということでも、快感や快楽の問題でもなく、生殖器が正常に機能しているというのは、男性としての自信の源なのではないでしょうか。

 今までわかりやすく勃起という言葉を使っていましたが、『男性機能』といったほうが、状況をよくいいあらわしているかもしれません。

 手術を終えた患者さんの中には、「男を終えた」「急に年をとってしまった感じがする」と嘆く方もいらっしゃいます。自分が人生を闘ってきた象徴として、男性機能が存在していたのです。いわば自尊心の塊です。これが手術で、すべてとまではいわないまでも失われてしまう。その恐怖が非常に大きいのだと思います。とても深く難しい問題です」(第5章 p119-120)

 男は女より繊細なところがある。男としての機能が一部でも失われると、男としての価値が下がったとショックを受けてしまうもの。これは年齢とは関係なく、何歳になってもそうだ。だから、前立腺がんの手術を受けた男性の配偶者には、そんな男性の繊細な心を十分理解して接して欲しいと思う。

 男性機能の低下のほかに、手術によっては射精のクオリティ低下なども起こり得るが、本書では術後の変化の中で一番深刻なものとして、手術によって排尿のクオリティが下がることを挙げる。尿漏れを起こすケースが多く見られるという。

 著者は、日本人の場合、性機能のクオリティが下がることより、排尿のクオリティが低下することのほうがガッカリする人が多いのでは、と指摘する。

「だいたい、患者さんの85%が3か月で尿漏れがなくなります。1年経てば95%は治まっているといっていいでしょう。ただし、平均3か月ですから、耐えるのが難しいと感じる方もいます。むしろ日本人の場合は、性機能のクオリティが下がることより、こちらのほうでがっかりする方が多いかもしれません」(第5章 p129)

 生理的な尿失禁が頻繁に起こる女性と違い、男性は尿漏れに慣れていない。起こしてしまったことで衰えたと思い込んでしまい、打ちのめされてしまう。ナイーブな生き物だけに引きずってしまいかねないので、周囲のサポートや励ましも、前立腺がん経験者のQOL(生活の質)を高めるには大切なことだろう。

いい病院に巡り合うには、家族医を持つこと

 本書では最新の治療法についても言及。冷凍療法やサイバーナイフなどについて紹介しているが、高度な医療を提供する病院が必ずしも、いい病院とは限らない。患者ごとにいい病院は異なる。

 では、どうすればいい病院に巡り合えるのか。著者は遠回りと断った上で、家庭医を持つことを薦める。家庭医とは、家族全部まとめて診るような医者のことで、地域密着型の開業医と言い換えることができる。そうすることが、いい医師に巡り合える一番の近道だというが、これはどういうことか。この件について、次のように述べている。

「家庭医をわかりやすく説明すると、何かあったときの『相談窓口』ということでしょう。私たちは、何でも相談できる近所のお医者さんをつくっておく、ということが大事なのです。こうした先生に『前立腺がんの治療を受けたいのだけど、どこがいいだろうか』と相談するのです。

 日本では、これがいちばん失敗のない方法ではないでしょうか。紹介するほうも、紹介された側も、問題が起こった場合、それぞれに責任が生じます。ですから、よい病院、よい医師に当たる確率が高くなるのです」(第7章 p181)

 でも、医師だって人間。患者からすれば、合う/合わないがある。合わない場合は、セカンドオピニオンを活用すればいいだろう。そして著者によれば、「断言する医師のほうが信用ならない」(第7章 p183)とのこと。前立腺がんに限って話ではないが、医療の世界に「絶対」はないと肝に銘じておいた方がよさそうだ。

 男性固有のがんである以上、男性に読んでほしいのはもちろんだが、本書は女性も読んだ方がいいだろう。男は女と違い、繊細で弱い生き物だということが理解できる。そして、その上で、身近で大切な男性が前立腺がんに罹患し治療を受けたときに、支えるのに役立ててほしいと思う。

文/大沢裕司
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@DIME編集部

2017年07月05日 (10:50)

女性たちが小林麻央さんから学んだ「強さ」と「家族愛」

「神保町☆女子大生Cafe」第49回。現役女子大生(JD)たちが、旬で話題の流行りネタについて言いたい放題のから騒ぎしちゃいます!

6月22日、乳がんで闘病していたフリーアナウンサーの小林麻央さんが34歳の若さで逝去。翌23日には、夫で歌舞伎役者の市川海老蔵さんが記者会見を開き、涙をこらえながら「『愛してる』、そのひと言を言って、そのまま旅立ちました」と報告しました。

病気が公になった去年の秋から、麻央さんはブログを開設し、352回更新。たくさんの人の心に響くメッセージを届け続けたことでも度々話題となりました。

そこで、今回のテーマは「JDたちは麻央さんの闘病から何を感じ、何を思ったのか」。女子大生からも悲しみの声が広がっています。

「病気と闘い続ける麻央さんにとても勇気付けられていたので、亡くなったというニュースを聞いた時は信じられませんでした。海老蔵さんのブログを読むたびに涙が出そうになります。

ただ、このニュースに関するマスコミの対応はとても残念だと思いました。海老蔵さんが『記者会見の場を設けるから自宅には集まらないでほしい』と言っていたのに、押しかけて取材をしようとしたり、同じ日本人としてとても恥ずかしいです」(乃絵ちゃん・白百合女子大学1年・19歳)

「麻央さんが亡くなったことはLINEニュースで知りました。同性として好感を持っていて、本当に好きだったので、ビックリしたしショックでした。亡くなった直後に会見を受け入れた海老蔵さんは本当に辛かったと思う。癌が再発しなくなる治療法が早く見つかってほしい」(美玲ちゃん・白百合女子大学1年・20歳)

「海老蔵さんは、自分の舞台があるのにブログをたくさん更新したり、会見を開いたりして大変だったと思います。これからお父さんとお母さん、両方の役をやらなくてはいけなくなるので背負うものがたくさんあるかと思いますが、家族愛で乗り越えていってほしいです」(あかりちゃん・跡見女子大学1年・18歳)

「ニュースを聞いて、ただただ驚きました。小さいお子さんを残して亡くなったのは、ご本人もとても辛いと思います。海老蔵さんの会見を見ていると、私もつられて涙が出てきました。

今回のニュースを見て、病気の恐ろしさを改めて知りました。いつ身近な大切な人がいなくなってしまうのかわからないので、日々、家族を大切にしていきたい」(美穂ちゃん・明治大学2年・20歳)

「麻央さんはアナウンサーとしても、お母さんとしても素敵な方で応援していたので報道を見て本当に残念に思いました。

以前、『SMAP×SMAP』に海老蔵さんと息子の勧玄くんが出ていた時、ふたりともとっても楽しそうだったのが印象的でした。早くまたその笑顔を見れるようになるといいなと思います。麻央さんの分まで頑張ってほしいです」(麗香ちゃん・明治大学2年・19歳)

「小林麻央さんのブログにはいつも感動しました。がんと戦いながらも、周りの人への気配りも忘れず、いつも前向きで本当に強い人なんだと思います。そんな麻央さんを支えた海老蔵さんは、亡くなった直後も自分の公演をこなし、インタビューにもしっかりと答えていてすごいと思いました。これからもお子さんたちと一緒に頑張ってほしいです」(恵美ちゃん・学習院大学2年・21歳)

「麻央さんが亡くなる直前に最期の力で『愛してる』と言われたのは本当に切ない。海老蔵さんは奥さんを失ったことによって心に深い穴が空いてしまったのではと思うと、辛い気持ちになります。ブログではお子さんをすごく大切にしているので、今後も応援していきたいです」(彩乃ちゃん・大妻女子大学1年・18歳)

「海老蔵さんブログは麻央さんの愛に溢れ、とても温かい内容だったので、いつも癒されていました。麻央さんが亡くなってから、やはり辛そうな内容ばかりですが、ふたりの子供のお父さんとして頑張ってほしいです。勧玄くんの舞台も成功しますように!」(菜々子ちゃん・青山学院大学2年・20歳)

「麻央さんのブログは開設時から読んでいたので、亡くなったというニュースを聞いて、とても悲しかったです。ふたりの子供との温かいエピソードを毎回微笑ましく見ていました。幼い子供を残してお母さんが旅立ってしまうのは辛く寂しいと思います。お母さんから受けた優しさを忘れずに成長していってほしい」(菜摘ちゃん・大妻女子大学2年・20歳)

JDたちも多くの人と同様に一連の報道を胸が詰まる思いで見ていたようです。深刻な病状でも前向きに生きていく姿を発信し続けた麻央さんのブログに勇気づけられたという声もたくさんありました。

日本中に笑顔とやさしさと生きる強さを届けてくれた麻央さん。心からご冥福をお祈りいたします。

(取材協力/株式会社KIRINZ)

2017年07月05日 (10:41)

海老蔵さんも麻央さん伴い頻繁に 「瀉血療法」って何だ?

「夫婦で血抜き終了」

 市川海老蔵(39)の2014年10月1日付の公式ブログにこう記されている。この時期といえば、まさに最愛の妻だった小林麻央さん(享年34)にがんが発覚した頃。3日後にも「血抜きあと顔面編」と笑顔の海老蔵の姿があり、夫婦が治療法を模索していた様子がうかがえる。 海老蔵が麻央さんを伴って行っていたのは、瀉血療法(カップクレンジング)と呼ばれ、その起源は古代ローマまでさかのぼる。体に針を刺し、器を真空状態にしてかぶせ、汚れた血を排出するというもの。中国では「刺血」「刺絡」と呼ばれる伝統的な治療法で、韓国でも盛んに行われている。アンチエイジング効果などが期待され、ハリウッドセレブなどにも愛好者は多い。国内では、元プロ野球選手やプロレスラー、タレントの小島よしおらが行っていることでも知られる。

 海老蔵のブログには11月26日にも、瀉血療法についての記述がある。

「まおは3回目。嫌いでないみたいなのですが、良かった」と記されている。短い期間で頻繁に治療に行っていたことが分かる。海老蔵夫婦が治療を行ったクリニックとは違うが、同じ瀉血治療を行う「青山からだのクリニック」の担当者によると、「針を刺す痛みはほとんどなく、鍼灸治療よりもラク」だという。当然ながら、医師法にのっとった正規の治療だ。

「海老蔵さんは、父の團十郎(12代目)も白血病で66歳の若さで亡くしている。西洋医学の限界も感じ、あらゆる治療法を試していました」(歌舞伎関係者)

 一部報道では、放射線、抗がん剤、ホルモン療法などの標準治療を早期に行わなかったことをなじるような意見もあるが、こればかりはがん患者を持った家族でしか分からない葛藤もある。

 海老蔵夫婦は、この瀉血のほかにも、通常の鍼灸や電気などさまざまな治療を試みていた。
 結果的に麻央さんの命を救うことはできなかったが、妻を救いたいという海老蔵の強い意志はひしひしと感じられる。

2017年07月05日 (10:33)

水素水でがん治療?小林麻央さんが通った病院に”業務停止命令”

乳がんで死去した小林麻央さん(享年34)の早すぎる死に、「十分な医療を受けていなかったのではないか」という疑念が尽きない。こうした中、治療先に選んでいた医療機関が行政処分を受けるという由々しき事態が持ち上がった。7月4日発売の『女性自身』(光文社)が、小林麻央さんが通院していた東京・渋谷区内の内科クリニックが無届のさい帯血医療を行ったとして、厚生労働省から再生医療の一時停止命令を受けたと報じた。

「出生児のへその緒を使ったさい帯血の投与は、再生医療に効果があるとうたわれているものの、医学的に十分に立証されておらず、感染症のリスクもはらみます。厳しい管理下で行われなければならず、無届であれば医療ミスも起きかねません」(全国紙記者)

 当該の病院は行政処分を受けてのテレビ局の取材に対し、「行政処分を深く受け止め法令順守の上、診療に努めてまいりたい」と陳謝。不適切であったことを認めた。

 麻央さんはこの病院で、さい帯血投与ではなく水素温熱免疫療法を受けていたとされる。この聞きなれない新型療法の紹介文が波紋を呼んでいる。

■問題の病院がマンガを使い効能を猛アピール

 病院のホームページに記載された水素温熱免疫療法の説明によれば、高濃度水素水を用いた温熱療法のことらしく、院長自ら「H2アクアサーミア」と命名。40℃前後の高濃度マイクロナノバブル水素水が、あらゆるステージのがんに効果があるという。同クリニックでは、マンガまで使って、積極的に効能をうたっている。

「要は、水素水の入った風呂に入るだけのこと。ホームページの研究実績では、『80名のうち79名の方が、ガンの進行を遅らせることができた』とうたっていますが、遅れたかどうかは医師の主観にゆだねられる。水素水自体が、効果が科学的に証明されているわけではありません。」(前出・全国紙記者)

 2年8月に及ぶ闘病生活では、気功にまで手を出した麻央さん。回復に向けての飽くなき追求が、客観的な判断を狂わせ、早逝につながったのか。同じくがんに苦しむ人々のため、詳細な検証が望まれる。

文・真田栄太郎(さなだ・えいたろう)※1978年神奈川県出身。大学在学中にフリーライターとして活動を始め、『東京ダークサイドリポート』(ワニマガジン社)、『週刊宝島』(宝島社)、『Hot Dog Press』(講談社)などに寄稿。現在は週刊誌の記者・編集者として事件、芸能取材に奔走する

2017年07月05日 (10:15)

がん告知を受けた妻が語る 夫にしてほしい7つのこと

フリーアナウンサーの小林麻央さんの乳がん闘病を支えた夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さん。こうした姿を通じて「自分の妻ががんになったら……」と想像した方も少なくないのではないでしょうか。今や、日本人の約半分が何らかのがんにかかる時代です。たとえ自分が免れても、パートナーががんにかかる可能性はあります。もしそれが現実になったら、自分はどう行動すればいいのか。2児の母であり、産業カウンセラーとして活躍する中、卵巣がんに罹患し治療を受けたがんサバイバー、太田由紀子さんが、自身の体験を基に「妻ががんになったとき、夫ができること」についてお伝えします。
◇  ◇  ◇

 私は2015年にがんに罹患し、手術・抗がん治療を受けた卵巣がんサバイバーです。人間ドックで腫瘍が見つかりいくつかの検査後、がん(かもしれない)との告知を受けた私はとてもショックで、頭が真っ白になりました。怖くて悲しくて毎晩泣いてばかりの私に、夫はそっと寄り添ってくれました。

 夫は私が思っていたより、肝が据わっていたんだな、と思いました。しっかり対応してくれることに驚くとともに、とても安心し頼りにできました。

 でも抗がん治療後6カ月くらいしてから、夫に告知された当時のことを聞いてみたら、夫はぼそっと「夢のようだった」と答えました。夢の中にいたようで、本当にあったこととは思えない、よく思い出せないと言うのです。

 私はその言葉を聞いて、夫が私と同じように、もしくは私以上に、私の病気や治療についてショックを受けていたことを知りました。そして、夫が私を失くすかもしれない恐怖や悲しみを抱えながらも、私や家族を支え続けていたことに気づき、心から感謝しました。

 うちの妻は、がんにならない

 そう思っている方が多いと思います。そんなことなど考えてもいない人がほとんどかもしれません。でも、日本人の2人に1人ががんになる時代。がんになる確率は歳をとるごとに上がっていきます。

 そんな重い病気の人を支えることなど僕にはできないと夫が投げ出したら、妻はどこにもすがることができなくなり、病気にも自分にも負けてしまいます。

 そこで、この記事では、身をもって経験した立場から、がんになった妻をどう支えたらいいかについて、ご提案します。同時に、ここで書く内容が、今治療中の奥様を支えている皆さんにとってのエールになればと思っています。

1. 「よく頑張っているね」と言ってほしい

 しかし応援と言っても、「頑張れ!」ではなく、「よく頑張っているね」と、その行動を認め、ねぎらってください。一生懸命頑張っている人に、もっと頑張れと言うのは酷です。
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2. 夜、ベッドでは泣かせてください

 子どもの前では泣けません。次の検査まで、もしくは次の検査結果が出るまで、妻は家族の中では、明るい母を演じ続けます。その分、一人になったときに泣きます。私はシャワーを浴びるとき(声が聞こえない)やベッドで泣くことが多かったです。涙も気持ちを発散させる効果があり、次のステップに進むために必要です。そんなときは面倒くさがらずに一緒にいてほしいのです。
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3. 寄り添って、一人にしないでほしい

 がんという爆弾を抱えた妻は、とてもナーバス、ネガティブになっています。一人になることを一番怖がっています。混乱して、どんな言葉も届かない、もしくは聞きたくないと心を閉ざす可能性もあります。逆ギレされる場合もあるでしょう。

 例えば、「私、どうしてがんになったの?」と聞かれ、夫が「分からないよ!」と答えたとします。妻は「そんな冷たい言い方しないで、他人事なのね」とキレるかもしれません。でもそれはすべて不安で寂しいからだと考えてください。じゃあどんな声掛けをしたらいいでしょう。

 前述した夫の気持ちを推測してみると、おそらくショックを受け動揺しているのは夫も同じだと思います。妻に聞かれてもどう答えてあげたらいいのか分からない、どうしよう……と泣き出したい気持ちも同じかもしれません。
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4. 家族も第2の患者、一緒に歩いていきましょう

 治療が終わった今の私が言えることは、夫も本音を言ったほうがいいような気がします。自分もショックを受けてどうしたらいいか分からないけれど、一緒に考え進んでいこう。そう言ってもらえたら、納得するような気がします。


 「大丈夫、一緒にいるから」と寄り添ってもらえたら、私一人きりではないんだと、安心して眠れます。できれば、ぎゅっと抱きしめてあげてください。
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■治療方法の決め方、医師との付き合い方

 病院で様々な検査の結果を受けて、医師より治療方法の提案がされます。これまで何か病気やけがをすると、病院の言われるままに治療や投薬を受けていませんでしたか? 私もそうでしたので、これまで病院や医師の決定に疑問を持ったことはありませんでした。

 しかし、がんの治療になるとそうも言っていられなくなります。まず、医師の話は専門用語が多くさっぱり分かりません。「分かりましたか?」と聞かれても、何を聞いていいかが分からない。情けない状態になります。帰宅後、家族に聞かれても説明ができないのです。

5. できれば病院は(時々でもいいから)一緒に受診してほしい

 初診時の医師が主治医になる場合も多いので、できれば一緒に受診できると安心です。医師の話を一緒に聞くことで、病気の情報共有、気持ちの共有ができます。時々でもいいと思います。検査結果を聞くときや、治療方法を決めるときはできるだけ同行してください。

 私のがん友(がんのお友達)は、手術方法を医師に提示され、分からないまま同意して、帰宅した夫に言ったら「君が決めたんだろう」と投げやりに言われ、号泣したそうです。がんになっているだけでいっぱいいっぱいなのに、それ以外のことで悲しい思いはさせてほしくないと思いました。
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6. 情報に惑わされないで

 自分のがんについて、怖くて知りたくないと思う人と、詳しく知って自分の置かれた状況を冷静に判断したいと思う人と分かれると思います。私は後者でしたが、調べれば調べるほど、情報の渦の中に巻き込まれ、正しい判断が難しくなります。

 試しにインターネットで「がん・治療」と検索してみてください。その多岐にわたる治療方法に面食らいます。

 がんになっただけでショックなのに、がん患者のメンタルに配慮のないサイトも多く、悶々とすることも多いものです。

 そんな情報に疲れた妻をいたわってあげてください。変な情報に惑わされるな!と言いたくなる気持ちはぐっと抑えて、一緒に妻の罹患したがんの勉強をして、治療方法を考えてほしいと思います。セカンドオピニオンも然りです。
7. 患者会を探してみる

 がん患者は、自分と同じ部位のがんになった患者やサバイバーの話を聞くと落ち着きます。同じがんのサバイバーが元気にしている姿を見たり、話を聞くことで安心し、未来像が描けるのです。がんの患者会はたくさんあるので探してみてください。

 その際、特定の医師の治療方法に偏っている団体や宗教的要素があるところは避けたほうが無難です。そんな判断も、妻より夫が冷静に、してあげたほうがいいかもしれません。

太田由紀子 産業カウンセラー/フリーライター。出版社、放送局勤務後、産業カウンセラーの資格を取得。傾聴でカウンセリングを行う。日経ビジネスオンライン「メンタルリスク最前線」や日経ウーマンオンライン「働き女子のメンタルヘルス」コラム執筆(共に終了)。日経ビジネスムック『課長塾 部下育成の流儀』にも登場。
[日経Gooday 2016年7月5日付記事を再構成]

2017年07月05日 (09:39)

がんになる確率、妊娠への影響は?/遺伝疾患「相談」部門開設の動き


して悩んでいる人を心理的、社会的に支援する「遺伝カウンセリング」を開設する動きが青森県内医療機関で出始めている。青森市の産婦人科医院が5年前から実施しているほか、弘前大学医学部付属病院が今年4月、遺伝カウンセリング部門を設置。県立中央病院(青森市)も本年度、遺伝子検査に関する相談外来を開設した。出生前診断が話題となったり、遺伝性の疾患がクローズアップされたりして、遺伝子検査に関心が高まっていることが背景にある。
 青森市の産婦人科エフ.クリニックは2012年4月から週1回、妊娠・出産に関連した相談を中心に遺伝カウンセリング(1時間3千円)を実施している。これまで、同クリニックへ通院している人の相談が約200件あったほか、カウンセリングのみを目的として訪れた相談者が17人いた。
 「流産を繰り返すのは遺伝の影響か」「染色体異常があると診断された。今後の妊娠に影響はあるか」「近親者に乳がんの人がいるので心配」などの相談が寄せられている。
 藤井俊策院長(臨床遺伝専門医)は、相談者の問診票を基に家系図を作成。遺伝が妊娠に与える影響、遺伝疾患やがんを発症する確率などを示し、今後どのようにするか自分自身で意思決定できるようにサポートしている。カウンセリングを受けた人のうちこれまで遺伝子検査を受けたのは4人で遺伝疾患で陽性となった人はいなかった。
 藤井院長は「カウンセリングを受けて安心したという人がほとんど。遺伝について不安や悩みがあるのならカウンセリングを受け、焦らず十分考えて対応してほしい」と語り、「遺伝疾患は産婦人科に限らず、すべての診療科に関係しているので、学会認定の遺伝専門医に限らず、総合病院の各専門医がカウンセリングを行うのが望ましい」とも話した。
 弘前大学医学部付属病院は今年4月、総合患者支援センター内に遺伝カウンセリング部門を設置し、医師が、同病院患者のカウンセリングを行えるようにするとともに、遺伝疾患に関する情報を収集・提供する体制を整えた。カウンセリング料は1時間まで5400円。
 県立中央病院は本年度、遺伝子検査に関する相談を総合的に受け付ける専門外来「臨床遺伝科」を開設。6月から同病院の患者を対象に予約を受け付け、中旬には1件のカウンセリングを行った。料金は30分ごとに8570円。
 北澤淳一・臨床検査部長兼臨床遺伝科部長は「医療の進歩に伴い、遺伝子検査の希望者が県内で増え、遺伝カウンセリングの重要性が増している」と話し「専門外来で遺伝子検査の正しい知識や対応法を伝えることで、適切な治療に結び付くことを期待している。臨床検査の面から健康寿命延伸に貢献したい」と語った。
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東奥日報社

2017年07月04日 (11:43)

がん治療時の経済面の不安について、専門家に聞いてみた

がんと診断されたら、誰の頭にも浮かぶであろう、治療費のこと…。そんな経済面の疑問や不安について、国立がん研究センター東病院サポーティブケアセンターの坂上はと恵さんにアドバイスをいただいた。

Q.治療のため、サプリメント類をあれこれ買って飲んでいます。これらは医療控除の対象になりますか?

A.対象となるのは医薬品の購入費のみ。栄養ドリンクやビタミン剤などのサプリメント類は対象外となります。

「対象になるのは処方箋による薬代や市販の風邪薬代などで、栄養ドリンクやビタミン剤などのサプリメント類は対象外になります。また、治療のためのマッサージや指圧、鍼灸などの施術費用は対象になりますが、カイロプラクティックの費用は対象外。バスや電車を利用した場合の通院費は対象になりますが、タクシー代は原則として対象外です」

Q.がんでかかる治療費は、一般的な生命保険でカバーできますか?

A.多くの部分はカバーできますが、「がん特約」や「先進医療特約」などに入っていると安心度がアップします。

「多くはカバーできますが、先進医療に該当する治療法は特約に入っていないと適用されません。今はがんと診断されたらお金が支払われるものや、生命保険会社から直接病院に治療費が支払われるものもあります。早い段階で、保険会社に給付金請求の時期や方法を確認しておきましょう。外来での治療にも適用されるかなど、保険の見直しも大切です」

Q.長期の治療になりそうで、お金が足りるか心配です。何か公的な援助などはありますか?

A.医療費が高額になった際に「高額療養費制度」が利用できます。

「医療費が高額になった際には『高額療養費制度』が利用できます。この制度を利用すると、病院や薬局で支払う金額が自己負担限度額を超えた場合、超えた金額をあとで払い戻してもらえます。ただし、保険適用外の医療費や入院時の食費、居住費、差額ベッド代、先進医療にかかる費用、交通費などは対象外です」

Q.がんになり、どれだけ治療費がかかるのか、そしてそれを払えるのか不安です。

A.「限度額適用認定証」で、病院への支払いは自己負担限度額に。

「実際に支払う金額は減額することが可能です。『限度額適用認定証』を窓口に提出しておけば、病院への支払いは最初から自己負担限度額で収まるのです。2012年からは抗がん剤の副作用による体調不良が『障害年金』の対象になるケースも。治療前後の体調変化や生活への支障について日記をつけておくといいですよ」

◆がん治療のための医療費が高額になったら
「制度内容は改定されることがあります。ぜひ最新情報をチェックしてください」と、坂上さん。知っておきたい以下のポイントも教えてもらった。

◆保険適用と非保険適用
「がんの治療には『健康保険が適用される治療』と『適用されない治療』があります。保険診療の場合、基本的にはどこで治療を受けても金額は同じです。一方、『先進医療(厚生労働省が特に将来性があると承認した医療)』には保険が適用されないので、その場合の治療費は自費での支払いが必要です」

◆実際に支払う金額はいくら?
「例えば医療費の総額が40万円、保険外の負担(入院時の食事代や差額ベッド代など)の総額が10万円の計50万円だった場合。保険が3割負担だと、医療費の総額の3割分(12万円)を患者が医療機関に支払い、残りの7割(28万円)は保険者(健康保険事業の運営主体)から医療機関に支払われます。つまり実際に患者が負担する額は、12万円+保険外負担10万円の合計22万円となります」

◆高額療養費制度とは?
「以下のルールに基づいて『高額療養費制度』を申請すると、自己負担限度額を超えた金額があとで払い戻されます。自己負担限度額は年齢や所得で、金額が異なります。

1.1カ月(1日~末日)に支払った医療費であること。
2.同じ医療機関(歯科は別計算)で支払った医療費が対象。
3.外来と入院は別々の扱い。保険適用外(入院時の食事代や差額ベッド代)の医療費は対象にならない。
※高額療養費制度について、より詳しく知りたい場合は、厚労省サイトhttp://www.mhlw.go.jpでサイト内検索を

◆入院が決まったら「限度額適用認定証」の申請を!
「入院が決まったら(外来治療の場合は治療開始前)、まず『限度額適用認定証』を取得しましょう。これを病院の窓口に提示すれば、請求される医療費は『高額療養費制度の自己負担限度額まで』になります。ただし、自動的に発行されるものではないので、自分から申請しなくてはなりません」

限度額適用認定証は、各健康保険の窓口に申請して発行してもらう。「国民健康保険」なら、自分が住んでいる市区町村の国民健康保険の窓口で。「○○健康保険組合」のように、企業などの健康保険組合の名前が書かれている場合はそちらが窓口になる。保険証の「保険者名称」で確認を。

2017年07月04日 (11:40)

<ケア用品>おしゃれに! 乳がんの女性、病院に開店 群馬

 がん治療の副作用などに悩む患者らが使う帽子などのケア用品は、その多くが「機能重視」になりがちで、おしゃれなものは少ない。そんな現状を変えたいと、乳がん患者の女性が起業してオリジナル用品の製作・販売を始め、群馬県沼田市の病院に1号店をオープンさせた。関係者は「患者が楽しめるオアシスのような空間にしたい」と期待する。【山本有紀】

 スカーフを巻いたように見える帽子、花柄やストライプのつえ、オーガニックソープなどのギフトセット--。沼田市の内田病院1階に今月3日、開店した「ORANGe(オレンジ)」に並ぶケア用品は、どれも色鮮やかで、手にとる女性患者たちには笑顔があふれた。

 店をプロデュースしたのはケア・介護用品の製作・販売会社「TOKIMEKU JAPAN(トキメクジャパン)」(東京都文京区)。代表の塩崎良子さん(36)は2006年からセレクトショップやレンタルドレス店を経営していたが、14年に乳がんが判明、左胸を全摘出した。2年間の闘病生活では、抗がん剤や放射線治療の影響で髪が抜け、体のむくみに苦しんだ。

 さらに落ち込む原因になったのが帽子などのケア用品。患者は脱毛すると地肌が敏感になるため、肌に優しい素材を使うが、病院の売店で目にしたものはどれもおしゃれとは言い難く、身につけるたびに心が沈んでいった。

 そこで16年7月、会社を設立し、自らデザインしたスカーフ風の帽子をインターネットで販売したところ、45日間で800個以上が売れた。購買層は若い女性を想定していたが、60~70代からも「病気だと暗くなってしまう。こういうのがほしかった」と好評で、家族や友人へのプレゼントとしても喜ばれた。

 これまでネット販売が中心だったが、「『患者らしく』ではなく『自分らしく』」という塩崎さんの考え方に共感した内田病院の提案で店舗開設が決まった。内装はパリのアーケード商店街をイメージし、照明や飾り棚にもこだわり、華やかさを演出した。

 病院の女性患者にはオープンを心待ちにしていた人もいたという。改めておしゃれなケア用品のニーズの高さを実感した塩崎さんは「商品だけでなく空間を通して『自分らしく』の大切さを伝えていきたい。他の病院でも展開できれば」と話している。詳細は近く開設予定のトキメクジャパンのホームページ(http://www.kissmylife.jp)。

2017年07月04日 (11:19)

小林麻央さん通ったクリニックが「無届け医療」で業務停止命令

月22日に逝去した小林麻央さん(享年34)。その壮絶な死から約1週間後の6月28日、驚きのニュースが飛び込んできた。他人のさい帯血を投与する医療を無届けで行ったとして、全国11のクリニックに業務停止命令が下った。そのうちの1施設が、麻央さんの昨年から何度も通っていたAクリニックだったのだ。

「11カ所の民間クリニックではがん治療などの目的で、妊婦さんのへその緒の中にある血液、いわゆるさい帯血を投与していました。'14年11月に施行された再生医療法ではさい帯血など他人の幹細胞を使った医療を行う場合、専門委員会に計画書を提出し、安全性などの審査を受ける必要があります。しかしAクリニックは届け出を出しておらず、厚生労働省から再生医療を一時停止せよという命令をうけたのです」(医療関係者)

さかのぼること5カ月前。今年2月上旬の朝10時半、ショートのウイッグに顔の半分を覆うマスクとファー付きのコートで“厳重装備”をした麻央さんが向かったのがAクリニックだ。タクシーでクリニック前に降りた麻央さん。姉の小林麻耶(37)も一緒だった。

麻央さんがAクリニックで受けていたというのは「水素温熱免疫療法」。業務停止命令の原因となったさい帯血治療とは別の治療法だ。だが水素温熱免疫療法にはこんな指摘もある。

「この療法はまだ10年ほどの歴史しかない、医学的な根拠が乏しいものです。あと10年、20年たたないと、有用性はわかりません」(別の医療関係者)

この療法は保険のきかない自由診療。1回数万円になる。少しでも効果が期待できるならと、麻央さんはわらにもすがる思いで他にもさまざまな民間療法を試していた。

「食事の代わりにオーガニックの野菜や果物のみを使ったジュースを飲む『ジュースクレンズ』や、酵素を加えたヒノキのおがくずや米ぬかに体を埋める『酵素風呂』も試していました。夫の市川海老蔵さん(39)がさまざまな人に相談し、この治療法がよいと聞くとすぐに連絡をとっていました」(歌舞伎関係者)

鹿児島のがん専門医院や、ニューヨーク在住の日本人医師にも相談したという。

「先進医療も民間療法も、保険適用外です。海老蔵さんが負担した治療費の総額は1億円を超えていると聞いています」(別の歌舞伎関係者)

愛する妻のためにありとあらゆる手を尽くした海老蔵。家族のために“わずかな希望”にかけた麻央さん。Aクリニックの業務停止令のニュースを聞いた家族の“無念”はどれほどだったろうか――。

2017年07月04日 (11:06)

小林麻央さん死去…紙媒体が抱えるジレンマとは?

【芸能ニュース舞台裏】

 6月22日に34歳で亡くなったフリーアナウンサー、小林麻央さんの日本テレビ系追悼番組。視聴率15・4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と関心の高さを示したが、一連の報道に頭を抱えるのは週刊誌デスクだ。

 「本人のブログ、夫の市川海老蔵の会見。テレビの情報番組はそれで完結できる。紙媒体は違う切り口が欲しいが、美談ではない方向性で取り上げるとバッシングを浴びかねない。悩ましいところです」

 そんな中、一誌気を吐いたのは週刊新潮だ。

 「民間療法を選択したことを記事化しました。もし、はないですが、同じ乳がん患者でも、乳房を切除し抗がん剤治療を受けた北斗晶は復帰している。治療のタイミングは人それぞれですから。残念です」(前出・週刊誌デスク)

2017年07月04日 (10:40)

小林麻耶、麻央さん死去後初の肉声「『お姉ちゃん行ってきてね、がんばってね』って言ってくれる」

先月22日に死去した小林麻央さん(享年34)の姉で、フリーアナの小林麻耶(37)がパーソナリティーを務めるJFN系ラジオ番組「LOVE in Action」が3日、放送された。

 麻央さんの死後、麻耶が肉声で語るのは初めて。麻耶は、体調不良のため同番組の収録を休養しており、この日が約1年ぶりのラジオ復帰だったが、収録はくしくも麻央さんが死去した翌日の23日に行われた。

 最初こそ「ただいま~! その節はご迷惑をおかけしました」と明るい声であいさつした麻耶だったが、ともにMCを務める山本シュウ(53)が、前日に麻央さんが亡くなったことを報告。スタッフは、収録の延期も覚悟したが、麻耶が「絶対に行きます」と自らの意志で収録に参加したことが明かされた。

 麻耶は「数時間前に妹がこの世を旅立ってしまったので正直、悲しいですし…悲しいという言葉だけじゃ済まされない感情ってこんなにもあるんだな、というのはもちろんある」と震える声で率直な心境を吐露。そのうえで「妹は、いつも明るく生きることに前向きでした。あきらめるっていうことがなくて『生きる』ってことしか(考えて)なかった。その姿にいつも私は支えてもらって…命があることがどれほど尊いのかをずっと見せてくれた」と語った。

 同番組は日本赤十字社の提供で、献血をPRする内容。麻央さんは4月に輸血を受けたことをブログで報告していたが、麻耶は「あの献血がなかったら、笑顔の時間も少なく、妹の命はあの時に終わっていたかもしれない。受血者の家族の一人として、この番組に携わるのは私の使命だと思ってるので今日は来ました」と説明。「妹は絶対に『お姉ちゃん行ってきてね、がんばってね』って言ってくれると思う」と、天国の麻央さんに背中を押され、前に踏み出したことを明かしていた。

2017年07月04日 (10:30)

小林麻央さん 海老蔵と勸玄くんのため遺していた覚悟の手紙

「麻央さんは病気発覚以降、常に成田屋の行く末を心配していました。自分に万が一のことがあったときを考えて、複数の手紙をしたため遺していたそうです」(歌舞伎関係者)

小林麻央さん(享年34)の“覚悟の手紙”があった――。悲しみの死から1週間、手紙の存在が知られるにつれ、改めて周囲に驚きと感動の思いが広がっている。

「海老蔵さんがかつて指導を受けた中村吉右衛門さんをはじめ、歌舞伎の重鎮の方々に宛てたものと聞いています。手紙には『私の亡き後も夫と息子の勸玄のことを末永くよろしく頼みます』という趣旨のことが書かれているようです。麻央さんは“梨園の妻としての役目”を最期まで立派に勤め上げようとしていたんだと思います」(前出・歌舞伎関係者)

麻央さんには忸怩たる思いがあった。がんの告知は14年10月。前年に市川團十郎さん(享年66)が亡くなり、市川海老蔵(39)が成田屋の重責を担うようになった矢先だった。

「麻央さんはがんがわかってからも、海老蔵の母・希実子さん(64)について“おかみさん修行”を続けていました。周囲に明かさず、麻央さんは涼しい顔をして歌舞伎座のロビーに立ち、お客様をお迎えしていました。だが16年1月、海老蔵が座頭を務めた『初春花形歌舞伎』に麻央さんの姿はありませんでした。麻央さんがいらっしゃらないことに、ごひいきのみならず、梨園の関係者も不思議に思っていました」(前出・歌舞伎関係者)

このとき、麻央さんは歌舞伎座のロビーに立ちたくても立てない状態だった。それから5カ月後の6月9日、海老蔵は麻央さんががんを患っていることを明らかにした。

「もちろん、麻央さんは再び梨園の妻として復帰することを信じて闘病していました。だが万一のことも考え、筆をとったそうです。一点一画おろそかにせず、手紙をしたためたと聞いています」(松竹関係者)

夫とわが子のために全身全霊で書いた麻央さんの手紙。

「すでに、海老蔵さんはお父さまを亡くされています。海老蔵さんと勸玄くんの活躍のためには歌舞伎界の重鎮の後ろ盾が不可欠ですが、本来、ほかの家とのお付き合いは妻の役目です。自分がいなくなった後も、変わらぬお付き合いをしてほしい。そんな願いも込められた手紙だったそうです」(前出・歌舞伎関係者)

そして梨園の妻としての最後の仕事を立派に果たした。

「麻央さんは希実子さんに思いを告げ、手紙を託したそうです。しかるべきタイミングで希実子さんからそれぞれの方に直接手渡されるのでしょう。手紙には封がしてあるので、海老蔵さんも詳しい文面は知らないはずです。もし海老蔵さんがこの先、それを読む機会があったら、麻央さんの深い愛情に、泣いてしまうと思います」(前出・歌舞伎関係者)

「七月大歌舞伎」で勸玄くんは父・海老蔵と親子宙乗りに挑む。――これからも2人のことをよろしくお願いいたします。麻央さんの深い愛情はいつまでもそこにある。

2017年07月03日 (10:52)

小さな子を持つがん患者 不安と悲しみの先の希望

子どもを持つがん患者同士がインターネット上で交流することができるコミュニティーサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう~」。主宰する西口洋平さん(37歳)がステージ4と告知されたがん経験やそのときに感じた孤独や不安から、「似た境遇の人同士が語り合い、前向きになれる場をつくりたい」と、2016年4月に立ち上げた。現在、1000人以上が登録している。

 仕事や子育て、お金のことなど、がんに関わる様々な悩みや現状について対面で情報交換したり、医療従事者とがん患者が本音で語り合ったりするイベントも不定期で展開。東京・大阪でのオフ会に続き、地方での開催を希望する声に応えて今年3月には、名古屋で「キャンサーペアレンツの集い in Nagoya」を開催した。「順風満帆に生活してきて、子どももできてこれからというときにまさか…」「親の命とその向き合い方を子どもが間近で見聞きすることで、自分の命を大切にしてもらえたら」――。ごく普通の子育て家庭に突きつけられた、「がんになる」という現実。悩み苦しみながらも命と向き合い、家族と共に前を向いて生きていく親たちの姿をリポートする。

(上)小さな子を持つがん患者 不安と悲しみの先の希望  ←今回はココ
(下) 西口洋平 ステージ4のがん経験 子に伝えたいこと


 今年3月、名古屋東京海上日動ビルディングを会場に行われた「キャンサーペアレンツの集い in Nagoya」。当日は、家族連れを中心に30人を超える参加者が集まり、自身のがん体験や子どもへの告知、治療費や教育費の工面、入院中の育児や家事など普段なかなか情報交換ができない話題について、時にユーモアを交えながら穏やかに語り合った。

 参加者が患っているのは、乳がんや胆管がん、肺腺がん、さらに希少がん(年間発生数が人口10万人当たり6例未満の悪性腫瘍)に当たる小腸がんなど部位も進行も様々。中には、医師から末期(ステージ4)の宣告を受けたり、複数の部位に転移をしたりと進行した状態の人もいるが、主宰者の西口洋平さんをはじめ、事前にキャンサーペアレンツのサイト上で交流をしている参加者も多く、和やかな雰囲気だ。

 「子どもを持つがん患者の交流会」と知らなければ、一見、子育て世帯を対象とした親子のコミュニケーションセミナーのよう。しかし、会冒頭の自己紹介を聞くと、それぞれが抱える深刻な状況と、「同じ悩みを持つ人同士が交流し情報交換することで、前を向いて病気と闘っていきたい」という共通した深く強い思いが伝わってくる。




<参加者の自己紹介より> ※コメントを一部抜粋・編集

■ 卵巣がんで今年5月に手術して、抗がん剤治療が終わって少し落ち着いたところ。キャンサーペアレンツを通じて皆さんとメールでやり取りし、同じ境遇の方たちから直接お話を聞きたいと思って参加しました。この写真を選んだのは、親子が仲良く手をつないでいるような写真に見えたから。今、娘と二人暮らしということもあって、娘と手を取り合って生きていきたいなと思いました。(8歳女の子の母)

■ がん種は、肺腺がんです。今日は、妻に誘われて参加しました。(川のせせらぎを写した写真を指差して)僕は釣りが好きなので、この写真を選びました。(4歳女の子、2歳男の子の父)
(妻)普段キャンサーペアレンツで交流しているのは私がメインで、交流する中で不安を昇華したり、希望や前に向く力をもらったりしていることがとても多い。今日は夫も連れてきて、それを味わってもらえたらと思いました。私が選んだ、人が集まる写真の中心にいるのが、ぐっち(西口洋平)さん。私はその周りで座っている人で、今日何が始まるかどきどきしている姿に共感しました。

■ がん種は、乳がん。今まで治療していても、同じような年代の方とお話しすることがありませんでした。こういう場を借りて皆さんと交流ができたらと思い、参加しました。選んだのは、手と手がしっかりつながっている写真。自分一人で抱えるのではなくて、つらいときには皆さんとつながれたらと思って選びました。(8歳と3歳の男の子の母)

■ 僕は胆管がんで、西口さんと同じ部位。医師から診断されてかなり落ち込んだ中で、自分の“使命”というか、残された時間を前向きに過ごしたいという西口さんの記事に共感して、今回直接パワーをいただきたいと思い参加しました。(選んだ写真の)砂漠って、マイナスのイメージもあるけれど、長い時間をかけてできた自然の美しさみたいなものがあります。そういう意味でがんは絶望だけれど、そんな中でもこれからの人生一日一日を大切に生きていきたいという思いで選びました。(9歳女の子、7歳男の子、5歳女の子の父)

■ 直腸がんから、肝臓と肺に転移しています。現在、ステージ4。一人でいると、どんどん自分の中に入ってしまうので、ぜひ皆さんとつながりたいと思いました。職場でもプライベートでも、車を運転することが難しくなりました。車に乗ってどこかドライブに行きたいという気分でこの(車の)写真を選びました。(24歳、21歳の父)

 “命”という重く深刻なテーマの交流会で、自己紹介と共に選んだ“一枚”に込める思いからは、その人の個性や人間性が透けて見える。一人一人の発言に真剣に耳を傾け、うなずく様子からは、お互いを慈しみ合うようなとても優しい時間が流れていた。
■西口洋平 ステージ4のがん告知 「キャンサーペアレンツ」への思い

 参加者たちの自己紹介の後は、今回の交流会を企画・運営し、「キャンサーペアレンツ」を主宰する西口洋平さんが登場。西口さん自身も「胆管がん」と医師から診断され、0期から4期まであるがんの進行度の分類で、最も進行した段階であるステージ4という告知を受けた。現在も週1回ペースで治療を受けながら、仕事も継続。2016年4月に立ち上げたキャンサーペアレンツは、1年強で現在1000人以上が登録し、オンラインを中心に交流をしている。

 西口さんは、自身のがん体験を経て、キャンサーペアレンツを立ち上げた経緯を次のように語る。

 「僕は妻と8歳の娘を持つ、一般的な37歳の男性です。『ステージ4のがん』であることを除いては。小学校から大学まではサッカーをずっとやっていました。神戸の大学を卒業して、約15年前にベンチャー企業へ就職。15年前は“ブラック企業”という言葉もない時代、長時間残業という概念もなく、朝から晩まで働きノルマを達成するのが当たり前という環境でした。2008年リーマンショックによる不況も乗り越えて、当時50人ほどだった会社の社員の数は、今ではグループ連結で2000人以上に。当時、あれだけ反対していた親も今は株を買っているくらい(笑)。山あり谷ありでしたが、結婚して子どもにも恵まれ、ささやかながらも順風満帆に過ごしてきました」

 「娘の幼稚園卒業・小学校入学を控えた2015年2月に、胆管がんが見つかります。大きな手術が必要と言われ病院ですぐに手術をしたけれど、転移が見つかりがんへの処置を施すことなく2時間ほどで終了。その後、ステージ4という告知を受けました。『手術はできない状態』と医師から告げられ、そこからは抗がん剤による治療を続けています」

 「当初は入院しながら抗がん剤治療を行い、その後、通院での抗がん剤治療へ。僕の場合は、手術をしなかったために回復が早く、3カ月で仕事に復帰できました。それまでに会社を続けて休んだのは、新婚旅行のとき1週間だけ。3カ月の間会社を休むということは、僕にとってそれだけでも大きな冒険で、復帰後は仕事と治療をする生活に慣れるのに必死でした」と西口さん。

 それまでの仕事の実績や職場との信頼関係を軸に、職場の理解も得て、西口さんは病気と闘いながら仕事を継続する。しかし、2016年の春、2種類使用していた抗がん剤のうちの1種類にアレルギー反応が出て使えなくなってしまった。

 「それを機にがん発覚後初めて、セカンドオピニオンを受けることを決意。抗がん剤治療以外の方法、つまり手術が可能かどうかを確認するため、がんの名医に話を聞きに行ったところ、かかりつけの病院から送られる紹介状(診断書)上の症状と、目の前にいる僕の症状を見比べ、びっくりして二度見されました」

 セカンドオピニオンでの医師による診断は、「手術はできない」「この状態を維持できているのは奇跡」「できるところまで抗がん剤治療を続けましょう」というもの。

 「僕の中でどこか薄れていた死に対する恐怖がよみがえり、『やりたいことを、今やらないと後悔する』と強く感じました。がん発覚当時、娘は幼稚園の年長。僕には家族がいて、地元には親もいる。会社に復帰できるか、治療にどれだけかかるのか、お金のことも心配です。そもそもいつまで治療が続くのかも分かりません。ものすごく不安なのに、周りには同じような人がおらず、まさに“真っ暗”“どん底”の状況。ある日、がんについて調べてみると、小さいお子さんがいるがん患者は約6万人くらいいるということを知りました。相談できる相手がいない、がんだと宣告されたときの孤独感。家族のこと、仕事のこと、お金のこと……同じ境遇の人が周りに本当にいなかった。そんな僕みたいな働き盛り世代で、がんと闘う人たちをサポートしたい。そういう不安を気軽に話し合える人を探したいと始めたのが、キャンサーペアレンツです」

 2016年4月にセカンドオピニオンの診断を受けた後、西口さんは2つのことを決意する。1つは、これまでと働き方を変えること、もう1つは、キャンサーペアレンツの活動を本格的に行うこと。しかし、働き方は変えても、長年勤めてきた会社に対して恩返しがしたい。仕事と子を持つがん患者をサポートする活動を両立することができないか――。

 その決意を、西口さんは当時の上司に思い切って相談する。(1)平日週1回は抗がん剤の投与で働けないこと (2)抗がん剤の副作用など、体調が安定しない時期は別途休みが必要になる場合があること (3)相談できる担当上司を決めてほしいという、働き続けるための3つの希望に加え、会社へ貢献したいという思い、キャンサーペアレンツ設立への思いを真摯に伝えると、上司は西口さんが働けるように調整し、応援してくれた。

 仕事とキャンサーペアレンツの活動を本格的にスタートするため、2016年の夏にいったん退職。週3~4日のシフト勤務に契約形態を見直し、外勤のある営業職から社内でスタッフの管理などを担当する部署に配置換えをした。西口さんの給与は減ったが、抗がん剤による治療、副作用と付き合いながら、仕事と並行してキャンサーペアレンツの地道な活動を続けている。

 「キャンサーペアレンツの登録者の平均年齢は、42歳。がん患者の平均年齢よりも30歳くらい若く、女性が圧倒的に多い構成です。がんの部位や症状も様々なので、境遇ができるだけ近い人を探せるように、がんのステージや年代、がんの部位などで検索することもできます。中でも、ステージ3と4の方を合わせると5割以上。6割が現在治療中で、サイト上で副作用や抗がん剤など治療の話もしています。ステージが進んでいて、今治療中という方が、コミュニケーションを取りたがっています」
「子を持つがん患者全体からみると、この場に来ていない人のほうが圧倒的に多いんです。どこからも情報が得られず、心の暗闇から抜け出せないという人もいる。キャンサーペアレンツとして当事者の声を集めて、思いや悩みやこうあったらいいというのを、広く情報発信していきたいと思っています。何かアクションを起こすと気持ちが前に向いていく。気持ちが前を向いていくことで、治療へもいい影響が出るんじゃないかと思います。僕自身、余命半年と医師からは言われたけれど、今元気で過ごしていて、告知されてから2年以上生きています。アクションの連続が治療にいい影響を及ぼして、元気に過ごせているのではと感じています。そういうふうに自分の病気と向き合うことで生まれる変化を、キャンサーペアレンツの活動を通じて実現していけたらと考えています」
■4枚のイラストで振り返る 自分の人生・大切な人への思い

 西口さんからの熱いメッセージを受けて、「一日一日を大切に。今ある状況の中で、家族と共に前向きな一歩を歩んでいきたい」と思いを同じくする参加者たち。
 その後、これまでの人生の中から自分を表す象徴的なことを4つのシーンに分け、それぞれの場面を4つの絵で描くというワークを行い、3人1組に分かれて互いに自由に思いを語り合った。

 「これは、思いの丈を絵に込めるという楽しいワークです。いつも、子どもに絵は下手だなとか言っていますが、自分の絵がどんなにひどいか分かる機会だと思います(笑)。3人1組になって、1人が発表したものを2人が聞いて、どう感じたかをフィードバック。それを1人1回ずつ行います。皆さんがどういう感情だったのか、どう考えたのかを共有してください」と、西口さんはユーモアを交えながら、参加者たちの心をほぐしていく。

 小学校のころ、高校のころ、社会人のころ……時間軸は人それぞれ。当事者は当事者同士、当事者の家族は家族同士というように、より近しい存在同士で交流できるようにチームに分かれ、自分の半生を振り返った。

 社会人になってから、1カ月間東南アジアを旅した経験、お笑いにはまって全国公演を見に行った思い出、嫁いで名古屋で大家族を持った経験、それぞれのパートナーとの出会い、当時持っていた夢、趣味の釣りの話……4枚の絵に描いたそれぞれのマイストーリーを振り返りながら、話はがんについても触れていく。
 親として最も心を砕くことの一つが、子どもへの精神面の影響。子どもに病気の事実をどこまで伝えるかに、正解はない。子どもに伝えた人、まだ伝えていない人、お互いの選択を尊重しながら、その思いに共感したり経験談を参考にしたりしていた。

 子どもへ伝えるかどうかはすごく迷いました。でも、後で話しておけば良かったと後悔するのは嫌だった。自分のことも考えて、子どものことも考えたうえで、「なぜ、あのとき話してくれなかったの?」となるのが一番嫌だったんです。

 まず当時小学5年生の娘には、向き合って話をしました。真ん中の子は当時1年生で理解してくれているかは微妙でしたが、1人ずつに正直に話しましたね。当時2歳だった子へは『ママ、病気なんだ』と分かりやすく、『だから、がんばるから応援してね』と伝えました。実は、私は自分の母に直接病気のことを言えなかったんです。肺腺がんという診断を受けた後、主人にも電話しなければいけないし、病院の先生が説明したいからと姉に電話して事情を説明すると、すぐに来てくれました。でも、同じ母として、娘のがんを聞いたときの親の気持ちが痛いほど分かり、実母に私の口からは言えなかったですね。
 長女には本当にたくさん助けてもらっています。長女へは「肺の中にあるがんというものが悪さをして、それがうつったりということはないんだけど、治療がすごくつらいものだから心配させちゃうかもしれない。でも応援してね。おうちのこと、頼んだよ」とか、そういった話をしました。
 当時10歳だった娘の第一声は「治るの?」。それに私はすぐ答えられなくて……「治るよ」って答えたけれど、重い会話でしたね。治したいという気持ちはあるけれど、「がんばるよ」としか言えなくて。どうしようかと思いました。でも話してよかった。母である私の命について聞いてもらって、自分の命を大切にしなければいけないなと間近で見てもらえたらと思うので、プラスにはなったと思います。普通に生活してきて、たぶんここにいる皆さんそうだと思うんですが、「まさかこんなふうになるなんて」と思いました。けれど、がんにならなければこうやって出会うこともなかった人もいる。だから、いいこともあると思っています。(中1、小3、年少の母、肺腺がん)


 一般的に、死の概念が分かるのが10歳くらいと言われているんです。上の子が7歳ですが、まだ認知が微妙なんですよね。僕の父親は健在なんですが、僕は18歳、妹は15歳のときに父親ががんになりました。そのとき、親から告知されること自体に僕は苦ではありませんでした。ただ、7歳の子にとって、“死”ってゲームやアニメでしかまだ知らない年なので、僕の中でうまく伝えられる気がしないんです。上の子はそろそろ分かってきてもいい年ごろに向かうので、そこはまだ解決していない部分です。僕のがんは、2016年6月に分かりました。まず妻と親に話し、親は泣きましたね。年末に転移が分かり先生からは『治らない』と告げられて、それから銀行口座の整理をしました。
 最初、感情の起伏はもちろんあったんですが、転移が見つかってからはほとんど悩まなくなりました。精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスが提唱している「死の受容」プロセスでは、第1段階は「否認と孤立」、第2段階は「怒り」、第3段階は「取り引き」、第4段階は「抑うつ」、第5段階は「受容」と言われている。大体それに近いプロセスを、僕もたどりました。(7歳、5歳の父、小腸がん)
■「普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じる」
 絵で描くからこそ、凝縮された思いもある。

  「一番怖かったのは、ちょうど去年の3月に『乳がんの可能性が高いです』と医師から言われてから、結果が出るまでの間。ほぼ自分ではダメだと思っているんだけど、まだどこかで希望を持っていて、でもやっぱりがんなんだろうな……と。祖母も祖父も長寿だったから、私は長寿だと思っていて、年齢的にも自分の親に何かあったらどうしようとばかり思っていました。当時は、この絵に象徴されているように、親も家族も気丈に振る舞ってくれる中、私だけが泣いている状態。長女は繊細な子だったので心配したけれど、『やっぱり』と涙を流した後、仕方がないことだと受け止めてくれました。夫は1回だけ泣きました。それ以降は『信じてるから、泣くのはやめた』と言って、私がぼろぼろの状態だったときでも、子どもとげらげらと笑って遊んでくれたりするんです。心の中は、絶対に不安なのに……。それは、私が逆の立場だったらできなかったなって思います。夫に『どうしてそんなに強くいられるの?』と聞いたら、『俺にできることをやるだけだ』と言ってくれて。日々頑張ってくれている夫に本当に感謝しています。今年1月には、下の子がおみくじを作ってくれて、その中の1つに『髪の毛が生えてくるだろう』と書いてありました(笑)。子どもたちにも感謝。なかなか当たり前になっていて伝えられないんですが、今日帰ったらちゃんとありがとうと言います」(10歳、5歳の母、乳がん)

 家族や周囲の温かさに支えられ、今年3月には、結婚前に外国で出会った友人3人と東京での再会を果たしたとほほ笑む。
 「帰りの新幹線の中で、病気になる前にはなかった『また会いたい』『もっと生きていたい』と猛烈に湧き上がる気持ちが切なくて。友達には、病気のことも直接話したら、後から友達3人ともお守りを送ってくれて、人の祈りを感じました。キャンサーペアレンツを通じて出会った皆さんとも、祈り合うことで強くなれる。特定の宗教は信じていないけれど、祈る人がどんどん増えていく感じです」
 男性同士のチームの間では、家族に残す資産についての現実的な話題も挙がっていた。「父親の立場からは、いかに家族に残せるかというのが気がかりですね」とは、西口さんと同じ胆管がんを患う9歳・7歳・5歳のパパ。

 「生命保険はがんが分かる以前から入っていて、最近家をローンで購入しました。自分に万が一のことがあったときには、保険金が入ってローンは完済できる。普段の生活は、遺族年金で賄う。計算するとたぶんいけそうだと」
 「妻は僕の病気のことを知って、まず子どもに話をしてくれました。治療のために東京で7カ月間療養したときも、家族で一緒についてきてくれて、子どもたちは今でも、『パパと一緒に闘った』『あのとき、みんなで頑張ったよね。だからパパはママをずっと大事にしてよ』と言ってくれます。子どもたちも僕の病気に向き合って、受け入れてくれていますね。とはいえ、自分自身はいつもそういうときばかりではありません。検査の結果が悪かったら落ち込みますし、気持ちが不安定になるときもあります。自分で意識はないけれど、検査が近くなると、子どもにも妻にも笑わなくなると言われます。やはりどこかに今度もし検査の検査が良くなかったらという意識があるんでしょうね。でも、良いときも良くないときも家族にはそのまま伝えて、何もなければ『良かったね』と言ってくれる。がんになった当初は何か遺書とかを書いたほうがいいかなとか色々考えたんですが、何かを子どもに伝えるというよりも、一日一日、今が楽しく過ごせればそれが一番いいかな、と。普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じます」

 参加者一人一人の声からは、心身ともに不安定なときも前向きなときも、ありのままを受け入れてくれる、子どもや家族、仲間の存在の大きさを改めて感じた。
■「普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じる」
 国立がん研究センターの推計によると、18歳未満の子どもを持つがん患者の全国推定値は年間5万6143人で、その子どもたちは8万7017人、患者の平均年齢は、男性は46.6歳、女性は43.7歳。親ががんと診断された子どもの平均年齢は11.2歳で、18歳未満のうち0歳から12歳までが半数を超えることが分かった。


 西口さんは、キャンサーペアレンツの活動の意義や今後の課題を次のように語る。
 「僕のときはそもそも情報がなかったから、僕や妻、小学2年の娘と同じ悩みを感じてほしくないと思いました。当事者は、体の痛みや副作用の治療のことももちろん悩みますが、一番悩むのは、落ち込みや不安、恐怖、これからの生き方に関する精神的なことが大きい。そこは医師も対応してくれないし、当事者同士が話したほうが解決できることもあるのではないかと考えています。同じ病気を持つ子育て世代の不安を少しでも解消できるよう活動を続けています」
 「キャンサーペアレンツのサイトは、現在日記を書くとか、誰かの投稿に『いいね!』を押すかとか、つながった方とメッセージ交換をするとか、ごくシンプル機能が中心ですが、今後はこれだけではなく、より気軽に、より深いアクションを起こせる様々なコンテンツを追加していきたい。後は賛否両論ありますが、サイトやイベントを運営するのにもやはりお金がかかります。寄付金のような一時的な資金ではなく、当然できることはやっていく中でいかに持続可能な状態で運営資金を得ていくかが課題。『サイトができてよかったね』ではなく、10年後20年後と続けていくために資金が必要です。持続可能な運営を模索しつつ、東京、大阪、名古屋はもちろん、他のエリアでも今回のようなリアルに交流できる場を今後も企画していきたいです」

(文・構成/日経DUAL 加藤京子)

2017年07月03日 (10:21)

小林麻耶ラジオ復帰 収録日は麻央さん死去の翌日「悲しいではすまない感情」も「妹のために」

フリーアナウンサーの小林麻耶(37)が3日、パーソナリティーを務めるラジオ番組「LOVE in Action」(FM全国38局ネット)に復帰した。

 16年5月に過労による体調不良で休養しており、1年1カ月ぶりの復帰。「ただいまです。その節はご迷惑とご心配をおかけしました。申し訳ありません」とあいさつ。

 録音日が、妹のフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)さんが亡くなった翌日の6月23日で、パーソナリティーの山本シュウ(53)から「収録をあきらめていたのを、『絶対行きます』といって来てくれて、その瞬間です」と言われ、小林は「数時間前に妹がこの世を旅立ってしまったので、正直悲しいですし、悲しいではすまされない感情ってあるんだな、と思った」と語ったものの、麻央さんは「いつも明るくて、生きることに前向きで、あきらめる言葉はないんです。その姿に、いつもいつも心を支えてもらって今、生きていることがどれほど尊いことか、いつもいつも見せてもらった」と語った。

 さらに、献血や命の尊さを伝える番組であることから、「きょうは妹のためにも…妹は絶対に『お姉ちゃん行ってきてね。頑張ってね』と言ってくれると思うので…。なにより妹は献血によって、輸血で命をつないでもらったんです。あの輸血がなかったら、妹は命をつなぐことができなかったですし、私たちは妹と一緒の笑顔の時間が少なかった。この番組に携わることは、私の使命だと思っているので来ました」と声をふるわせながら語った。

 6月に行われた献血推進イベント「LOVE in Action Meeting」でも麻央さんが4月に輸血を受けたことを明かし、「輸血パックに誰の血かは書いていないですが、その方のおかげで妹は命をつなぐことができました。ありがとうございました」と感謝を述べ、献血の必要性を訴えていた。

2017年07月03日 (10:10)

小林麻耶、麻央さん婚約会見で会場にいたこと明かす

フリーアナウンサーの小林麻耶(37)が、最愛の妹小林麻央さん(享年34)の婚約会見を見守りにこっそりと会場に駆け付けていたことを明かした。

麻耶は、義弟で歌舞伎俳優の市川海老蔵が「七月大歌舞伎」の初日を迎えた3日、ブログを更新した。「今日から27日まで、祈ります」とつづり、着物作家の樋熊哲也氏夫妻から今回の舞台で史上最年少での宙乗りに挑戦するおいの勸玄くん宛に胡蝶蘭が届いたことを報告。「ありがとうございます。妹もすごく喜んでいるように感じます」と感謝した。

 樋熊氏は、麻央さんが海老蔵との婚約発表記者会見時に着用した着物を手掛けた作家。

 麻耶は「妹の婚約会見を見に、こっそり会場に行ったことを思い出しました。『おねーちゃん、心配しすぎだよ~』幸せそうな笑顔で言っていました」と当時を振り返り、「いつだって一緒にいたくて、いつだって気になる存在です」と妹への思いをつづった。

2017年07月03日 (09:47)

小林麻央さん死去…紙媒体が抱えるジレンマとは?

【芸能ニュース舞台裏】

 6月22日に34歳で亡くなったフリーアナウンサー、小林麻央さんの日本テレビ系追悼番組。視聴率15・4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と関心の高さを示したが、一連の報道に頭を抱えるのは週刊誌デスクだ。

 「本人のブログ、夫の市川海老蔵の会見。テレビの情報番組はそれで完結できる。紙媒体は違う切り口が欲しいが、美談ではない方向性で取り上げるとバッシングを浴びかねない。悩ましいところです」

 そんな中、一誌気を吐いたのは週刊新潮だ。

 「民間療法を選択したことを記事化しました。もし、はないですが、同じ乳がん患者でも、乳房を切除し抗がん剤治療を受けた北斗晶は復帰している。治療のタイミングは人それぞれですから。残念です」(前出・週刊誌デスク)

2017年07月01日 (15:22)

独居でがん治療手遅れに 福島で調査

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