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ガン完全克服マニュアル

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2017年07月05日 (10:33)

水素水でがん治療?小林麻央さんが通った病院に”業務停止命令”

乳がんで死去した小林麻央さん(享年34)の早すぎる死に、「十分な医療を受けていなかったのではないか」という疑念が尽きない。こうした中、治療先に選んでいた医療機関が行政処分を受けるという由々しき事態が持ち上がった。7月4日発売の『女性自身』(光文社)が、小林麻央さんが通院していた東京・渋谷区内の内科クリニックが無届のさい帯血医療を行ったとして、厚生労働省から再生医療の一時停止命令を受けたと報じた。

「出生児のへその緒を使ったさい帯血の投与は、再生医療に効果があるとうたわれているものの、医学的に十分に立証されておらず、感染症のリスクもはらみます。厳しい管理下で行われなければならず、無届であれば医療ミスも起きかねません」(全国紙記者)

 当該の病院は行政処分を受けてのテレビ局の取材に対し、「行政処分を深く受け止め法令順守の上、診療に努めてまいりたい」と陳謝。不適切であったことを認めた。

 麻央さんはこの病院で、さい帯血投与ではなく水素温熱免疫療法を受けていたとされる。この聞きなれない新型療法の紹介文が波紋を呼んでいる。

■問題の病院がマンガを使い効能を猛アピール

 病院のホームページに記載された水素温熱免疫療法の説明によれば、高濃度水素水を用いた温熱療法のことらしく、院長自ら「H2アクアサーミア」と命名。40℃前後の高濃度マイクロナノバブル水素水が、あらゆるステージのがんに効果があるという。同クリニックでは、マンガまで使って、積極的に効能をうたっている。

「要は、水素水の入った風呂に入るだけのこと。ホームページの研究実績では、『80名のうち79名の方が、ガンの進行を遅らせることができた』とうたっていますが、遅れたかどうかは医師の主観にゆだねられる。水素水自体が、効果が科学的に証明されているわけではありません。」(前出・全国紙記者)

 2年8月に及ぶ闘病生活では、気功にまで手を出した麻央さん。回復に向けての飽くなき追求が、客観的な判断を狂わせ、早逝につながったのか。同じくがんに苦しむ人々のため、詳細な検証が望まれる。

文・真田栄太郎(さなだ・えいたろう)※1978年神奈川県出身。大学在学中にフリーライターとして活動を始め、『東京ダークサイドリポート』(ワニマガジン社)、『週刊宝島』(宝島社)、『Hot Dog Press』(講談社)などに寄稿。現在は週刊誌の記者・編集者として事件、芸能取材に奔走する

2017年07月05日 (10:15)

がん告知を受けた妻が語る 夫にしてほしい7つのこと

フリーアナウンサーの小林麻央さんの乳がん闘病を支えた夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵さん。こうした姿を通じて「自分の妻ががんになったら……」と想像した方も少なくないのではないでしょうか。今や、日本人の約半分が何らかのがんにかかる時代です。たとえ自分が免れても、パートナーががんにかかる可能性はあります。もしそれが現実になったら、自分はどう行動すればいいのか。2児の母であり、産業カウンセラーとして活躍する中、卵巣がんに罹患し治療を受けたがんサバイバー、太田由紀子さんが、自身の体験を基に「妻ががんになったとき、夫ができること」についてお伝えします。
◇  ◇  ◇

 私は2015年にがんに罹患し、手術・抗がん治療を受けた卵巣がんサバイバーです。人間ドックで腫瘍が見つかりいくつかの検査後、がん(かもしれない)との告知を受けた私はとてもショックで、頭が真っ白になりました。怖くて悲しくて毎晩泣いてばかりの私に、夫はそっと寄り添ってくれました。

 夫は私が思っていたより、肝が据わっていたんだな、と思いました。しっかり対応してくれることに驚くとともに、とても安心し頼りにできました。

 でも抗がん治療後6カ月くらいしてから、夫に告知された当時のことを聞いてみたら、夫はぼそっと「夢のようだった」と答えました。夢の中にいたようで、本当にあったこととは思えない、よく思い出せないと言うのです。

 私はその言葉を聞いて、夫が私と同じように、もしくは私以上に、私の病気や治療についてショックを受けていたことを知りました。そして、夫が私を失くすかもしれない恐怖や悲しみを抱えながらも、私や家族を支え続けていたことに気づき、心から感謝しました。

 うちの妻は、がんにならない

 そう思っている方が多いと思います。そんなことなど考えてもいない人がほとんどかもしれません。でも、日本人の2人に1人ががんになる時代。がんになる確率は歳をとるごとに上がっていきます。

 そんな重い病気の人を支えることなど僕にはできないと夫が投げ出したら、妻はどこにもすがることができなくなり、病気にも自分にも負けてしまいます。

 そこで、この記事では、身をもって経験した立場から、がんになった妻をどう支えたらいいかについて、ご提案します。同時に、ここで書く内容が、今治療中の奥様を支えている皆さんにとってのエールになればと思っています。

1. 「よく頑張っているね」と言ってほしい

 しかし応援と言っても、「頑張れ!」ではなく、「よく頑張っているね」と、その行動を認め、ねぎらってください。一生懸命頑張っている人に、もっと頑張れと言うのは酷です。
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2. 夜、ベッドでは泣かせてください

 子どもの前では泣けません。次の検査まで、もしくは次の検査結果が出るまで、妻は家族の中では、明るい母を演じ続けます。その分、一人になったときに泣きます。私はシャワーを浴びるとき(声が聞こえない)やベッドで泣くことが多かったです。涙も気持ちを発散させる効果があり、次のステップに進むために必要です。そんなときは面倒くさがらずに一緒にいてほしいのです。
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3. 寄り添って、一人にしないでほしい

 がんという爆弾を抱えた妻は、とてもナーバス、ネガティブになっています。一人になることを一番怖がっています。混乱して、どんな言葉も届かない、もしくは聞きたくないと心を閉ざす可能性もあります。逆ギレされる場合もあるでしょう。

 例えば、「私、どうしてがんになったの?」と聞かれ、夫が「分からないよ!」と答えたとします。妻は「そんな冷たい言い方しないで、他人事なのね」とキレるかもしれません。でもそれはすべて不安で寂しいからだと考えてください。じゃあどんな声掛けをしたらいいでしょう。

 前述した夫の気持ちを推測してみると、おそらくショックを受け動揺しているのは夫も同じだと思います。妻に聞かれてもどう答えてあげたらいいのか分からない、どうしよう……と泣き出したい気持ちも同じかもしれません。
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4. 家族も第2の患者、一緒に歩いていきましょう

 治療が終わった今の私が言えることは、夫も本音を言ったほうがいいような気がします。自分もショックを受けてどうしたらいいか分からないけれど、一緒に考え進んでいこう。そう言ってもらえたら、納得するような気がします。


 「大丈夫、一緒にいるから」と寄り添ってもらえたら、私一人きりではないんだと、安心して眠れます。できれば、ぎゅっと抱きしめてあげてください。
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■治療方法の決め方、医師との付き合い方

 病院で様々な検査の結果を受けて、医師より治療方法の提案がされます。これまで何か病気やけがをすると、病院の言われるままに治療や投薬を受けていませんでしたか? 私もそうでしたので、これまで病院や医師の決定に疑問を持ったことはありませんでした。

 しかし、がんの治療になるとそうも言っていられなくなります。まず、医師の話は専門用語が多くさっぱり分かりません。「分かりましたか?」と聞かれても、何を聞いていいかが分からない。情けない状態になります。帰宅後、家族に聞かれても説明ができないのです。

5. できれば病院は(時々でもいいから)一緒に受診してほしい

 初診時の医師が主治医になる場合も多いので、できれば一緒に受診できると安心です。医師の話を一緒に聞くことで、病気の情報共有、気持ちの共有ができます。時々でもいいと思います。検査結果を聞くときや、治療方法を決めるときはできるだけ同行してください。

 私のがん友(がんのお友達)は、手術方法を医師に提示され、分からないまま同意して、帰宅した夫に言ったら「君が決めたんだろう」と投げやりに言われ、号泣したそうです。がんになっているだけでいっぱいいっぱいなのに、それ以外のことで悲しい思いはさせてほしくないと思いました。
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6. 情報に惑わされないで

 自分のがんについて、怖くて知りたくないと思う人と、詳しく知って自分の置かれた状況を冷静に判断したいと思う人と分かれると思います。私は後者でしたが、調べれば調べるほど、情報の渦の中に巻き込まれ、正しい判断が難しくなります。

 試しにインターネットで「がん・治療」と検索してみてください。その多岐にわたる治療方法に面食らいます。

 がんになっただけでショックなのに、がん患者のメンタルに配慮のないサイトも多く、悶々とすることも多いものです。

 そんな情報に疲れた妻をいたわってあげてください。変な情報に惑わされるな!と言いたくなる気持ちはぐっと抑えて、一緒に妻の罹患したがんの勉強をして、治療方法を考えてほしいと思います。セカンドオピニオンも然りです。
7. 患者会を探してみる

 がん患者は、自分と同じ部位のがんになった患者やサバイバーの話を聞くと落ち着きます。同じがんのサバイバーが元気にしている姿を見たり、話を聞くことで安心し、未来像が描けるのです。がんの患者会はたくさんあるので探してみてください。

 その際、特定の医師の治療方法に偏っている団体や宗教的要素があるところは避けたほうが無難です。そんな判断も、妻より夫が冷静に、してあげたほうがいいかもしれません。

太田由紀子 産業カウンセラー/フリーライター。出版社、放送局勤務後、産業カウンセラーの資格を取得。傾聴でカウンセリングを行う。日経ビジネスオンライン「メンタルリスク最前線」や日経ウーマンオンライン「働き女子のメンタルヘルス」コラム執筆(共に終了)。日経ビジネスムック『課長塾 部下育成の流儀』にも登場。
[日経Gooday 2016年7月5日付記事を再構成]

2017年07月05日 (09:39)

がんになる確率、妊娠への影響は?/遺伝疾患「相談」部門開設の動き


して悩んでいる人を心理的、社会的に支援する「遺伝カウンセリング」を開設する動きが青森県内医療機関で出始めている。青森市の産婦人科医院が5年前から実施しているほか、弘前大学医学部付属病院が今年4月、遺伝カウンセリング部門を設置。県立中央病院(青森市)も本年度、遺伝子検査に関する相談外来を開設した。出生前診断が話題となったり、遺伝性の疾患がクローズアップされたりして、遺伝子検査に関心が高まっていることが背景にある。
 青森市の産婦人科エフ.クリニックは2012年4月から週1回、妊娠・出産に関連した相談を中心に遺伝カウンセリング(1時間3千円)を実施している。これまで、同クリニックへ通院している人の相談が約200件あったほか、カウンセリングのみを目的として訪れた相談者が17人いた。
 「流産を繰り返すのは遺伝の影響か」「染色体異常があると診断された。今後の妊娠に影響はあるか」「近親者に乳がんの人がいるので心配」などの相談が寄せられている。
 藤井俊策院長(臨床遺伝専門医)は、相談者の問診票を基に家系図を作成。遺伝が妊娠に与える影響、遺伝疾患やがんを発症する確率などを示し、今後どのようにするか自分自身で意思決定できるようにサポートしている。カウンセリングを受けた人のうちこれまで遺伝子検査を受けたのは4人で遺伝疾患で陽性となった人はいなかった。
 藤井院長は「カウンセリングを受けて安心したという人がほとんど。遺伝について不安や悩みがあるのならカウンセリングを受け、焦らず十分考えて対応してほしい」と語り、「遺伝疾患は産婦人科に限らず、すべての診療科に関係しているので、学会認定の遺伝専門医に限らず、総合病院の各専門医がカウンセリングを行うのが望ましい」とも話した。
 弘前大学医学部付属病院は今年4月、総合患者支援センター内に遺伝カウンセリング部門を設置し、医師が、同病院患者のカウンセリングを行えるようにするとともに、遺伝疾患に関する情報を収集・提供する体制を整えた。カウンセリング料は1時間まで5400円。
 県立中央病院は本年度、遺伝子検査に関する相談を総合的に受け付ける専門外来「臨床遺伝科」を開設。6月から同病院の患者を対象に予約を受け付け、中旬には1件のカウンセリングを行った。料金は30分ごとに8570円。
 北澤淳一・臨床検査部長兼臨床遺伝科部長は「医療の進歩に伴い、遺伝子検査の希望者が県内で増え、遺伝カウンセリングの重要性が増している」と話し「専門外来で遺伝子検査の正しい知識や対応法を伝えることで、適切な治療に結び付くことを期待している。臨床検査の面から健康寿命延伸に貢献したい」と語った。
.
東奥日報社

2017年07月04日 (11:43)

がん治療時の経済面の不安について、専門家に聞いてみた

がんと診断されたら、誰の頭にも浮かぶであろう、治療費のこと…。そんな経済面の疑問や不安について、国立がん研究センター東病院サポーティブケアセンターの坂上はと恵さんにアドバイスをいただいた。

Q.治療のため、サプリメント類をあれこれ買って飲んでいます。これらは医療控除の対象になりますか?

A.対象となるのは医薬品の購入費のみ。栄養ドリンクやビタミン剤などのサプリメント類は対象外となります。

「対象になるのは処方箋による薬代や市販の風邪薬代などで、栄養ドリンクやビタミン剤などのサプリメント類は対象外になります。また、治療のためのマッサージや指圧、鍼灸などの施術費用は対象になりますが、カイロプラクティックの費用は対象外。バスや電車を利用した場合の通院費は対象になりますが、タクシー代は原則として対象外です」

Q.がんでかかる治療費は、一般的な生命保険でカバーできますか?

A.多くの部分はカバーできますが、「がん特約」や「先進医療特約」などに入っていると安心度がアップします。

「多くはカバーできますが、先進医療に該当する治療法は特約に入っていないと適用されません。今はがんと診断されたらお金が支払われるものや、生命保険会社から直接病院に治療費が支払われるものもあります。早い段階で、保険会社に給付金請求の時期や方法を確認しておきましょう。外来での治療にも適用されるかなど、保険の見直しも大切です」

Q.長期の治療になりそうで、お金が足りるか心配です。何か公的な援助などはありますか?

A.医療費が高額になった際に「高額療養費制度」が利用できます。

「医療費が高額になった際には『高額療養費制度』が利用できます。この制度を利用すると、病院や薬局で支払う金額が自己負担限度額を超えた場合、超えた金額をあとで払い戻してもらえます。ただし、保険適用外の医療費や入院時の食費、居住費、差額ベッド代、先進医療にかかる費用、交通費などは対象外です」

Q.がんになり、どれだけ治療費がかかるのか、そしてそれを払えるのか不安です。

A.「限度額適用認定証」で、病院への支払いは自己負担限度額に。

「実際に支払う金額は減額することが可能です。『限度額適用認定証』を窓口に提出しておけば、病院への支払いは最初から自己負担限度額で収まるのです。2012年からは抗がん剤の副作用による体調不良が『障害年金』の対象になるケースも。治療前後の体調変化や生活への支障について日記をつけておくといいですよ」

◆がん治療のための医療費が高額になったら
「制度内容は改定されることがあります。ぜひ最新情報をチェックしてください」と、坂上さん。知っておきたい以下のポイントも教えてもらった。

◆保険適用と非保険適用
「がんの治療には『健康保険が適用される治療』と『適用されない治療』があります。保険診療の場合、基本的にはどこで治療を受けても金額は同じです。一方、『先進医療(厚生労働省が特に将来性があると承認した医療)』には保険が適用されないので、その場合の治療費は自費での支払いが必要です」

◆実際に支払う金額はいくら?
「例えば医療費の総額が40万円、保険外の負担(入院時の食事代や差額ベッド代など)の総額が10万円の計50万円だった場合。保険が3割負担だと、医療費の総額の3割分(12万円)を患者が医療機関に支払い、残りの7割(28万円)は保険者(健康保険事業の運営主体)から医療機関に支払われます。つまり実際に患者が負担する額は、12万円+保険外負担10万円の合計22万円となります」

◆高額療養費制度とは?
「以下のルールに基づいて『高額療養費制度』を申請すると、自己負担限度額を超えた金額があとで払い戻されます。自己負担限度額は年齢や所得で、金額が異なります。

1.1カ月(1日~末日)に支払った医療費であること。
2.同じ医療機関(歯科は別計算)で支払った医療費が対象。
3.外来と入院は別々の扱い。保険適用外(入院時の食事代や差額ベッド代)の医療費は対象にならない。
※高額療養費制度について、より詳しく知りたい場合は、厚労省サイトhttp://www.mhlw.go.jpでサイト内検索を

◆入院が決まったら「限度額適用認定証」の申請を!
「入院が決まったら(外来治療の場合は治療開始前)、まず『限度額適用認定証』を取得しましょう。これを病院の窓口に提示すれば、請求される医療費は『高額療養費制度の自己負担限度額まで』になります。ただし、自動的に発行されるものではないので、自分から申請しなくてはなりません」

限度額適用認定証は、各健康保険の窓口に申請して発行してもらう。「国民健康保険」なら、自分が住んでいる市区町村の国民健康保険の窓口で。「○○健康保険組合」のように、企業などの健康保険組合の名前が書かれている場合はそちらが窓口になる。保険証の「保険者名称」で確認を。

2017年07月04日 (11:40)

<ケア用品>おしゃれに! 乳がんの女性、病院に開店 群馬

 がん治療の副作用などに悩む患者らが使う帽子などのケア用品は、その多くが「機能重視」になりがちで、おしゃれなものは少ない。そんな現状を変えたいと、乳がん患者の女性が起業してオリジナル用品の製作・販売を始め、群馬県沼田市の病院に1号店をオープンさせた。関係者は「患者が楽しめるオアシスのような空間にしたい」と期待する。【山本有紀】

 スカーフを巻いたように見える帽子、花柄やストライプのつえ、オーガニックソープなどのギフトセット--。沼田市の内田病院1階に今月3日、開店した「ORANGe(オレンジ)」に並ぶケア用品は、どれも色鮮やかで、手にとる女性患者たちには笑顔があふれた。

 店をプロデュースしたのはケア・介護用品の製作・販売会社「TOKIMEKU JAPAN(トキメクジャパン)」(東京都文京区)。代表の塩崎良子さん(36)は2006年からセレクトショップやレンタルドレス店を経営していたが、14年に乳がんが判明、左胸を全摘出した。2年間の闘病生活では、抗がん剤や放射線治療の影響で髪が抜け、体のむくみに苦しんだ。

 さらに落ち込む原因になったのが帽子などのケア用品。患者は脱毛すると地肌が敏感になるため、肌に優しい素材を使うが、病院の売店で目にしたものはどれもおしゃれとは言い難く、身につけるたびに心が沈んでいった。

 そこで16年7月、会社を設立し、自らデザインしたスカーフ風の帽子をインターネットで販売したところ、45日間で800個以上が売れた。購買層は若い女性を想定していたが、60~70代からも「病気だと暗くなってしまう。こういうのがほしかった」と好評で、家族や友人へのプレゼントとしても喜ばれた。

 これまでネット販売が中心だったが、「『患者らしく』ではなく『自分らしく』」という塩崎さんの考え方に共感した内田病院の提案で店舗開設が決まった。内装はパリのアーケード商店街をイメージし、照明や飾り棚にもこだわり、華やかさを演出した。

 病院の女性患者にはオープンを心待ちにしていた人もいたという。改めておしゃれなケア用品のニーズの高さを実感した塩崎さんは「商品だけでなく空間を通して『自分らしく』の大切さを伝えていきたい。他の病院でも展開できれば」と話している。詳細は近く開設予定のトキメクジャパンのホームページ(http://www.kissmylife.jp)。

2017年07月04日 (11:19)

小林麻央さん通ったクリニックが「無届け医療」で業務停止命令

月22日に逝去した小林麻央さん(享年34)。その壮絶な死から約1週間後の6月28日、驚きのニュースが飛び込んできた。他人のさい帯血を投与する医療を無届けで行ったとして、全国11のクリニックに業務停止命令が下った。そのうちの1施設が、麻央さんの昨年から何度も通っていたAクリニックだったのだ。

「11カ所の民間クリニックではがん治療などの目的で、妊婦さんのへその緒の中にある血液、いわゆるさい帯血を投与していました。'14年11月に施行された再生医療法ではさい帯血など他人の幹細胞を使った医療を行う場合、専門委員会に計画書を提出し、安全性などの審査を受ける必要があります。しかしAクリニックは届け出を出しておらず、厚生労働省から再生医療を一時停止せよという命令をうけたのです」(医療関係者)

さかのぼること5カ月前。今年2月上旬の朝10時半、ショートのウイッグに顔の半分を覆うマスクとファー付きのコートで“厳重装備”をした麻央さんが向かったのがAクリニックだ。タクシーでクリニック前に降りた麻央さん。姉の小林麻耶(37)も一緒だった。

麻央さんがAクリニックで受けていたというのは「水素温熱免疫療法」。業務停止命令の原因となったさい帯血治療とは別の治療法だ。だが水素温熱免疫療法にはこんな指摘もある。

「この療法はまだ10年ほどの歴史しかない、医学的な根拠が乏しいものです。あと10年、20年たたないと、有用性はわかりません」(別の医療関係者)

この療法は保険のきかない自由診療。1回数万円になる。少しでも効果が期待できるならと、麻央さんはわらにもすがる思いで他にもさまざまな民間療法を試していた。

「食事の代わりにオーガニックの野菜や果物のみを使ったジュースを飲む『ジュースクレンズ』や、酵素を加えたヒノキのおがくずや米ぬかに体を埋める『酵素風呂』も試していました。夫の市川海老蔵さん(39)がさまざまな人に相談し、この治療法がよいと聞くとすぐに連絡をとっていました」(歌舞伎関係者)

鹿児島のがん専門医院や、ニューヨーク在住の日本人医師にも相談したという。

「先進医療も民間療法も、保険適用外です。海老蔵さんが負担した治療費の総額は1億円を超えていると聞いています」(別の歌舞伎関係者)

愛する妻のためにありとあらゆる手を尽くした海老蔵。家族のために“わずかな希望”にかけた麻央さん。Aクリニックの業務停止令のニュースを聞いた家族の“無念”はどれほどだったろうか――。

2017年07月04日 (11:06)

小林麻央さん死去…紙媒体が抱えるジレンマとは?

【芸能ニュース舞台裏】

 6月22日に34歳で亡くなったフリーアナウンサー、小林麻央さんの日本テレビ系追悼番組。視聴率15・4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と関心の高さを示したが、一連の報道に頭を抱えるのは週刊誌デスクだ。

 「本人のブログ、夫の市川海老蔵の会見。テレビの情報番組はそれで完結できる。紙媒体は違う切り口が欲しいが、美談ではない方向性で取り上げるとバッシングを浴びかねない。悩ましいところです」

 そんな中、一誌気を吐いたのは週刊新潮だ。

 「民間療法を選択したことを記事化しました。もし、はないですが、同じ乳がん患者でも、乳房を切除し抗がん剤治療を受けた北斗晶は復帰している。治療のタイミングは人それぞれですから。残念です」(前出・週刊誌デスク)

2017年07月04日 (10:40)

小林麻耶、麻央さん死去後初の肉声「『お姉ちゃん行ってきてね、がんばってね』って言ってくれる」

先月22日に死去した小林麻央さん(享年34)の姉で、フリーアナの小林麻耶(37)がパーソナリティーを務めるJFN系ラジオ番組「LOVE in Action」が3日、放送された。

 麻央さんの死後、麻耶が肉声で語るのは初めて。麻耶は、体調不良のため同番組の収録を休養しており、この日が約1年ぶりのラジオ復帰だったが、収録はくしくも麻央さんが死去した翌日の23日に行われた。

 最初こそ「ただいま~! その節はご迷惑をおかけしました」と明るい声であいさつした麻耶だったが、ともにMCを務める山本シュウ(53)が、前日に麻央さんが亡くなったことを報告。スタッフは、収録の延期も覚悟したが、麻耶が「絶対に行きます」と自らの意志で収録に参加したことが明かされた。

 麻耶は「数時間前に妹がこの世を旅立ってしまったので正直、悲しいですし…悲しいという言葉だけじゃ済まされない感情ってこんなにもあるんだな、というのはもちろんある」と震える声で率直な心境を吐露。そのうえで「妹は、いつも明るく生きることに前向きでした。あきらめるっていうことがなくて『生きる』ってことしか(考えて)なかった。その姿にいつも私は支えてもらって…命があることがどれほど尊いのかをずっと見せてくれた」と語った。

 同番組は日本赤十字社の提供で、献血をPRする内容。麻央さんは4月に輸血を受けたことをブログで報告していたが、麻耶は「あの献血がなかったら、笑顔の時間も少なく、妹の命はあの時に終わっていたかもしれない。受血者の家族の一人として、この番組に携わるのは私の使命だと思ってるので今日は来ました」と説明。「妹は絶対に『お姉ちゃん行ってきてね、がんばってね』って言ってくれると思う」と、天国の麻央さんに背中を押され、前に踏み出したことを明かしていた。

2017年07月04日 (10:30)

小林麻央さん 海老蔵と勸玄くんのため遺していた覚悟の手紙

「麻央さんは病気発覚以降、常に成田屋の行く末を心配していました。自分に万が一のことがあったときを考えて、複数の手紙をしたため遺していたそうです」(歌舞伎関係者)

小林麻央さん(享年34)の“覚悟の手紙”があった――。悲しみの死から1週間、手紙の存在が知られるにつれ、改めて周囲に驚きと感動の思いが広がっている。

「海老蔵さんがかつて指導を受けた中村吉右衛門さんをはじめ、歌舞伎の重鎮の方々に宛てたものと聞いています。手紙には『私の亡き後も夫と息子の勸玄のことを末永くよろしく頼みます』という趣旨のことが書かれているようです。麻央さんは“梨園の妻としての役目”を最期まで立派に勤め上げようとしていたんだと思います」(前出・歌舞伎関係者)

麻央さんには忸怩たる思いがあった。がんの告知は14年10月。前年に市川團十郎さん(享年66)が亡くなり、市川海老蔵(39)が成田屋の重責を担うようになった矢先だった。

「麻央さんはがんがわかってからも、海老蔵の母・希実子さん(64)について“おかみさん修行”を続けていました。周囲に明かさず、麻央さんは涼しい顔をして歌舞伎座のロビーに立ち、お客様をお迎えしていました。だが16年1月、海老蔵が座頭を務めた『初春花形歌舞伎』に麻央さんの姿はありませんでした。麻央さんがいらっしゃらないことに、ごひいきのみならず、梨園の関係者も不思議に思っていました」(前出・歌舞伎関係者)

このとき、麻央さんは歌舞伎座のロビーに立ちたくても立てない状態だった。それから5カ月後の6月9日、海老蔵は麻央さんががんを患っていることを明らかにした。

「もちろん、麻央さんは再び梨園の妻として復帰することを信じて闘病していました。だが万一のことも考え、筆をとったそうです。一点一画おろそかにせず、手紙をしたためたと聞いています」(松竹関係者)

夫とわが子のために全身全霊で書いた麻央さんの手紙。

「すでに、海老蔵さんはお父さまを亡くされています。海老蔵さんと勸玄くんの活躍のためには歌舞伎界の重鎮の後ろ盾が不可欠ですが、本来、ほかの家とのお付き合いは妻の役目です。自分がいなくなった後も、変わらぬお付き合いをしてほしい。そんな願いも込められた手紙だったそうです」(前出・歌舞伎関係者)

そして梨園の妻としての最後の仕事を立派に果たした。

「麻央さんは希実子さんに思いを告げ、手紙を託したそうです。しかるべきタイミングで希実子さんからそれぞれの方に直接手渡されるのでしょう。手紙には封がしてあるので、海老蔵さんも詳しい文面は知らないはずです。もし海老蔵さんがこの先、それを読む機会があったら、麻央さんの深い愛情に、泣いてしまうと思います」(前出・歌舞伎関係者)

「七月大歌舞伎」で勸玄くんは父・海老蔵と親子宙乗りに挑む。――これからも2人のことをよろしくお願いいたします。麻央さんの深い愛情はいつまでもそこにある。

2017年07月03日 (10:52)

小さな子を持つがん患者 不安と悲しみの先の希望

子どもを持つがん患者同士がインターネット上で交流することができるコミュニティーサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう~」。主宰する西口洋平さん(37歳)がステージ4と告知されたがん経験やそのときに感じた孤独や不安から、「似た境遇の人同士が語り合い、前向きになれる場をつくりたい」と、2016年4月に立ち上げた。現在、1000人以上が登録している。

 仕事や子育て、お金のことなど、がんに関わる様々な悩みや現状について対面で情報交換したり、医療従事者とがん患者が本音で語り合ったりするイベントも不定期で展開。東京・大阪でのオフ会に続き、地方での開催を希望する声に応えて今年3月には、名古屋で「キャンサーペアレンツの集い in Nagoya」を開催した。「順風満帆に生活してきて、子どももできてこれからというときにまさか…」「親の命とその向き合い方を子どもが間近で見聞きすることで、自分の命を大切にしてもらえたら」――。ごく普通の子育て家庭に突きつけられた、「がんになる」という現実。悩み苦しみながらも命と向き合い、家族と共に前を向いて生きていく親たちの姿をリポートする。

(上)小さな子を持つがん患者 不安と悲しみの先の希望  ←今回はココ
(下) 西口洋平 ステージ4のがん経験 子に伝えたいこと


 今年3月、名古屋東京海上日動ビルディングを会場に行われた「キャンサーペアレンツの集い in Nagoya」。当日は、家族連れを中心に30人を超える参加者が集まり、自身のがん体験や子どもへの告知、治療費や教育費の工面、入院中の育児や家事など普段なかなか情報交換ができない話題について、時にユーモアを交えながら穏やかに語り合った。

 参加者が患っているのは、乳がんや胆管がん、肺腺がん、さらに希少がん(年間発生数が人口10万人当たり6例未満の悪性腫瘍)に当たる小腸がんなど部位も進行も様々。中には、医師から末期(ステージ4)の宣告を受けたり、複数の部位に転移をしたりと進行した状態の人もいるが、主宰者の西口洋平さんをはじめ、事前にキャンサーペアレンツのサイト上で交流をしている参加者も多く、和やかな雰囲気だ。

 「子どもを持つがん患者の交流会」と知らなければ、一見、子育て世帯を対象とした親子のコミュニケーションセミナーのよう。しかし、会冒頭の自己紹介を聞くと、それぞれが抱える深刻な状況と、「同じ悩みを持つ人同士が交流し情報交換することで、前を向いて病気と闘っていきたい」という共通した深く強い思いが伝わってくる。




<参加者の自己紹介より> ※コメントを一部抜粋・編集

■ 卵巣がんで今年5月に手術して、抗がん剤治療が終わって少し落ち着いたところ。キャンサーペアレンツを通じて皆さんとメールでやり取りし、同じ境遇の方たちから直接お話を聞きたいと思って参加しました。この写真を選んだのは、親子が仲良く手をつないでいるような写真に見えたから。今、娘と二人暮らしということもあって、娘と手を取り合って生きていきたいなと思いました。(8歳女の子の母)

■ がん種は、肺腺がんです。今日は、妻に誘われて参加しました。(川のせせらぎを写した写真を指差して)僕は釣りが好きなので、この写真を選びました。(4歳女の子、2歳男の子の父)
(妻)普段キャンサーペアレンツで交流しているのは私がメインで、交流する中で不安を昇華したり、希望や前に向く力をもらったりしていることがとても多い。今日は夫も連れてきて、それを味わってもらえたらと思いました。私が選んだ、人が集まる写真の中心にいるのが、ぐっち(西口洋平)さん。私はその周りで座っている人で、今日何が始まるかどきどきしている姿に共感しました。

■ がん種は、乳がん。今まで治療していても、同じような年代の方とお話しすることがありませんでした。こういう場を借りて皆さんと交流ができたらと思い、参加しました。選んだのは、手と手がしっかりつながっている写真。自分一人で抱えるのではなくて、つらいときには皆さんとつながれたらと思って選びました。(8歳と3歳の男の子の母)

■ 僕は胆管がんで、西口さんと同じ部位。医師から診断されてかなり落ち込んだ中で、自分の“使命”というか、残された時間を前向きに過ごしたいという西口さんの記事に共感して、今回直接パワーをいただきたいと思い参加しました。(選んだ写真の)砂漠って、マイナスのイメージもあるけれど、長い時間をかけてできた自然の美しさみたいなものがあります。そういう意味でがんは絶望だけれど、そんな中でもこれからの人生一日一日を大切に生きていきたいという思いで選びました。(9歳女の子、7歳男の子、5歳女の子の父)

■ 直腸がんから、肝臓と肺に転移しています。現在、ステージ4。一人でいると、どんどん自分の中に入ってしまうので、ぜひ皆さんとつながりたいと思いました。職場でもプライベートでも、車を運転することが難しくなりました。車に乗ってどこかドライブに行きたいという気分でこの(車の)写真を選びました。(24歳、21歳の父)

 “命”という重く深刻なテーマの交流会で、自己紹介と共に選んだ“一枚”に込める思いからは、その人の個性や人間性が透けて見える。一人一人の発言に真剣に耳を傾け、うなずく様子からは、お互いを慈しみ合うようなとても優しい時間が流れていた。
■西口洋平 ステージ4のがん告知 「キャンサーペアレンツ」への思い

 参加者たちの自己紹介の後は、今回の交流会を企画・運営し、「キャンサーペアレンツ」を主宰する西口洋平さんが登場。西口さん自身も「胆管がん」と医師から診断され、0期から4期まであるがんの進行度の分類で、最も進行した段階であるステージ4という告知を受けた。現在も週1回ペースで治療を受けながら、仕事も継続。2016年4月に立ち上げたキャンサーペアレンツは、1年強で現在1000人以上が登録し、オンラインを中心に交流をしている。

 西口さんは、自身のがん体験を経て、キャンサーペアレンツを立ち上げた経緯を次のように語る。

 「僕は妻と8歳の娘を持つ、一般的な37歳の男性です。『ステージ4のがん』であることを除いては。小学校から大学まではサッカーをずっとやっていました。神戸の大学を卒業して、約15年前にベンチャー企業へ就職。15年前は“ブラック企業”という言葉もない時代、長時間残業という概念もなく、朝から晩まで働きノルマを達成するのが当たり前という環境でした。2008年リーマンショックによる不況も乗り越えて、当時50人ほどだった会社の社員の数は、今ではグループ連結で2000人以上に。当時、あれだけ反対していた親も今は株を買っているくらい(笑)。山あり谷ありでしたが、結婚して子どもにも恵まれ、ささやかながらも順風満帆に過ごしてきました」

 「娘の幼稚園卒業・小学校入学を控えた2015年2月に、胆管がんが見つかります。大きな手術が必要と言われ病院ですぐに手術をしたけれど、転移が見つかりがんへの処置を施すことなく2時間ほどで終了。その後、ステージ4という告知を受けました。『手術はできない状態』と医師から告げられ、そこからは抗がん剤による治療を続けています」

 「当初は入院しながら抗がん剤治療を行い、その後、通院での抗がん剤治療へ。僕の場合は、手術をしなかったために回復が早く、3カ月で仕事に復帰できました。それまでに会社を続けて休んだのは、新婚旅行のとき1週間だけ。3カ月の間会社を休むということは、僕にとってそれだけでも大きな冒険で、復帰後は仕事と治療をする生活に慣れるのに必死でした」と西口さん。

 それまでの仕事の実績や職場との信頼関係を軸に、職場の理解も得て、西口さんは病気と闘いながら仕事を継続する。しかし、2016年の春、2種類使用していた抗がん剤のうちの1種類にアレルギー反応が出て使えなくなってしまった。

 「それを機にがん発覚後初めて、セカンドオピニオンを受けることを決意。抗がん剤治療以外の方法、つまり手術が可能かどうかを確認するため、がんの名医に話を聞きに行ったところ、かかりつけの病院から送られる紹介状(診断書)上の症状と、目の前にいる僕の症状を見比べ、びっくりして二度見されました」

 セカンドオピニオンでの医師による診断は、「手術はできない」「この状態を維持できているのは奇跡」「できるところまで抗がん剤治療を続けましょう」というもの。

 「僕の中でどこか薄れていた死に対する恐怖がよみがえり、『やりたいことを、今やらないと後悔する』と強く感じました。がん発覚当時、娘は幼稚園の年長。僕には家族がいて、地元には親もいる。会社に復帰できるか、治療にどれだけかかるのか、お金のことも心配です。そもそもいつまで治療が続くのかも分かりません。ものすごく不安なのに、周りには同じような人がおらず、まさに“真っ暗”“どん底”の状況。ある日、がんについて調べてみると、小さいお子さんがいるがん患者は約6万人くらいいるということを知りました。相談できる相手がいない、がんだと宣告されたときの孤独感。家族のこと、仕事のこと、お金のこと……同じ境遇の人が周りに本当にいなかった。そんな僕みたいな働き盛り世代で、がんと闘う人たちをサポートしたい。そういう不安を気軽に話し合える人を探したいと始めたのが、キャンサーペアレンツです」

 2016年4月にセカンドオピニオンの診断を受けた後、西口さんは2つのことを決意する。1つは、これまでと働き方を変えること、もう1つは、キャンサーペアレンツの活動を本格的に行うこと。しかし、働き方は変えても、長年勤めてきた会社に対して恩返しがしたい。仕事と子を持つがん患者をサポートする活動を両立することができないか――。

 その決意を、西口さんは当時の上司に思い切って相談する。(1)平日週1回は抗がん剤の投与で働けないこと (2)抗がん剤の副作用など、体調が安定しない時期は別途休みが必要になる場合があること (3)相談できる担当上司を決めてほしいという、働き続けるための3つの希望に加え、会社へ貢献したいという思い、キャンサーペアレンツ設立への思いを真摯に伝えると、上司は西口さんが働けるように調整し、応援してくれた。

 仕事とキャンサーペアレンツの活動を本格的にスタートするため、2016年の夏にいったん退職。週3~4日のシフト勤務に契約形態を見直し、外勤のある営業職から社内でスタッフの管理などを担当する部署に配置換えをした。西口さんの給与は減ったが、抗がん剤による治療、副作用と付き合いながら、仕事と並行してキャンサーペアレンツの地道な活動を続けている。

 「キャンサーペアレンツの登録者の平均年齢は、42歳。がん患者の平均年齢よりも30歳くらい若く、女性が圧倒的に多い構成です。がんの部位や症状も様々なので、境遇ができるだけ近い人を探せるように、がんのステージや年代、がんの部位などで検索することもできます。中でも、ステージ3と4の方を合わせると5割以上。6割が現在治療中で、サイト上で副作用や抗がん剤など治療の話もしています。ステージが進んでいて、今治療中という方が、コミュニケーションを取りたがっています」
「子を持つがん患者全体からみると、この場に来ていない人のほうが圧倒的に多いんです。どこからも情報が得られず、心の暗闇から抜け出せないという人もいる。キャンサーペアレンツとして当事者の声を集めて、思いや悩みやこうあったらいいというのを、広く情報発信していきたいと思っています。何かアクションを起こすと気持ちが前に向いていく。気持ちが前を向いていくことで、治療へもいい影響が出るんじゃないかと思います。僕自身、余命半年と医師からは言われたけれど、今元気で過ごしていて、告知されてから2年以上生きています。アクションの連続が治療にいい影響を及ぼして、元気に過ごせているのではと感じています。そういうふうに自分の病気と向き合うことで生まれる変化を、キャンサーペアレンツの活動を通じて実現していけたらと考えています」
■4枚のイラストで振り返る 自分の人生・大切な人への思い

 西口さんからの熱いメッセージを受けて、「一日一日を大切に。今ある状況の中で、家族と共に前向きな一歩を歩んでいきたい」と思いを同じくする参加者たち。
 その後、これまでの人生の中から自分を表す象徴的なことを4つのシーンに分け、それぞれの場面を4つの絵で描くというワークを行い、3人1組に分かれて互いに自由に思いを語り合った。

 「これは、思いの丈を絵に込めるという楽しいワークです。いつも、子どもに絵は下手だなとか言っていますが、自分の絵がどんなにひどいか分かる機会だと思います(笑)。3人1組になって、1人が発表したものを2人が聞いて、どう感じたかをフィードバック。それを1人1回ずつ行います。皆さんがどういう感情だったのか、どう考えたのかを共有してください」と、西口さんはユーモアを交えながら、参加者たちの心をほぐしていく。

 小学校のころ、高校のころ、社会人のころ……時間軸は人それぞれ。当事者は当事者同士、当事者の家族は家族同士というように、より近しい存在同士で交流できるようにチームに分かれ、自分の半生を振り返った。

 社会人になってから、1カ月間東南アジアを旅した経験、お笑いにはまって全国公演を見に行った思い出、嫁いで名古屋で大家族を持った経験、それぞれのパートナーとの出会い、当時持っていた夢、趣味の釣りの話……4枚の絵に描いたそれぞれのマイストーリーを振り返りながら、話はがんについても触れていく。
 親として最も心を砕くことの一つが、子どもへの精神面の影響。子どもに病気の事実をどこまで伝えるかに、正解はない。子どもに伝えた人、まだ伝えていない人、お互いの選択を尊重しながら、その思いに共感したり経験談を参考にしたりしていた。

 子どもへ伝えるかどうかはすごく迷いました。でも、後で話しておけば良かったと後悔するのは嫌だった。自分のことも考えて、子どものことも考えたうえで、「なぜ、あのとき話してくれなかったの?」となるのが一番嫌だったんです。

 まず当時小学5年生の娘には、向き合って話をしました。真ん中の子は当時1年生で理解してくれているかは微妙でしたが、1人ずつに正直に話しましたね。当時2歳だった子へは『ママ、病気なんだ』と分かりやすく、『だから、がんばるから応援してね』と伝えました。実は、私は自分の母に直接病気のことを言えなかったんです。肺腺がんという診断を受けた後、主人にも電話しなければいけないし、病院の先生が説明したいからと姉に電話して事情を説明すると、すぐに来てくれました。でも、同じ母として、娘のがんを聞いたときの親の気持ちが痛いほど分かり、実母に私の口からは言えなかったですね。
 長女には本当にたくさん助けてもらっています。長女へは「肺の中にあるがんというものが悪さをして、それがうつったりということはないんだけど、治療がすごくつらいものだから心配させちゃうかもしれない。でも応援してね。おうちのこと、頼んだよ」とか、そういった話をしました。
 当時10歳だった娘の第一声は「治るの?」。それに私はすぐ答えられなくて……「治るよ」って答えたけれど、重い会話でしたね。治したいという気持ちはあるけれど、「がんばるよ」としか言えなくて。どうしようかと思いました。でも話してよかった。母である私の命について聞いてもらって、自分の命を大切にしなければいけないなと間近で見てもらえたらと思うので、プラスにはなったと思います。普通に生活してきて、たぶんここにいる皆さんそうだと思うんですが、「まさかこんなふうになるなんて」と思いました。けれど、がんにならなければこうやって出会うこともなかった人もいる。だから、いいこともあると思っています。(中1、小3、年少の母、肺腺がん)


 一般的に、死の概念が分かるのが10歳くらいと言われているんです。上の子が7歳ですが、まだ認知が微妙なんですよね。僕の父親は健在なんですが、僕は18歳、妹は15歳のときに父親ががんになりました。そのとき、親から告知されること自体に僕は苦ではありませんでした。ただ、7歳の子にとって、“死”ってゲームやアニメでしかまだ知らない年なので、僕の中でうまく伝えられる気がしないんです。上の子はそろそろ分かってきてもいい年ごろに向かうので、そこはまだ解決していない部分です。僕のがんは、2016年6月に分かりました。まず妻と親に話し、親は泣きましたね。年末に転移が分かり先生からは『治らない』と告げられて、それから銀行口座の整理をしました。
 最初、感情の起伏はもちろんあったんですが、転移が見つかってからはほとんど悩まなくなりました。精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスが提唱している「死の受容」プロセスでは、第1段階は「否認と孤立」、第2段階は「怒り」、第3段階は「取り引き」、第4段階は「抑うつ」、第5段階は「受容」と言われている。大体それに近いプロセスを、僕もたどりました。(7歳、5歳の父、小腸がん)
■「普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じる」
 絵で描くからこそ、凝縮された思いもある。

  「一番怖かったのは、ちょうど去年の3月に『乳がんの可能性が高いです』と医師から言われてから、結果が出るまでの間。ほぼ自分ではダメだと思っているんだけど、まだどこかで希望を持っていて、でもやっぱりがんなんだろうな……と。祖母も祖父も長寿だったから、私は長寿だと思っていて、年齢的にも自分の親に何かあったらどうしようとばかり思っていました。当時は、この絵に象徴されているように、親も家族も気丈に振る舞ってくれる中、私だけが泣いている状態。長女は繊細な子だったので心配したけれど、『やっぱり』と涙を流した後、仕方がないことだと受け止めてくれました。夫は1回だけ泣きました。それ以降は『信じてるから、泣くのはやめた』と言って、私がぼろぼろの状態だったときでも、子どもとげらげらと笑って遊んでくれたりするんです。心の中は、絶対に不安なのに……。それは、私が逆の立場だったらできなかったなって思います。夫に『どうしてそんなに強くいられるの?』と聞いたら、『俺にできることをやるだけだ』と言ってくれて。日々頑張ってくれている夫に本当に感謝しています。今年1月には、下の子がおみくじを作ってくれて、その中の1つに『髪の毛が生えてくるだろう』と書いてありました(笑)。子どもたちにも感謝。なかなか当たり前になっていて伝えられないんですが、今日帰ったらちゃんとありがとうと言います」(10歳、5歳の母、乳がん)

 家族や周囲の温かさに支えられ、今年3月には、結婚前に外国で出会った友人3人と東京での再会を果たしたとほほ笑む。
 「帰りの新幹線の中で、病気になる前にはなかった『また会いたい』『もっと生きていたい』と猛烈に湧き上がる気持ちが切なくて。友達には、病気のことも直接話したら、後から友達3人ともお守りを送ってくれて、人の祈りを感じました。キャンサーペアレンツを通じて出会った皆さんとも、祈り合うことで強くなれる。特定の宗教は信じていないけれど、祈る人がどんどん増えていく感じです」
 男性同士のチームの間では、家族に残す資産についての現実的な話題も挙がっていた。「父親の立場からは、いかに家族に残せるかというのが気がかりですね」とは、西口さんと同じ胆管がんを患う9歳・7歳・5歳のパパ。

 「生命保険はがんが分かる以前から入っていて、最近家をローンで購入しました。自分に万が一のことがあったときには、保険金が入ってローンは完済できる。普段の生活は、遺族年金で賄う。計算するとたぶんいけそうだと」
 「妻は僕の病気のことを知って、まず子どもに話をしてくれました。治療のために東京で7カ月間療養したときも、家族で一緒についてきてくれて、子どもたちは今でも、『パパと一緒に闘った』『あのとき、みんなで頑張ったよね。だからパパはママをずっと大事にしてよ』と言ってくれます。子どもたちも僕の病気に向き合って、受け入れてくれていますね。とはいえ、自分自身はいつもそういうときばかりではありません。検査の結果が悪かったら落ち込みますし、気持ちが不安定になるときもあります。自分で意識はないけれど、検査が近くなると、子どもにも妻にも笑わなくなると言われます。やはりどこかに今度もし検査の検査が良くなかったらという意識があるんでしょうね。でも、良いときも良くないときも家族にはそのまま伝えて、何もなければ『良かったね』と言ってくれる。がんになった当初は何か遺書とかを書いたほうがいいかなとか色々考えたんですが、何かを子どもに伝えるというよりも、一日一日、今が楽しく過ごせればそれが一番いいかな、と。普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じます」

 参加者一人一人の声からは、心身ともに不安定なときも前向きなときも、ありのままを受け入れてくれる、子どもや家族、仲間の存在の大きさを改めて感じた。
■「普段家族と生活できる、それだけで幸せだと感じる」
 国立がん研究センターの推計によると、18歳未満の子どもを持つがん患者の全国推定値は年間5万6143人で、その子どもたちは8万7017人、患者の平均年齢は、男性は46.6歳、女性は43.7歳。親ががんと診断された子どもの平均年齢は11.2歳で、18歳未満のうち0歳から12歳までが半数を超えることが分かった。


 西口さんは、キャンサーペアレンツの活動の意義や今後の課題を次のように語る。
 「僕のときはそもそも情報がなかったから、僕や妻、小学2年の娘と同じ悩みを感じてほしくないと思いました。当事者は、体の痛みや副作用の治療のことももちろん悩みますが、一番悩むのは、落ち込みや不安、恐怖、これからの生き方に関する精神的なことが大きい。そこは医師も対応してくれないし、当事者同士が話したほうが解決できることもあるのではないかと考えています。同じ病気を持つ子育て世代の不安を少しでも解消できるよう活動を続けています」
 「キャンサーペアレンツのサイトは、現在日記を書くとか、誰かの投稿に『いいね!』を押すかとか、つながった方とメッセージ交換をするとか、ごくシンプル機能が中心ですが、今後はこれだけではなく、より気軽に、より深いアクションを起こせる様々なコンテンツを追加していきたい。後は賛否両論ありますが、サイトやイベントを運営するのにもやはりお金がかかります。寄付金のような一時的な資金ではなく、当然できることはやっていく中でいかに持続可能な状態で運営資金を得ていくかが課題。『サイトができてよかったね』ではなく、10年後20年後と続けていくために資金が必要です。持続可能な運営を模索しつつ、東京、大阪、名古屋はもちろん、他のエリアでも今回のようなリアルに交流できる場を今後も企画していきたいです」

(文・構成/日経DUAL 加藤京子)
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